多血症は、血液中の赤血球が増加しすぎる状態を指します。正確には、赤血球数、ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット値といった赤血球に関連する数値が基準値を超えた場合に診断されます。この状態が続くと、血液の粘度が高まり、様々な症状や合併症を引き起こす可能性があります。「多血症」と診断されて不安を感じている方、あるいは健康診断などで指摘されたものの詳しい情報が分からず困っている方もいらっしゃるかもしれません。この記事では、多血症の定義や診断基準から、種類、原因、具体的な症状、診断方法、そしてそれぞれの治療法、さらには日常生活での注意点や予後について、詳しく解説します。この記事を通して、多血症について正しく理解し、今後の対応の参考にしていただければ幸いです。気になる症状がある方や、多血症の可能性を指摘された方は、必ず専門医に相談し、適切な診断と治療を受けることが重要です。
多血症とは? 定義と診断基準
多血症は、文字通り血液中の赤血球が増加しすぎた状態です。医学的には、「赤血球増多症」とも呼ばれます。赤血球は全身に酸素を運ぶ重要な役割を担っていますが、増えすぎると血液がドロドロになり、流れが悪くなることで様々な問題が生じます。
多血症の診断は、主に血液検査によって行われます。特に重要なのは、赤血球数、ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット値といった項目です。
赤血球数、ヘモグロビン、ヘマトクリット値
これらの値は、血液中の赤血球の量を示す指標です。
- 赤血球数(RBC: Red Blood Cell):血液1マイクロリットルあたりに含まれる赤血球の個数を示します。多血症ではこの数が増加します。
- ヘモグロビン(Hb: Hemoglobin):赤血球の中に含まれる、酸素を運ぶタンパク質です。多血症では、赤血球数が増えるのに伴い、ヘモグロビン濃度も高くなります。
- ヘマトクリット値(Ht: Hematocrit):血液全体に占める赤血球の体積の割合を示します。赤血球が増加すると、ヘマトクリット値も上昇します。血液の粘度(ドロドロ具合)と関連が深く、この値が高くなるほど血液が固まりやすくなります。
これらの値は、年齢や性別によって基準値が異なります。一般的に、男性の方が女性よりも基準値はやや高めです。
多血症の基準値
多血症の診断には、これらの数値が特定の基準を超えることが目安となります。正確な診断基準は、国際的な分類や各医療機関によって若干異なる場合がありますが、一般的な目安として以下の値が用いられることが多いです。
項目 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
ヘモグロビン | 16.5 g/dL 以上 | 16.0 g/dL 以上 |
ヘマトクリット | 49 % 以上 | 48 % 以上 |
赤血球数 | 580万個/μL 以上 | 520万個/μL 以上 |
重要なのは、これらの基準値はあくまで目安であり、単にこれらの数値が高いだけで直ちに多血症と診断されるわけではないということです。体調や測定時の状況、さらには脱水などによっても一時的に数値が変動することがあります。多血症の診断は、これらの血液検査の結果に加え、後述する他の検査や症状、病歴などを総合的に判断して行われます。
また、多血症には「相対的多血症」と「絶対的多血症」があります。
- 相対的多血症:赤血球自体の数は増えていないのに、脱水などにより血液中の水分量が減少し、相対的に赤血球の濃度が高く見える状態です。これは水分補給によって改善します。
- 絶対的多血症:体内の赤血球の総量が増加している状態です。これはさらに、原因によって「真性多血症(原発性多血症)」と「二次性多血症」に分類されます。この記事で主に解説するのは、この絶対的多血症です。
多血症の正確な診断と、それが相対的なものなのか、絶対的なものなのか、さらには絶対的なものならばどの種類なのかを判断することが、適切な治療につながる第一歩となります。自己判断はせず、必ず医師の診断を受けるようにしましょう。
多血症の種類と原因
多血症(絶対的多血症)は、その原因によって大きく二つの種類に分けられます。一つは骨髄の異常によって赤血球が過剰に作られる「真性多血症(原発性多血症)」、もう一つは体の他の要因によって赤血球の産生が促進される「二次性多血症」です。それぞれの原因を理解することが、多血症の病態を把握する上で非常に重要です。
真性多血症(原発性多血症)
真性多血症(Polycythemia Vera; PV)は、骨髄の中にある造血幹細胞(血液細胞のもとになる細胞)の異常によって引き起こされる疾患です。赤血球だけでなく、白血球や血小板も増加することがありますが、特に赤血球の増加が顕著なのが特徴です。これは、骨髄が外部からの信号(エリスロポエチンなど)がなくても、勝手に血液細胞を作り続けてしまう状態です。真性多血症は、骨髄増殖性腫瘍(Myeloproliferative Neoplasm; MPN)と呼ばれる血液のがんの一種に分類されます。
真性多血症の原因とJAK2変異
真性多血症の患者さんの多く(約95%)に、JAK2遺伝子と呼ばれる遺伝子の特定の場所に変異(JAK2 V617F変異)が見られます。JAK2遺伝子は、造血細胞の増殖や分化に関わるタンパク質の設計図となる遺伝子です。この遺伝子に変異が起こると、JAK2タンパク質が常に活性化された状態になり、エリスロポエチンなどの増殖因子がなくても、骨髄が赤血球などを過剰に作り続けるようになります。
JAK2変異は、生まれつき持っているものではなく、生まれてから造血幹細胞の遺伝子に後天的に起こる変異です。この変異以外にも、JAK2エクソン12変異やCALR遺伝子変異などが関与しているケースもありますが、最も頻度が高いのはJAK2 V617F変異です。
真性多血症は癌(血液がん)ですか?
はい、真性多血症は骨髄増殖性腫瘍に分類される「血液のがん」です。ただし、一般的にイメージされるような進行の速い悪性腫瘍とは異なり、比較的ゆっくりと進行することが多い疾患です。しかし、適切に管理しないと、血栓症などの重篤な合併症を引き起こすリスクが高まる他、稀ではありますが、骨髄線維症や急性骨髄性白血病といったさらに進行した血液疾患に移行する可能性もあります。そのため、「がん」という言葉に過度に恐れる必要はありませんが、専門医による継続的な管理と治療が非常に重要となります。
二次性多血症
二次性多血症(Secondary Polycythemia)は、骨髄そのものに異常があるわけではなく、体の他の病気や環境要因などが原因となって、赤血球の産生を刺激する物質(主にエリスロポエチン)が増加することで引き起こされる多血症です。いわば、体が必要だと勘違いして赤血球を増やそうとしている状態です。
二次性多血症の主な原因 (低酸素、エリスロポエチンなど)
二次性多血症の最も一般的な原因は、体内の酸素が不足する慢性的な低酸素状態です。体が酸素不足を感じると、それを補うために腎臓からエリスロポエチンというホルモンが分泌されます。エリスロポエチンは骨髄に働きかけ、赤血球の産生を促進します。これにより、酸素を運ぶ能力を高めようとする体の防御反応として多血症が起こります。
エリスロポエチンの分泌が過剰になる原因としては、低酸素状態以外にも、腎臓の腫瘍(腎細胞癌など)や肝臓の腫瘍(肝細胞癌など)など、腫瘍からエリスロポエチンが産生される場合や、まれに遺伝的な要因でエリスロポエチン受容体が過剰に活性化される場合などがあります。
二次性多血症を引き起こす疾患や生活習慣 (肺疾患、心疾患、睡眠時無呼吸症候群、喫煙、高地居住など)
慢性的な低酸素状態を引き起こす主な原因疾患や生活習慣には、以下のようなものがあります。
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺線維症などの重度の肺疾患:肺での酸素と二酸化炭素の交換がうまくいかず、体内に十分な酸素を取り込めない状態が続くため。
- 重度の心疾患(特にチアノーゼ性心疾患):心臓の機能が低下し、全身に十分な酸素を送ることができないため。
- 睡眠時無呼吸症候群:睡眠中に何度も呼吸が止まることで、断続的に低酸素状態になるため。
- 喫煙:タバコの煙に含まれる一酸化炭素は、ヘモグロビンと強く結合し、酸素の運搬を妨げます。慢性的な喫煙者は、見かけ上、赤血球を増やして酸素運搬能力を補おうとするため、多血症になりやすい傾向があります(これは特にヘモグロビン濃度の上昇が顕著な場合が多いです)。
- 高地居住:標高の高い場所では酸素濃度が低いため、体に供給される酸素が不足します。これに適応するために、体の防御反応として赤血球が増加します。高地順応の一環として起こる多血症は生理的な反応と見なされることが多いですが、過剰になると問題となる場合もあります。
このように、二次性多血症は、 underlying disease(原因となっている病気)が存在することが特徴です。そのため、二次性多血症と診断された場合は、その原因となっている病気を特定し、適切に治療することが最も重要となります。原因疾患の治療が多血症の改善に直結します。
真性多血症と二次性多血症は、原因が全く異なるため、治療法も大きく異なります。正確な診断が非常に重要であることを理解しておきましょう。
多血症の主な症状
多血症は、初期の段階では自覚症状がほとんどないことも少なくありません。健康診断などで偶然発見されるケースも多くあります。しかし、赤血球の増加が進み、血液の粘度が高くなるにつれて、様々な症状が現れてきます。また、多血症自体による症状だけでなく、血液がドロドロになることによる合併症の方がより重篤で、注意が必要です。
多血症に特徴的な症状
多血症による血液粘度の上昇は、全身の血流が悪くなることで、様々な非特異的な症状を引き起こします。以下に、多血症で比較的よく見られる症状を挙げます。
- 頭痛、めまい:脳への血流が悪くなることで起こりやすい症状です。
- 疲労感、倦怠感:全身への酸素供給が滞るわけではありませんが、血液が重くなることなどから倦怠感を感じることがあります。
- 顔面や体の紅潮、赤ら顔:特に顔や手足が赤みを帯びることがあります。これは、皮膚の毛細血管が拡張し、赤血球の増加した血液が流れやすくなるためと考えられています。入浴後などに顕著になることがあります。
- 皮膚のかゆみ:特に温まると強くなるかゆみが特徴的で、「入浴後のかゆみ(aquagenic pruritus)」として知られています。これは、増加した肥満細胞からヒスタミンなどが放出されることに関係があると考えられています。
- 手足のピリピリ感や灼熱感(手足紅痛症):特に手足の末梢の血管が詰まりやすくなることで起こる神経症状や血管の炎症による痛みです。赤みや熱感を伴うこともあります。
- 視野の異常、視力の低下:眼の網膜の血管がうっ滞したり、詰まったりすることで起こることがあります。
- 耳鳴り:内耳の血流障害による可能性があります。
- 腹部膨満感や不快感:脾臓が腫れる(脾腫)ことによって生じることがあります。真性多血症では、骨髄での過剰な造血が脾臓でも起こる(髄外造血)ため、脾腫を高頻度に伴います。
- 体重減少、寝汗:真性多血症の場合、骨髄の異常な活動による代謝亢進によって見られることがあります。
これらの症状は、多血症に特異的なものばかりではなく、他の様々な疾患でも見られるものです。しかし、いくつかの症状(特に紅潮、かゆみ、手足紅痛症など)が組み合わさって現れる場合は、多血症を疑う重要な手がかりとなります。
多血症による合併症(血栓症、出血など)
多血症で最も注意すべきなのは、血栓症と出血傾向といった合併症です。これらは、多血症による血液の状態異常が直接の原因となって起こり、命に関わる重篤な事態を引き起こす可能性があります。
血栓症のリスク
多血症の患者さんでは、血液中の赤血球や血小板が過剰に増加し、血液の粘度が高くなっています。これにより、血管の中で血液が固まりやすくなり、血栓(血の塊)ができやすくなります。できた血栓が血管を詰まらせると、様々な臓器に重大な障害を引き起こします。
多血症で起こりやすい血栓症としては、以下のようなものがあります。
- 深部静脈血栓症(DVT):主に足の静脈に血栓ができ、痛みや腫れを引き起こします。この血栓が剥がれて肺に飛ぶと、肺塞栓症という重篤な状態になります。
- 肺塞栓症(PE):肺の血管が血栓で詰まり、息苦しさや胸の痛み、失神などを引き起こします。重症の場合は命に関わります。
- 脳梗塞:脳の血管が血栓で詰まり、手足の麻痺、言語障害、意識障害などを引き起こします。
- 心筋梗塞:心臓の血管(冠動脈)が血栓で詰まり、激しい胸の痛みなどを引き起こします。
- 腹部臓器の血管の血栓症:肝臓の静脈(バッド・キアリ症候群)、脾臓や腸の血管などに血栓ができることもあります。
- 末梢動脈血栓症:手足の動脈に血栓ができ、痛みや冷感、壊疽を引き起こすことがあります。
真性多血症の患者さんでは、診断時にすでに血栓症の既往がある場合や、診断後も血栓症を繰り返すリスクが高いことが知られています。特に高齢の方や、喫煙、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの危険因子を併せ持つ方では、さらにリスクが高まります。血栓症の予防は、多血症の治療における最も重要な目標の一つです。
出血傾向について
一見矛盾するように思われるかもしれませんが、多血症、特に真性多血症では、血栓症のリスクが高い一方で、出血傾向を示すこともあります。これは、主に過剰に増えた血小板の機能異常や、血液凝固に関わるタンパク質のバランスが崩れることなどによって起こると考えられています。
出血傾向によって見られる症状としては、以下のようなものがあります。
- 鼻血、歯ぐきからの出血
- 皮下出血(あざができやすい)
- 消化管からの出血(吐血や下血)
特に血小板数が極端に高くなった場合に、出血傾向が顕著になることがあります。これは、血小板が多すぎると逆に正常な機能を果たせなくなるためと考えられています。
血栓症と出血傾向は、多血症の重症度や管理状況を示す重要な指標となります。これらの合併症を予防し、早期に発見して対処することが、多血症の患者さんの予後を改善するために不可欠です。体調の変化には十分に注意し、気になる症状があれば速やかに医師に相談することが大切です。
多血症の診断方法
多血症の診断は、単一の検査結果だけで行われるわけではなく、複数の検査や患者さんの症状、病歴などを総合的に評価して行われます。特に、それが真性多血症なのか、それとも二次性多血症なのかを見極めることが、その後の治療方針を決定する上で非常に重要です。
血液検査による診断
多血症の診断の出発点となるのは、血液検査です。一般的な血球算定(CBC)検査で、赤血球数、ヘモグロビン、ヘマトクリット値が基準値を超えているかどうかを確認します。
項目 | 確認事項 |
---|---|
赤血球数 | 基準値(男性 580万個/μL、女性 520万個/μL)を超えているか |
ヘモグロビン | 基準値(男性 16.5 g/dL、女性 16.0 g/dL)を超えているか |
ヘマトクリット | 基準値(男性 49 %、女性 48 %)を超えているか |
白血球数 | 増加しているか(真性多血症でしばしば見られる) |
血小板数 | 増加しているか(真性多血症でしばしば見られる) |
赤血球沈降速度(ESR) | 通常、真性多血症では低下する(ただし、必須の項目ではない) |
これらの項目に加え、二次性多血症の原因を探るために、エリスロポエチン(EPO)の血中濃度を測定することも重要です。
- エリスロポエチン(EPO)血中濃度:
- 真性多血症:骨髄が自律的に赤血球を作っているため、体のエリスロポエチンの必要性は低く、血中濃度は低値を示すことが多いです。
- 二次性多血症:低酸素などによってエリスロポエチンの産生が促進されているため、血中濃度は高値を示すことが多いです。
- まれに、エリスロポエチンを産生する腫瘍(腎細胞癌など)が原因の場合は、二次性多血症でもエリスロポエチン値が非常に高値を示します。
エリスロポエチン値は、真性多血症と二次性多血症を区別するための重要な手がかりとなります。
その他の検査(骨髄検査、遺伝子検査など)
血液検査で多血症が疑われた場合、特に真性多血症を強く疑う際には、さらに詳しい検査が行われます。
- 骨髄検査:
- 骨髄穿刺や骨髄生検を行い、骨髄の細胞を採取して顕微鏡で観察したり、組織学的検査を行います。
- 真性多血症では、骨髄中の赤血球、白血球、血小板の前駆細胞が増加している様子(過形成)が確認できます。特に、巨核球(血小板を作る細胞)の形態異常や増加が特徴的です。
- 骨髄検査は、真性多血症の確定診断や、他の骨髄疾患との鑑別、さらには病気の進行度を評価する上で非常に重要な検査です。
- 遺伝子検査:
- 患者さんの血液や骨髄細胞からDNAを採取し、JAK2遺伝子変異(特にV617F)やその他の関連遺伝子(JAK2エクソン12、CALRなど)に変異があるかどうかを調べます。
- JAK2 V617F変異は、真性多血症の患者さんの約95%に見られるため、この変異が検出されることは真性多血症の診断において非常に強力な根拠となります。
- JAK2変異が検出されない場合でも、症状や他の検査結果から真性多血症が疑われる場合は、JAK2エクソン12変異やCALR遺伝子変異などの検査も行われることがあります。
- 遺伝子検査は、真性多血症と二次性多血症を明確に区別するための決定的な検査の一つです。
- 画像検査:
- 胸部X線、CTスキャン、MRI、腹部超音波検査などが行われることがあります。
- 二次性多血症の原因となる肺疾患、心疾患、腎臓や肝臓の腫瘍などを探すために行われます。
- 真性多血症では、脾臓の腫れ(脾腫)を確認するために腹部超音波検査などが行われることがあります。
多血症の診断プロセスは、まず血液検査で多血症の可能性を評価し、次にエリスロポエチン値やその他の検査(骨髄検査、遺伝子検査、画像検査など)を組み合わせて、真性多血症か二次性多血症かを診断し、二次性多血症であればその原因を特定するという流れで行われます。
多血症の診断フロー(簡易版)
- 血液検査(CBC):Hb、Ht、赤血球数、白血球数、血小板数の確認。基準値を超える場合は多血症を疑う。
- エリスロポエチン(EPO)測定:EPO低値なら真性多血症を、高値なら二次性多血症を強く疑う。
- 遺伝子検査(JAK2など):JAK2変異陽性なら真性多血症の可能性が高い。
- 骨髄検査:真性多血症の確定診断や病態評価に用いる。
- 二次性多血症の原因精査:EPO高値の場合、低酸素の原因(肺疾患、心疾患、睡眠時無呼吸など)や、EPO産生腫瘍などを画像検査などで調べる。
- 総合診断:全ての検査結果、症状、病歴を総合して、多血症の種類と原因を確定診断する。
このように、多血症の診断には専門的な知識と複数の検査が必要となります。健康診断などで多血症の可能性を指摘された場合は、必ず血液内科医など、血液疾患を専門とする医師の診察を受けることが重要です。
多血症の治療法
多血症の治療は、その種類(真性多血症か二次性多血症か)と、患者さんの年齢、症状、合併症のリスクなどを考慮して決定されます。治療の主な目的は、赤血球数を正常値に近いレベルにコントロールし、血液の粘度を下げて血栓症などの合併症を予防すること、そして多血症に関連する症状を軽減することです。
真性多血症の治療(瀉血、薬物療法)
真性多血症の治療の柱となるのは、瀉血(しゃけつ)と薬物療法です。
瀉血(しゃけつ)
瀉血は、文字通り体から一定量の血液を抜き取る治療法です。献血のように腕の静脈から血液を採取します。これにより、血液中の赤血球数を物理的に減らし、ヘマトクリット値を下げて血液の粘度を低下させることができます。
- 目的:ヘマトクリット値を男性で45%未満、女性で42%未満に維持することが目標とされることが多いです。これにより、血栓症のリスクを大幅に減らすことができます。
- 方法:一度に抜き取る血液の量は、通常200mlから500ml程度です。患者さんの状態やヘマトクリット値の目標に応じて、頻度は週に1回から月に数回、あるいは数ヶ月に1回と様々です。
- 効果:瀉血は、赤血球数を速やかに減少させる効果があります。また、血液が失われることで鉄分が不足し(鉄欠乏性貧血の状態)、骨髄での赤血球産生が抑制されるという二次的な効果も期待できます。
- 注意点:瀉血によって一時的に貧血の症状(めまい、立ちくらみなど)が現れることがあります。また、鉄欠乏状態になることで疲労感が増す場合もあります。医師の指示に従い、適切な間隔と量で行うことが重要です。
瀉血は、特に高齢の患者さんや、JAK2変異があるものの血栓症リスクが低いと考えられる患者さんなど、様々なケースで行われる基本的かつ重要な治療法です。
薬物療法
瀉血だけでは十分に赤血球数をコントロールできない場合や、白血球や血小板の増加が著しい場合、脾臓の腫れ(脾腫)が強い場合、あるいは血栓症リスクが高いと判断された場合には、薬物療法が併用または中心的な治療として行われます。
主な薬物療法には以下のものがあります。
- 骨髄抑制剤:骨髄での血液細胞の過剰な産生を抑える薬です。
- ヒドロキシウレア(ハイドレアなど):経口薬です。赤血球、白血球、血小板の産生を抑制する効果があります。多くの真性多血症患者さんに使用される第一選択薬の一つです。副作用として、骨髄抑制(白血球や血小板の減少)、口内炎、皮膚症状などが見られることがあります。
- インターフェロンアルファ:注射薬です。JAK2変異を持つ細胞の増殖を抑える効果が期待できます。比較的若い患者さんや、妊娠を希望する女性などに使用されることがあります。インフルエンザのような症状、疲労感、精神的な副作用などが見られることがあります。最近ではペグインターフェロンと呼ばれる週に一度の注射で済む持続型製剤が主流になっています。
- JAK阻害薬:JAK2変異によって活性化されたJAK経路を特異的に阻害する薬です。
- ルキソリチニブ(ジャカビ):経口薬です。JAK1とJAK2の両方を阻害します。主に、ヒドロキシウレアの効果が不十分であったり、副作用のために使用できない患者さんや、脾腫が著しい患者さん、全身症状(発熱、寝汗、体重減少など)が強い患者さんに使用されます。赤血球数、白血球数、血小板数を減少させる効果に加え、脾腫を縮小させたり、全身症状を改善させたりする効果が期待できます。副作用として、血球減少、感染症、頭痛、めまいなどがあります。
- 抗血小板薬:血栓症を予防するために使用されます。
- 低用量アスピリン:血液を固まりにくくする効果があり、血栓症予防のために多くの真性多血症患者さんに処方されます。通常、1日1回少量を服用します。副作用として、胃腸障害や出血のリスクがあります。
真性多血症の薬物療法は、病気の状態や患者さんの状況に合わせて、これらの薬剤の中から選択されたり、組み合わせて使用されたりします。治療目標は病気を完全に治すこと(根治)ではなく、病気の進行を抑え、合併症を防ぎ、患者さんのQOL(生活の質)を維持・向上させることです。そのため、治療は長期にわたって行われることがほとんどです。
二次性多血症の治療(原因疾患の治療)
二次性多血症の治療は、原因となっている病気や状態を特定し、それを治療することが最も重要です。二次性多血症は、体が何らかの理由で赤血球を増やそうとしている状態ですから、その「理由」を取り除けば、多血症も改善に向かうことが期待できます。
二次性多血症の主な原因とそれに応じた治療法の例を挙げます。
- 低酸素が原因の場合(肺疾患、心疾患、睡眠時無呼吸症候群など):
- 肺疾患:気管支拡張剤やステロイド吸入、酸素療法など、肺疾患に対する適切な治療を行います。
- 心疾患:心臓のポンプ機能を改善させる薬物療法や、必要に応じて外科的治療など、心疾患に対する治療を行います。
- 睡眠時無呼吸症候群:CPAP(持続陽圧呼吸療法)装置を使用したり、減量指導を行うなど、睡眠時無呼吸に対する治療を行います。
- 喫煙が原因の場合:
- 禁煙が最も効果的な治療法です。禁煙することで、体内の酸素供給が改善し、エリスロポエチン値が低下し、赤血球数も徐々に正常に戻る可能性があります。
- エリスロポエチン産生腫瘍が原因の場合:
- 腫瘍の種類や進行度に応じて、手術による腫瘍の摘出、放射線療法、化学療法など、腫瘍に対する治療を行います。腫瘍が取り除かれれば、エリスロポエチンの過剰産生が止まり、多血症も改善します。
二次性多血症の場合、瀉血を行うこともありますが、これは原因疾患の治療効果が現れるまでの間、一時的にヘマトクリット値を下げて血栓症リスクを軽減する目的で行われることが多いです。しかし、瀉血によって鉄欠乏状態になると、原因疾患によっては酸素運搬能力がさらに低下して症状が悪化する可能性もあるため、安易な瀉血は行わず、医師の慎重な判断が必要です。
二次性多血症では、多血症そのものに特異的な薬物療法は通常行われません。あくまで原因疾患の治療が優先されます。したがって、二次性多血症と診断された場合は、多血症の原因となっている病気は何なのかを正確に診断し、その病気に対する適切な治療を継続することが、多血症を改善させるための鍵となります。
多血症の治療は、種類や原因、個々の状況によって全く異なります。自己判断で治療を中断したり、民間療法に頼ったりせず、必ず専門医とよく相談し、提示された治療方針を理解した上で、継続的に治療を受けることが大切です。
多血症と向き合う:日常生活の注意点と予後
多血症と診断された後、治療と並行して日常生活でいくつかの点に注意することで、病状の管理や合併症の予防に役立てることができます。また、多血症の予後は、その種類や適切な管理が行われているかどうかによって大きく異なります。
日常生活で気をつけること
多血症の患者さんが日常生活で注意すべき主な点を以下に挙げます。これらは、血液の粘度を上げないこと、血栓症のリスクを減らすこと、そして原因疾患がある場合はその管理を助けることに重点を置いています。
- 十分な水分補給:
- 脱水は血液の粘度をさらに高め、多血症を悪化させる可能性があります。特に暑い時期や運動などで汗をたくさんかいた時は、意識的に水分を補給するようにしましょう。ただし、心臓や腎臓に病気がある場合は、水分摂取量に制限があることもあるため、医師に確認してください。
- 禁煙:
- 喫煙は、一酸化炭素による低酸素状態を引き起こし、二次性多血症の原因となるだけでなく、血管を傷つけ、血栓症のリスクを著しく高めます。真性多血症の患者さんでも、喫煙は血栓症のリスク因子となります。多血症と診断されたら、直ちに禁煙することが強く推奨されます。
- 適度な運動:
- 適度な運動は全身の血行を促進し、心血管系の健康維持に役立ちます。ただし、過度な運動は脱水を引き起こしたり、心臓に負担をかけたりする可能性があるため、無理のない範囲で行い、水分補給を忘れずに行いましょう。どのような運動が良いか、どの程度までなら可能かは、医師と相談して決めるのが安全です。
- バランスの取れた食事:
- 特定の食事療法で多血症そのものが治るわけではありませんが、高血圧、糖尿病、脂質異常症といった血栓症の危険因子となる生活習慣病を予防・改善するために、バランスの取れた食事を心がけることが重要です。野菜を多く摂り、動物性脂肪や塩分の過剰摂取を控えましょう。
- アルコールの摂取:
- 過度なアルコール摂取は、脱水や血圧上昇につながる可能性があります。適量に留めるか、可能であれば控える方が良いでしょう。
- 長時間の同じ姿勢を避ける:
- 特に飛行機や車での移動、デスクワークなどで長時間同じ姿勢を取り続けると、足の静脈に血栓ができやすくなります。こまめに休憩を取って歩いたり、足首を回したりするなどの軽い運動をしたり、可能であれば弾性ストッキングを使用したりすることも血栓予防に役立ちます。
- 感染症予防:
- 多血症、特に真性多血症の患者さんでは、白血球の機能異常などにより感染症にかかりやすくなることがあります。手洗い、うがいを励行し、人混みを避けるなど、一般的な感染症予防策をしっかりと行いましょう。インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンの接種が推奨される場合もあります。
- 医師の指示に従った治療の継続:
- 瀉血や薬物療法など、医師から指示された治療を自己判断で中断したり、量を変更したりすることは絶対に避けましょう。定期的な通院と検査を受け、病状を適切に管理することが最も重要です。
- 体調の変化に注意し、早期に相談:
- 頭痛、めまい、手足の痛みやしびれ、息切れ、胸の痛み、原因不明の出血(鼻血が止まりにくい、あざができやすいなど)といった症状が現れた場合は、血栓症や出血などの合併症の可能性があるため、速やかに医師に連絡し、指示を仰いでください。
多血症の予後について
多血症の予後は、その種類によって大きく異なります。
- 二次性多血症:
- 二次性多血症の予後は、原因となっている病気の予後に強く依存します。例えば、喫煙が原因であれば禁煙することで改善が期待できますし、睡眠時無呼吸症候群の治療が奏功すれば多血症も改善します。腫瘍が原因の場合、腫瘍の種類や治療法、進行度によって予後は異なります。原因疾患が適切に治療されれば、多血症も改善し、それに伴う合併症のリスクも低下します。
- 真性多血症:
- 真性多血症は慢性的に経過する疾患であり、残念ながら現在のところ完全に治癒させる治療法は確立されていません。しかし、適切な治療(瀉血や薬物療法)によって、症状をコントロールし、特に重篤な合併症である血栓症のリスクを大幅に低下させることが可能です。
- 治療によって血液の状態を良好に保つことで、多くの患者さんは合併症を起こすことなく、比較的長い期間にわたって普通の生活を送ることができます。
- 一方で、真性多血症は病気が進行すると、約10%から20%の患者さんで骨髄線維症に移行したり、まれではありますが急性骨髄性白血病に移行したりする可能性があります。このような移行が起こった場合、予後はより厳しくなります。
- 真性多血症の予後を左右する最も重要な要因は、血栓症の発生です。診断時やその後の血栓症の既往がある患者さん、高齢の患者さん、白血球数や血小板数が高い患者さんでは、血栓症リスクが高く、注意が必要です。
真性多血症の患者さんの予後を改善するためには、診断後の早期から適切な治療を開始し、血栓症の予防に努めること、そして定期的な検査によって病状の変化や合併症の発生を早期に発見することが不可欠です。
多血症は、適切に管理すれば深刻な合併症を防ぎ、QOLを維持できる疾患です。病気について正しく理解し、医師との連携を密にしながら、積極的に治療に取り組むことが大切です。
まとめ
多血症(赤血球増多症)は、血液中の赤血球が異常に増加した状態であり、血液の粘度が高まることで様々な症状や重篤な合併症を引き起こす可能性があります。多血症には、骨髄の異常による真性多血症(原発性多血症)と、他の病気や環境要因が原因となる二次性多血症の二つの主要な種類があります。
真性多血症は、造血幹細胞の遺伝子変異(特にJAK2変異)によって骨髄が過剰に血液細胞を産生する血液のがんの一種ですが、比較的ゆっくりと進行することが多いです。一方、二次性多血症は、低酸素状態(肺疾患、心疾患、睡眠時無呼吸、喫煙など)やエリスロポエチンを産生する腫瘍など、様々な原因によって引き起こされます。
多血症の主な症状には、頭痛、めまい、体の紅潮、皮膚のかゆみ、手足のピリピリ感などがありますが、初期には無症状であることも少なくありません。最も注意すべき合併症は、脳梗塞や心筋梗塞、肺塞栓症などの血栓症です。また、真性多血症では出血傾向が見られることもあります。
診断は、血液検査での赤血球数、ヘモグロビン、ヘマトクリット値の異常から始まり、エリスロポエチン値の測定、遺伝子検査(JAK2など)、骨髄検査、必要に応じて画像検査などを組み合わせて、多血症の種類と原因を確定します。
治療法は多血症の種類によって大きく異なります。真性多血症の治療は、主に瀉血による赤血球数のコントロールと、骨髄抑制剤やJAK阻害薬などの薬物療法によって、血栓症予防や症状の軽減を目指します。一方、二次性多血症の治療は、原因となっている病気や状態を特定し、それを治療することが最も重要です。
多血症と診断された場合は、十分な水分補給、禁煙、バランスの取れた食事など、日常生活での注意点も重要です。真性多血症は慢性的な経過をたどりますが、適切な治療と管理を行うことで、血栓症などの合併症を防ぎ、QOLを維持することが可能です。二次性多血症の予後は原因疾患に依存します。
健康診断などで多血症の可能性を指摘された方、あるいはこの記事を読んで気になる症状がある方は、自己判断せず、必ず血液内科などの専門医に相談し、正確な診断と適切な治療を受けるようにしてください。早期発見と適切な管理が、多血症と向き合い、健康的な生活を送るための鍵となります。
【免責事項】
この記事は多血症に関する一般的な情報提供を目的としており、個々の患者さんの状態に対する医学的なアドバイスや診断、治療法の推奨を行うものではありません。多血症の診断や治療については、必ず医師にご相談ください。記事中の情報は、執筆時点での一般的な医学的知識に基づいています。医学知識は日々進歩するため、最新の情報や個々の状況については専門医にご確認ください。この記事の情報によって生じたいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いません。