ARDS(急性呼吸窮迫症候群)とは?知っておきたい症状・原因・診断・治療

ARDS(急性呼吸窮迫症候群)は、肺に重度の炎症が起こり、酸素を体内に取り込む機能が急速に低下する病態です。様々な原因によって引き起こされ、集中治療室(ICU)での厳重な管理が必要となる、命に関わる重篤な呼吸不全の一種です。
突然の激しい息切れや呼吸困難が特徴で、進行すると全身の酸素供給が滞り、多臓器不全を引き起こす可能性もあります。
この病態は、新型コロナウイルス感染症の重症例でも多く見られることから、近年その認知度が高まっています。
ARDSの正確な理解は、適切な診断と早期治療、そして予後の改善のために非常に重要です。

目次

ARDSとは?定義と概要

ARDS(Acute Respiratory Distress Syndrome)は、日本語で急性呼吸窮迫症候群と呼ばれ、肺に急激な炎症が起こり、肺のガス交換機能が著しく障害される症候群です。
特定の病気ではなく、様々な重症な状態が引き金となって発症します。
発症から比較的短い時間(多くは数時間から数日以内)で進行し、肺全体にむくみ(肺水腫)が広がり、血液中の酸素濃度が危険なレベルまで低下します。

ARDSは、2012年に発表された国際的な診断基準であるBerlin定義によって定められています。
この定義では、以下の4つの要素を満たす場合にARDSと診断されます。

  1. 急性の発症: 既知の誘因となった病態から1週間以内に発症した、あるいは呼吸器症状が新たに悪化した。
  2. 胸部画像所見: 胸部X線写真またはCT検査で、心不全や体液過剰では説明できない両側性の浸潤影(白っぽい影)が認められる。
  3. 呼吸不全の原因: 呼吸不全が心不全や体液過剰によって完全には説明できない。心エコー検査などが必要となる場合がある。
  4. 低酸素血症の程度: 人工呼吸器によるPEEP(呼気終末陽圧)が5cmH2O以上の場合のPaO2/FiO2比によって、軽症、中等症、重症に分類される。
    • 軽症:200 mmHg < PaO2/FiO2 ≦ 300 mmHg
    • 中等症:100 mmHg < PaO2/FiO2 ≦ 200 mmHg
    • 重症:PaO2/FiO2 ≦ 100 mmHg

PaO2/FiO2比は、吸入している酸素濃度(FiO2)に対して、動脈血中の酸素分圧(PaO2)がどの程度かを評価する指標で、肺の酸素を取り込む能力を示します。
値が低いほど、肺の機能が低下している、つまり低酸素血症が重度であることを意味します。
ARDSは、このPaO2/FiO2比が300 mmHg以下になることが診断の重要な要素となります。

ARDSは、集中治療室に入室する患者さんの約10%に見られ、呼吸器系の集中治療が必要となる患者さんの中では非常に頻度の高い病態です。
適切な治療が遅れると命に関わる危険性が高いため、早期認識と迅速な対応が求められます。

ARDSの症状と徴候

ARDSの症状は、原因となる基礎疾患や病態に加えて、肺の炎症と機能低下によって引き起こされます。
多くの場合、原因となる出来事(肺炎の発症、外傷など)から数時間から数日以内に急激に呼吸状態が悪化します。

初期症状

ARDSの初期には、以下のような症状がみられます。

  • 息切れ(呼吸困難): 最も特徴的な症状です。安静時でも息苦しさを感じ、会話が困難になることもあります。急に呼吸が浅く速くなる(頻呼吸)ことも一般的です。
  • 咳: 乾いた咳が出ることがあります。
  • 胸痛: 呼吸に伴って胸の痛みを感じることがあります。
  • 全身倦怠感: 重症な基礎疾患があるため、強いだるさを感じます。

これらの症状は、肺炎や気管支炎など他の呼吸器疾患と似ているため、特に初期段階では鑑別が難しい場合があります。
しかし、ARDSの場合はその進行が非常に急速であることが特徴です。

進行期の症状

ARDSが進行し、肺の機能がさらに低下すると、より重篤な症状が現れます。

  • 重度の呼吸困難: 呼吸筋を補助的に使い、あえぐような呼吸になります。
  • チアノーゼ: 血液中の酸素が不足し、唇や指先などが青紫色になります。これは低酸素血症が進行しているサインです。
  • 頻脈: 酸素不足を補おうとして、心臓が速く拍動します。
  • 低血圧: 全身状態の悪化や敗血症などに伴って血圧が低下することがあります。
  • 精神状態の変化: 脳への酸素供給が不足すると、不安、落ち着きのなさ、錯乱、意識レベルの低下などがみられます。
  • 発汗: 呼吸努力の増加に伴って、大量の汗をかくことがあります。

これらの症状が見られる段階では、人工呼吸器による呼吸サポートが必須となることがほとんどです。

特徴的な身体所見

医師が診察する際にARDS患者さんに見られる特徴的な身体所見としては、以下のようなものがあります。

  • 頻呼吸: 1分間の呼吸回数が異常に増加しています。
  • 補助呼吸筋の使用: 首や肩の筋肉を使って呼吸している様子が見られます。
  • 陥没呼吸: 息を吸うときに、肋骨の間や鎖骨の上などがへこみます。
  • チアノーゼ: 唇や爪床、耳たぶなどが青紫色に見えます。
  • 聴診所見: 肺を聴診すると、水分貯留を示すラ音(プツプツ、ゴロゴロといった音)が両側の肺で広く聴かれることが多いです。しかし、肺水腫が広範囲に及ぶと、逆に呼吸音自体が弱くなることもあります。

これらの身体所見は、ARDSの重症度や進行度を評価する上で重要な情報となります。
特に、急速な呼吸状態の悪化と両側性のラ音は、ARDSを強く疑う所見となります。

ARDSの主な原因とリスク因子

ARDSは単一の病気ではなく、様々な基礎疾患や外傷によって引き起こされる症候群です。
肺に直接的な損傷を与える原因と、肺以外の場所で起こった炎症などが全身を介して肺に影響を与える間接的な原因に大きく分けられます。

直接的な肺損傷の原因

肺そのものに直接的なダメージが加わることでARDSを引き起こす原因です。

  • 肺炎: 細菌性肺炎、ウイルス性肺炎(インフルエンザ、新型コロナウイルスなど)、真菌性肺炎など、あらゆる種類の重症肺炎がARDSの主要な原因の一つです。病原体によって肺胞や気管支に炎症が起こり、ARDSへと進行します。
  • 誤嚥: 胃の内容物(胃酸や食べ物)を誤って気道に吸い込んでしまうこと(誤嚥性肺炎)によって、肺に化学的な刺激や細菌感染が起こり、ARDSにつながることがあります。意識障害のある患者さんや嚥下機能が低下している高齢者などでリスクが高まります。
  • 肺挫傷: 胸部への強い衝撃(交通事故など)によって肺組織が損傷し、出血や炎症が起こることでARDSを引き起こすことがあります。
  • 溺水: 水を大量に肺に吸い込んでしまうと、肺胞のサーファクタントが失われたり、炎症が起こったりしてARDSの原因となります。真水か海水かで病態に若干の違いがあります。
  • 毒性ガスの吸入: 塩素ガス、アンモニア、煙などを大量に吸入すると、気道や肺胞の上皮細胞が直接損傷を受け、ARDSにつながります。
  • 胃酸の誤嚥(特に大量の場合): 嘔吐物が肺に入ると、胃酸による化学的刺激で急速に肺胞が破壊され、ARDSを引き起こす可能性があります。

間接的な肺損傷の原因

肺以外の場所で発生した炎症や外傷が、サイトカインなどの炎症性物質を介して全身に広がり、結果的に肺の血管内皮細胞や肺胞上皮細胞を障害することでARDSを引き起こす原因です。

  • 敗血症: 重症な感染症が全身に波及し、臓器障害を引き起こす状態です。敗血症はARDSの最も一般的な原因の一つであり、全身の炎症反応が肺の透過性を亢進させ、肺水腫を引き起こします。
  • 重症膵炎: 膵臓の強い炎症(急性膵炎)が全身の炎症反応を引き起こし、ARDSを合併することがあります。
  • 多発外傷: 骨折や臓器損傷など複数の部位に重度の外傷を負った場合、全身の炎症反応が高まり、ARDSを引き起こすリスクがあります。
  • 大量輸血や輸血関連急性肺障害(TRALI): 短時間のうちに大量の血液製剤を輸血した場合や、輸血された血液中の特定の成分が肺の血管内皮を刺激することで、ARDSと同様の肺障害を起こすことがあります。
  • 熱傷: 広範囲の重度熱傷は、全身の強い炎症反応を引き起こし、ARDSの原因となります。
  • 薬物反応: 特定の薬剤(例:一部の化学療法薬、違法薬物など)に対する重篤なアレルギー反応や直接的な毒性によってARDSが引き起こされることがあります。
  • 心肺バイパス術: 心臓手術などで人工心肺装置を使用した場合、全身の炎症反応が高まり、ARDSを合併するリスクがあります。

特に注意すべき原因(敗血症、肺炎など)

ARDSの原因の中で特に頻度が高く、重要視されているのは敗血症重症肺炎です。
これらの病態は、ARDSの発症リスクが非常に高く、早期に診断・治療を開始しないと急速に重症化します。
臨床現場では、敗血症や重症肺炎が疑われる患者さんに対しては、ARDSの発症に注意しながら全身管理が行われます。

これらの原因やリスク因子を理解することは、ARDSの予防や早期発見、そして適切な治療法の選択において非常に重要です。

ARDSの病態生理(メカニズム)

ARDSは、様々な原因によって肺の微細な構造である肺胞と、その周りを巡る毛細血管のバリア機能が破壊されることで起こります。
このバリア機能の破綻が、肺のガス交換能力を著しく低下させます。

ARDSの病態生理は、主に以下のプロセスを経て進行します。

肺胞毛細血管の透過性亢進

ARDSの引き金となる原因(肺炎、敗血症など)によって、炎症を引き起こすサイトカインなどの物質が大量に放出されます。
これらの物質が肺の毛細血管内皮細胞に作用すると、細胞間の結合が緩み、血管の壁がスカスカの状態になります。
これを透過性亢進といいます。

通常、毛細血管の壁は水分や小さな分子は通過させますが、タンパク質のような大きな分子は血管内に留めるフィルターの役割をしています。
しかし、透過性が亢進すると、血液中の血漿成分(水分やタンパク質など)が血管の外、つまり肺胞と血管の間質や肺胞内腔に漏れ出しやすくなります。

炎症反応とその影響

肺の炎症反応は、ARDSの中心的なメカニズムです。
原因となる刺激(病原体、毒素など)に対して、免疫細胞(好中球、マクロファージなど)が肺に集まります。
これらの細胞は、病原体を排除しようとする一方で、さらに強力な炎症性サイトカインや活性酸素、プロテアーゼなどの組織を破壊する物質を放出します。

これらの物質が、肺胞上皮細胞や毛細血管内皮細胞を直接損傷します。
特に肺胞上皮細胞は、酸素と二酸化炭素のガス交換が行われる場所であり、ここが障害されるとガス交換効率が著しく低下します。
また、炎症は肺全体に波及し、広範囲にわたる組織の損傷を引き起こします。

肺水腫形成のプロセス

肺胞毛細血管の透過性亢進により、血管内の血漿成分が間質を経て肺胞内腔に漏れ出すと、肺水腫が形成されます。
通常の肺では、肺胞内はガス交換のために乾燥した状態が保たれていますが、ARDSでは漏れ出した液体(浮腫液)によって肺胞が満たされてしまいます。

この浮腫液には、血管から漏れ出したタンパク質や炎症性物質が含まれています。
これらの物質は、肺胞の表面を覆ってガス交換を妨げるだけでなく、後述するサーファクタントの機能を阻害したり、肺胞上皮細胞の修復を遅らせたりします。
肺胞が液体で満たされると、血液中の酸素が肺胞内の空気中に拡散できなくなり、重度の低酸素血症を引き起こします。

サーファクタント機能障害

肺胞内腔は、表面張力によって潰れようとする力が働いています。
この力を打ち消し、肺胞が呼吸のたびに膨らんだ状態を維持する役割を果たしているのがサーファクタントと呼ばれる界面活性物質です。
サーファクタントは、肺胞の上皮細胞(II型肺胞上皮細胞)によって産生されています。

ARDSでは、炎症や肺水腫に含まれる成分によってサーファクタントが破壊されたり、その産生能力が低下したりします。
サーファクタントの機能が障害されると、肺胞の表面張力が高まり、特に呼気終末に肺胞が潰れやすくなります(虚脱)。
虚脱した肺胞ではガス交換が行えないため、肺の機能がさらに低下し、低酸素血症が悪化します。

また、肺胞の虚脱や浮腫液の貯留によって、肺全体の容積(機能的残気量)が減少し、肺の柔軟性(コンプライアンス)が低下します。
これにより、呼吸をするためにより大きな力が必要となり、呼吸仕事量が増加します。

これらの病態生理学的な変化が複合的に作用し、ARDS患者さんに見られる重度の呼吸不全を引き起こすのです。

ARDSの診断方法と基準

ARDSの診断は、患者さんの臨床所見、画像検査、血液検査の結果を総合的に評価して行われます。
特定の単一の検査で診断できるものではなく、他の病態、特に心不全による肺水腫との鑑別が重要となります。

診断基準(Berlin定義)

前述の通り、ARDSの診断は2012年に発表されたBerlin定義に基づいて行われるのが一般的です。
主要な診断基準を以下にまとめます。

診断項目 内容
発症時期 既知の誘因(原因疾患や外傷)から1週間以内に、あるいは呼吸器症状が悪化してから1週間以内に発症したこと。
胸部画像所見 胸部X線写真またはCT検査で、心不全や体液過剰では説明できない両側性浸潤影(白っぽい影)が認められること。
呼吸不全の原因 呼吸不全が心不全や体液過剰によって完全には説明できないこと。必要に応じて心エコー検査などで評価。
低酸素血症の程度 人工呼吸器によるPEEP(呼気終末陽圧)が5cmH2O以上の場合のPaO2/FiO2比で評価。

  1. 軽症: 200 mmHg < PaO2/FiO2 ≦ 300 mmHg
  2. 中等症: 100 mmHg < PaO2/FiO2 ≦ 200 mmHg
  3. 重症: PaO2/FiO2 ≦ 100 mmHg

PaO2/FiO2比は、患者さんが吸っている酸素濃度(FiO2、例えば酸素マスクで酸素100%を吸っていればFiO2=1.0、空気ならFiO2=0.21)と、動脈血ガス分析で測定した酸素分圧(PaO2)の比率です。
この比率が低いほど、肺が効率よく酸素を取り込めていないことを示します。
PEEPは、人工呼吸器で呼吸を補助する際に、呼気中も気道内に一定の圧力をかけて肺胞が虚脱しないようにする設定です。
ARDSの診断においては、PEEP 5cmH2O以上という基準が設けられています。

臨床所見と身体診察

ARDSが疑われる患者さんでは、まず詳細な問診と身体診察が行われます。

  • 問診: どのような原因疾患や外傷があったか、呼吸困難がいつから始まりどのように変化したか、咳や痰、胸痛の有無などを確認します。
  • 身体診察: 呼吸回数、心拍数、血圧、体温を測定し、呼吸の状態(補助呼吸筋の使用、陥没呼吸など)、皮膚や粘膜の色(チアノーゼの有無)、肺の聴診を行います。特徴的な身体所見(頻呼吸、両側性のラ音、チアノーゼなど)はARDSを疑う重要な手がかりとなります。

画像検査(胸部X線、CT)

胸部画像検査はARDSの診断に必須です。

  • 胸部X線写真: ARDSでは、両側の肺野にびまん性(全体に広がった)の浸潤影(白っぽい影)が認められます。心臓のサイズは通常正常かやや小さく、肺血管陰影の増強も目立たないことが多いです。経過とともに浸潤影は悪化することが一般的です。
  • 胸部CT検査: CT検査は、X線写真よりも詳細な肺の構造を把握できます。ARDSでは、肺の後方や下方に重力依存性の濃度上昇(浸潤影)がより顕著に見られたり、肺胞の虚脱や気管支の拡張(牽引性気管支拡張)などが認められたりします。CTは、ARDSと心不全による肺水腫や、他の肺疾患(肺炎、肺線維症など)との鑑別にも有用な場合があります。

画像所見は、ARDSの診断基準の一つであり、病態の進行度を評価する上でも重要です。

血液検査とガス交換評価

血液検査、特に動脈血ガス分析はARDSの診断と重症度評価に不可欠です。

  • 動脈血ガス分析: 動脈血を採取して、血液中の酸素分圧(PaO2)、二酸化炭素分圧(PaCO2)、pHなどを測定します。ARDSでは、特徴的にPaO2が低下します(低酸素血症)。また、肺のガス交換能力を示すPaO2/FiO2比を計算し、ARDSの重症度(軽症、中等症、重症)を判定します。PaCO2は、初期には呼吸努力によって低下(呼吸性アルカローシス)することがありますが、病態が進行し呼吸筋が疲弊すると上昇(呼吸性アシドーシス)することもあります。
  • その他の血液検査: 原因疾患の特定(感染症であれば白血球数や炎症マーカー、血液培養など)、全身状態の評価(貧血、電解質異常、腎機能、肝機能など)、凝固機能の評価などを行います。Dダイマーなど、肺血管系の情報を得るための検査が行われることもあります。

鑑別診断

ARDSと似たような臨床所見や画像所見を示す他の病態があるため、これらとの鑑別診断が非常に重要です。

  • 心不全による肺水腫: 心臓のポンプ機能が低下し、肺の血管から肺胞に水分が漏れ出す病態です。ARDSと同様に呼吸困難や胸部X線での浸潤影が見られますが、心不全では頸静脈の怒張、下肢の浮腫、心拡大、心雑音などがみられることが多いです。また、心不全では肺の毛細血管内の圧(肺動脈楔入圧など)が上昇しているのに対し、ARDSでは主に毛細血管の透過性亢進が原因であるため、毛細血管圧は正常かむしろ低いことが多いです。心エコー検査やBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)などの検査が鑑別に有用です。
  • 重症肺炎: ARDSの主要な原因の一つですが、肺炎単独でARDSの診断基準を満たさない場合もあります。広範囲の肺炎はARDSと紛らわしい画像所見を呈することがあります。
  • びまん性肺胞出血: 様々な原因(血管炎、自己免疫疾患など)で肺胞内の血管から出血する病態です。血痰や喀血を伴うことが多く、画像所見もARDSと似ることがあります。
  • 特発性間質性肺炎の急性増悪: 既存の間質性肺炎が急激に悪化し、ARDSと同様の病態を呈することがあります。
  • 肺塞栓症: 肺の血管が詰まる病気ですが、広範囲に及ぶと呼吸困難や低酸素血症を引き起こし、画像所見もARDSと紛らわしい場合があります。しかし、肺塞栓症では典型的な胸部X線所見が見られないことも多く、CT肺動脈造影などが診断に用いられます。

ARDSの診断は、これらの類似疾患を適切に除外しつつ、Berlin定義を満たすことを確認することで確定されます。

ARDSの病期(ステージ)

ARDSは時間の経過とともに病態が変化し、一般的に3つの病期に分けられます。
これらの病期を理解することは、現在の病状を把握し、適切な治療戦略を立てる上で役立ちます。

滲出期(急性期)

ARDSの発症から約7日以内、特に最初の数日間にあたる時期です。
この病期の中心的な特徴は、肺胞毛細血管からの水分やタンパク質の漏出(肺水腫)と、炎症細胞の肺への浸潤です。

  • 病態: 肺胞と毛細血管のバリア機能が破壊され、大量の浮腫液が肺胞内に貯留します。これにより、肺胞は液体で満たされ、ガス交換ができなくなります。肺胞の上皮細胞や内皮細胞が損傷し、サーファクタントの機能も低下します。
  • 臨床像: 急激な呼吸困難、低酸素血症が顕著になります。胸部X線では両側性のびまん性浸潤影が急速に拡大します。肺の柔軟性(コンプライアンス)が低下し、人工呼吸器管理において高い気道内圧が必要となることがあります。
  • 予後: この時期に原因疾患の治療と適切な呼吸管理が行われれば、病態の進行を食い止め、改善に向かう可能性があります。しかし、炎症がコントロールできない場合や、他の臓器不全を合併した場合は重症化し、予後が悪化します。

この時期の治療目標は、生命を維持しつつ、さらなる肺損傷を防ぐことです。

増殖期

ARDSの発症から約7日後から始まり、数週間続くことがあります。
この時期は、炎症がピークを過ぎ、組織の修復が開始される段階です。

  • 病態: 損傷した肺胞上皮細胞や毛細血管内皮細胞の再生が始まります。肺胞内腔や間質に蓄積した浮腫液や炎症性細胞が吸収・除去されていきます。しかし、修復プロセスが異常に進むと、線維芽細胞が増殖し、肺の間質にコラーゲンが沈着し始める可能性があります。
  • 臨床像: 肺の酸素化能力が徐々に改善に向かう患者さんもいますが、依然として人工呼吸器管理が必要なことが多いです。胸部X線では浸潤影が改善傾向を示す場合もあれば、網状影などが現れることもあります。肺のコンプライアンスも改善傾向を示すことがあります。
  • 予後: 多くの患者さんはこの時期に呼吸状態が安定し、人工呼吸器からの離脱が可能になります。しかし、一部の患者さんでは肺の線維化が進行し、後遺症を残す可能性があります。

この時期の治療は、引き続き呼吸と全身状態を安定させつつ、リハビリテーションなどを開始し、回復を促すことに重点が置かれます。

線維化期

ARDSを発症した患者さんの約25%でみられる、遷延した病期です。
発症から約3〜4週間以降にみられることがあります。

  • 病態: 肺の修復プロセスが異常に進み、間質に大量の線維組織(コラーゲン)が沈着することで、肺が硬く厚くなります。肺胞構造が破壊され、正常な肺胞が減少します。蜂の巣のような構造(蜂巣肺)が形成されることもあります。
  • 臨床像: 肺のガス交換能力が回復せず、慢性的な低酸素血症が持続します。肺のコンプライアンスは高度に低下し、人工呼吸器からの離脱が困難になったり、酸素吸入が手放せなくなったりします。胸部CTでは広範囲の線維化や蜂巣肺が確認されます。
  • 予後: この病期に進展した患者さんは予後が非常に悪く、死亡率が高いとされています。生存した場合も、肺機能障害が重度となり、長期的な酸素療法やリハビリテーションが必要となるなど、生活の質に大きな影響が残ります。線維化期への進行は、原因疾患の重症度や、最初の急性期の肺損傷の程度、遺伝的要因などが関連すると考えられています。

すべてのARDS患者さんが線維化期に進むわけではありませんが、重症なARDSほど線維化のリスクが高いと言われています。
この病期への移行をいかに防ぐかが、ARDS治療における重要な課題の一つです。

ARDSの治療戦略

ARDSの治療は、根本的な原因疾患の治療と、肺機能をサポートするための支持療法が中心となります。
特に、肺へのさらなる損傷を防ぎながら、回復を待つための肺保護戦略が非常に重要です。

治療の基本原則

ARDS治療の基本原則は以下の通りです。

  • 原因疾患の治療: ARDSを引き起こした原因(肺炎、敗血症など)を特定し、その治療を最優先で行います。感染症であれば適切な抗菌薬や抗ウイルス薬の投与、外傷であれば外科的な処置などが必要です。原因を取り除くことが、ARDSからの回復に向けた第一歩となります。
  • 呼吸のサポート(支持療法): 低酸素血症を改善し、全身への酸素供給を維持するために、人工呼吸器による呼吸管理が必須となることがほとんどです。
  • 全身管理: 肺以外の臓器(心臓、腎臓、脳など)の機能も維持するために、血圧管理、輸液管理、栄養管理など、全身の状態を安定させるための集中治療が行われます。
  • 合併症の予防と治療: 長期にわたる人工呼吸器管理や臥床による合併症(人工呼吸器関連肺炎、カテーテル関連血流感染症、血栓症、褥瘡など)を予防し、発生した場合は速やかに治療します。

呼吸管理(人工呼吸、肺保護戦略)

ARDS治療の根幹をなすのが人工呼吸器による呼吸管理、特に肺保護戦略に基づいた換気方法です。

  • 人工呼吸器: ARDSでは自力での十分な酸素供給ができないため、人工呼吸器によって肺に酸素を送り込みます。
  • 肺保護戦略(Lung Protective Strategy): これは、人工呼吸器の設定によって肺への機械的なストレス(バリアトラウマ)を最小限に抑え、ARDSの病態を悪化させないことを目的とした戦略です。主な要素は以下の通りです。
    • 低一回換気量換気(Low Tidal Volume Ventilation, LTVV): 一回の呼吸で肺に出入りさせる空気の量(一回換気量)を、体重あたり6mL程度と、通常の人工呼吸管理よりも少なく設定します。これにより、肺の過膨張を防ぎ、肺胞への物理的な損傷を軽減します。
    • 制限されたプラトー圧(Limited Plateau Pressure): 換気中に肺胞が最も膨らんだときの圧(プラトー圧)を30cmH2O以下に抑えます。これにより、肺の過伸展による損傷を防ぎます。
    • 適切なPEEP(Positive End-Expiratory Pressure): 呼気中も気道内に一定の陽圧(PEEP)をかけ続けます。これにより、虚脱しやすい肺胞を維持し、ガス交換可能な肺の領域を増やします。適切なPEEPの設定は、患者さんの肺の状態によって異なり、個別に調整されます。一般的に、PaO2/FiO2比が低い(ARDSが重症である)ほど、より高いPEEPが必要となる傾向があります。
    • ファイティング(患者さんの自発呼吸と人工呼吸器の同調不全)の最小化: 患者さんの自発呼吸と人工呼吸器のタイミングがずれると、肺に不必要なストレスがかかります。適切な鎮静や筋弛緩薬の使用により、患者さんの呼吸努力を抑制し、人工呼吸器との同調性を高めることが重要です。

肺保護戦略は、ARDS患者さんの死亡率を低下させることが証明された、最も重要な治療法の一つです。

輸液管理

ARDS患者さんでは、肺水腫の悪化を防ぐために輸液管理が非常に重要です。

  • 水分バランスの最適化: 体液量が多くなりすぎると、肺水腫が悪化し、低酸素血症が増悪します。そのため、必要最小限の輸液量とし、全身の循環を維持できる範囲で水分バランスをマイナスに保つことが推奨される場合があります。利尿薬を用いて体内の余分な水分を排出させることもあります。
  • 輸液の種類: ショックなど緊急の場合を除き、アルブミンなどの膠質液よりも、生理食塩水などの晶質液が第一選択となることが多いです。

適切な輸液管理は、肺水腫を軽減し、人工呼吸器からの離脱を早める効果が期待できます。

原因疾患の治療

ARDSの根本的な治療は、原因疾患の治療です。

  • 感染症: 細菌性肺炎や敗血症が原因であれば、感受性に基づいた適切な抗菌薬を速やかに投与します。ウイルス性肺炎であれば、抗ウイルス薬が検討されることがあります。
  • 外傷: 肺挫傷や多発外傷に伴うARDSであれば、出血や骨折などの外科的な処置や集中治療が必要です。
  • 誤嚥: 誤嚥した内容物や細菌に対する治療を行います。
  • その他: 重症膵炎、熱傷など、それぞれの原因疾患に対する専門的な治療を並行して行います。

原因疾患の治療がARDSの病態改善に直結するため、原因の特定と迅速な治療開始は極めて重要です。

薬物療法

ARDSに対する特異的な有効な薬物療法は限られています。
しかし、病態の管理や合併症予防のためにいくつかの薬剤が使用されます。

  • 鎮静薬・鎮痛薬: 人工呼吸器管理中の患者さんの苦痛を軽減し、人工呼吸器との同調性を高めるために使用されます。プロポフォール、ミダゾラム、フェンタニルなどが用いられます。
  • 筋弛緩薬: 重症な低酸素血症や、人工呼吸器との同調不全が著しい場合に、一時的に患者さんの自発呼吸を完全に抑制し、人工呼吸器による肺保護換気を確実に行うために使用されることがあります。ロクロニウム、ベクロニウムなどが用いられます。ただし、長期使用は筋力低下などの合併症リスクを高めるため、必要最小限にとどめます。
  • ステロイド: ARDSに対するステロイドの使用については議論があり、一般的に初期のルーチン使用は推奨されていません。しかし、特定の状況(例:ARDSの原因が肺の炎症性疾患である場合、増殖期以降で線維化が進行している兆候がある場合など)においては、医師の判断で考慮されることがあります。COVID-19によるARDSでは、デキサメタゾンなどのステロイドが有効であることが示されています。
  • 血管拡張薬: 肺の血管を拡張させることで、血流がよりガス交換効率の良い肺胞に流れやすくなり、酸素化を改善させる目的で、吸入一酸化窒素(iNO)などが使用されることがあります。しかし、死亡率の改善効果は証明されていません。

その他の補助療法(ECMO、腹臥位など)

重症なARDSで、通常の人工呼吸管理では十分な酸素化が得られない場合、以下のような補助療法が考慮されます。

  • 腹臥位(うつぶせ)療法: 患者さんをうつ伏せにする治療法です。ARDS患者さんでは、仰向けになっていると肺の後方や下方の領域が重力によって圧迫され、虚脱しやすくなります。うつ伏せにすることで、これらの領域への圧迫が軽減され、より多くの肺胞が膨らみやすくなり、ガス交換効率が改善することが期待できます。重症ARDS患者さんの予後を改善する効果が示されています。人工呼吸器管理中の患者さんを安全にうつ伏せにするには、専門的な知識と複数の医療スタッフが必要です。
  • ECMO(Extracorporeal Membrane Oxygenation、体外式膜型人工肺): ECMO(Extracorporeal Membrane Oxygenation、体外式膜型人工肺)は、患者さんの体外に血液を取り出し、人工肺(膜型肺)を通して酸素と二酸化炭素の交換を行い、再び体内に戻す生命維持装置です。ARDSによって肺の機能が著しく障害され、人工呼吸器でも十分な酸素化ができない、あるいは肺保護戦略を徹底すると十分な換気ができない場合に、肺を「休ませる」目的で使用されます。VV-ECMO(Veno-Venous ECMO)は、静脈から血液を取り出し、酸素化して静脈に戻す方法で、肺の機能を代替します。VA-ECMO(Veno-Arterial ECMO)は、静脈から血液を取り出し、酸素化して動脈に戻す方法で、肺だけでなく心臓の機能もサポートします。ECMOは高度な技術と専門知識が必要であり、出血や血栓症などの合併症リスクも伴うため、限られた医療機関で実施されます。重症ARDS患者さんの救命率を向上させる可能性が示されています。
  • 高頻度振動換気(High Frequency Oscillatory Ventilation, HFOV): 高頻度振動換気(High Frequency Oscillatory Ventilation, HFOV)は、非常に速い速度(1秒間に数回から数十回)で少量の空気を出し入れし、肺胞を常に開いた状態に保とうとする特殊な人工呼吸器モードです。一部の重症ARDS患者さんに有効な可能性がありますが、第一選択とはされていません。

これらの治療法は、患者さんの全身状態やARDSの重症度、原因などを考慮して、個別に選択・組み合わせて行われます。
ARDSの治療は、集中治療専門医、呼吸器内科医、看護師、理学療法士など、多職種チームによる集学的なアプローチが不可欠です。

ARDSの予後と回復

ARDSは重篤な病態であり、予後はその重症度や原因、患者さんの背景因子などによって大きく異なります。

死亡率と影響因子

ARDSの死亡率は、過去に比べて改善傾向にありますが、依然として高く、全体で約30〜45%と報告されています。
重症なARDS(Berlin定義での重症ARDS、PaO2/FiO2比が100 mmHg以下)では、死亡率がさらに高くなる傾向があります。

ARDSの予後に影響を与える主な因子は以下の通りです。

  • ARDSの重症度: PaO2/FiO2比が低いほど、死亡率が高くなります。
  • 原因疾患: 敗血症に伴うARDSは、肺炎に伴うARDSよりも予後が悪い傾向があります。多発外傷に伴うARDSは比較的予後が良いとされています。
  • 年齢: 高齢の患者さんほど予後が悪くなる傾向があります。
  • 併存疾患: 心疾患、腎疾患、肝疾患、免疫不全などの基礎疾患がある場合、予後が悪化します。
  • 集中治療の質: 肺保護戦略に基づいた人工呼吸管理や適切な全身管理が行われるかどうかが、予後に大きく影響します。ECMOなどの高度な補助療法が必要な場合、それを適切に行える体制があるかどうかも重要です。
  • 病態の進行: ARDSの病期が線維化期に進展すると、予後が著しく悪化します。

回復の経過と期間

ARDSからの回復は、患者さんの重症度や治療への反応によって大きく異なります。
軽症のARDSであれば、数日から1週間程度で呼吸状態が改善し、人工呼吸器から離脱できる場合もあります。
しかし、重症なARDSでは、人工呼吸器管理が数週間、あるいはそれ以上の期間に及ぶことも少なくありません。

集中治療室での治療期間は平均して1〜2週間程度ですが、合併症の発生や病態の遷延によってさらに長くなることもあります。
人工呼吸器から離脱できた後も、筋力や肺機能の回復には時間がかかります。
多くの患者さんは、一般病棟への転棟やリハビリテーション施設への転院を経て、徐々に社会生活への復帰を目指します。

完全な回復には、退院後数ヶ月から1年以上かかることも珍しくありません。
この期間、呼吸リハビリテーションや全身の筋力回復に向けた取り組みが重要となります。

身体的・精神的な後遺症

ARDSから生還した患者さんの多くは、程度の差こそあれ何らかの後遺症を経験します。
これらはまとめてPICS(Post-Intensive Care Syndrome、集中治療後症候群)と呼ばれます。
ARDS患者さんのPICSは、特に呼吸機能障害、神経・筋機能障害、精神・認知機能障害が顕著です。

  • 呼吸機能障害: 肺の線維化が進行した場合、肺活量の低下やガス交換能力の低下が持続し、労作時の息切れや慢性的な低酸素血症が残ることがあります。この場合、在宅酸素療法が必要となることもあります。線維化が軽度であれば、呼吸機能は徐々に回復していく場合もあります。
  • 神経・筋機能障害: 長期間の臥床、筋弛緩薬の使用、炎症反応などにより、全身の筋力低下(ICU-acquired weakness)が起こることがあります。歩行困難や日常生活動作(ADL)の低下につながり、リハビリテーションが不可欠です。末梢神経障害を合併することもあります。
  • 精神・認知機能障害: ICUでの体験(幻覚、鎮静薬の影響など)や病気のストレスにより、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、うつ病、不安障害などを発症することがあります。また、集中力や記憶力の低下、遂行機能障害といった認知機能の低下が見られることもあります。これらの精神・認知機能の後遺症は、患者さんの社会復帰を妨げる要因となります。

回復後の生活

ARDSから生還した患者さんの回復後の生活は、後遺症の程度によって大きく異なります。

  • リハビリテーション: 集中治療中から早期リハビリテーションを開始し、人工呼吸器からの離脱後も継続的なリハビリテーションが重要です。呼吸リハビリ、運動療法、作業療法などによって、肺機能、筋力、ADLの改善を目指します。
  • 社会復帰: 後遺症の程度によりますが、多くの患者さんは以前と同じレベルでの社会復帰が困難となる場合があります。就労や日常生活におけるサポートが必要となることもあります。
  • 精神的なケア: PTSDやうつ病などの精神的な後遺症に対しては、精神科医や心理士によるカウンセリングや薬物療法が有効な場合があります。患者さんだけでなく、家族への精神的なサポートも重要です。
  • フォローアップ: 退院後も、呼吸器内科やリハビリテーション科などによる定期的なフォローアップが必要です。肺機能検査や画像検査、精神的な評価などが行われ、必要に応じて治療やリハビリテーション計画の見直しが行われます。

ARDSからの回復は長く困難な道のりとなることが少なくありませんが、早期からの集学的な治療とリハビリテーションによって、より良い回復を目指すことが可能です。

ARDS患者に対する看護ケア

ARDS患者さんは、重篤な呼吸不全と全身状態の不安定さを伴うため、高度な専門知識と観察力に基づいたきめ細やかな看護ケアが不可欠です。
看護師は、生命維持に関わるケアとともに、合併症予防、精神心理的支援、早期リハビリテーションなど、多岐にわたる役割を担います。

呼吸管理における観察とケア

人工呼吸器管理を受けているARDS患者さんに対する呼吸管理は、看護ケアの中心の一つです。

  • 呼吸状態の観察: 呼吸回数、呼吸パターン、チアノーゼの有無、胸郭の動き、補助呼吸筋の使用、苦悶様の表情などを継続的に観察します。人工呼吸器の設定(一回換気量、PEEP、酸素濃度など)と、それに対する患者さんの反応(SpO2、気道内圧、カプノグラフィ波形など)を密にモニタリングします。
  • 人工呼吸器のアラーム対応: 人工呼吸器のアラームの意味を理解し、迅速かつ適切に対応します。アラームの原因(回路外れ、分泌物貯留、患者さんの自発呼吸など)を判断し、必要な処置を行います。
  • 気道管理: 気管チューブまたは気管切開チューブの状態を確認し、固定を確認します。痰などの気道内分泌物を吸引し、気道の開通を維持します。加湿を適切に行い、分泌物を排出しやすい状態に保ちます。
  • 体位変換: 腹臥位療法が行われる場合は、安全かつスムーズな体位変換を多人数で行います。腹臥位中は、顔や体幹への圧迫、気管チューブや各種カテーテルの抜去、皮膚損傷などに細心の注意を払います。腹臥位以外でも、定期的な体位変換を行い、肺の換気血流比の改善や褥瘡予防を図ります。
  • 人工呼吸器からの離脱支援: 患者さんの呼吸状態が安定し、離脱の準備が整った際には、医師の指示のもと、ウィーニング(人工呼吸器からの離脱訓練)を支援します。患者さんの呼吸努力や疲労の兆候を観察し、安全に離脱が進むようにサポートします。

全身管理と合併症予防

ARDS患者さんは全身状態が不安定であり、様々な合併症を起こしやすいため、全身管理と合併症予防が重要です。

  • 循環管理: 血圧、心拍数、心電図、中心静脈圧などをモニタリングし、輸液や昇圧剤などの投与管理を行います。肺水腫の悪化を防ぐため、輸液量を厳密に管理します。
  • 感染予防: 集中治療室環境での感染(人工呼吸器関連肺炎、カテーテル関連血流感染症、尿路感染症など)は、ARDS患者さんの予後を悪化させる重大なリスクです。手洗いの徹底、清潔操作、カテーテルの適切な管理、口腔ケア、体位変換などにより、感染予防に努めます。
  • 血栓症予防: 長期間の臥床や炎症により、深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症を起こすリスクが高まります。弾性ストッキングや間欠的空気圧迫装置の使用、必要に応じて抗凝固薬の投与などが行われます。
  • 褥瘡予防: 意識レベルの低下、栄養状態の悪化、長期間の臥床により、褥瘡(床ずれ)ができやすい状態です。定期的な体位変換、除圧マットレスの使用、皮膚の清潔保持と保湿などを行います。
  • 栄養管理: 長期間の侵襲によって代謝が亢進し、栄養状態が悪化しやすいです。早期からの経腸栄養(胃や腸にチューブを入れて栄養剤を投与する)または経静脈栄養(点滴で栄養を投与する)によって、必要なカロリーとタンパク質を確保します。
  • 鎮静・鎮痛管理: 人工呼吸器管理中の苦痛や不安を和らげ、人工呼吸器との同調性を高めるために鎮静薬や鎮痛薬が使用されますが、過剰な鎮静は筋力低下やせん妄のリスクを高めます。適切な鎮静レベルを維持し、患者さんの状態に合わせて調整します。痛みの評価と鎮痛も重要です。
  • せん妄の予防とケア: 集中治療環境、鎮静薬、低酸素血症などにより、せん妄(意識障害や精神錯乱)を起こしやすいです。日中の覚醒、夜間の睡眠確保、環境調整、早期離床などにより予防に努め、発生した場合は適切なケアを行います。

患者・家族への精神心理的支援

ARDS患者さんは、死の恐怖、呼吸困難の苦痛、身体拘束、コミュニケーション困難などにより、強い精神的なストレスにさらされます。
また、家族も患者さんの重篤な状態に対して不安や戸惑いを抱えています。

  • 患者さんへの支援: 患者さんの意識レベルに応じて、声かけやタッチングを行い、安心感を与えます。可能な範囲で現在の状況や行われている医療について分かりやすく説明します。不安や苦痛のサインを読み取り、適切に対応します。
  • 家族への支援: 患者さんの病状や治療の経過について、医師と連携しながら、分かりやすく丁寧に説明します。家族の不安や疑問に寄り添い、傾聴します。面会時間の調整や、ICU環境の説明を行い、家族が患者さんと過ごせる時間や方法をサポートします。意思決定が必要な場面では、家族が十分に理解し、納得できるよう支援します。

リハビリテーションと早期離床

ARDS患者さんでは、早期からのリハビリテーションが予後の改善に重要であることが分かっています。

  • 早期離床: 患者さんの状態が許せば、集中治療中から可能な範囲で体を動かす早期離床を推進します。ベッド上での関節可動域訓練、筋力訓練、座位、立位、歩行訓練などを、理学療法士や医師と連携して行います。早期離床は、筋力低下やせん妄の予防、人工呼吸器からの早期離脱につながります。
  • リハビリテーション計画: 個々の患者さんの状態や回復段階に合わせたリハビリテーション計画を立て、継続的に実施します。呼吸リハビリテーションは、肺機能の回復や呼吸困難感の軽減に役立ちます。

ARDS患者さんに対する看護ケアは、病態の急激な変化に対応できる高度な知識と技術に加え、患者さんとその家族に対する深い洞察力と寄り添う姿勢が求められます。
多職種チームの一員として、患者さんの回復を最大限に支援する役割を担います。

ARDSに関するよくある質問(FAQ)

ARDSについて、患者さんやご家族からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

ARDSは完全に治りますか?

ARDSからの回復は、病気の重症度や原因、合併症の有無によって大きく異なります。軽症であれば比較的短い期間で回復し、肺機能もほぼ元に戻る可能性があります。しかし、中等症から重症のARDSの場合、回復までに時間がかかり、肺機能の一部が完全に回復しないことや、筋力低下、認知機能障害、精神的な後遺症(PICS)が残ることがあります。特に肺の線維化が進行した場合は、慢性的な呼吸困難や肺機能障害が遷延し、完全に元の状態に戻ることが難しい場合もあります。しかし、早期の適切な治療と継続的なリハビリテーションによって、後遺症を最小限に抑え、より良い回復を目指すことは可能です。

ARDSは命に関わる病気ですか?

はい、ARDSは生命にかかわる非常に重篤な病気です。肺のガス交換能力が著しく低下するため、全身に十分な酸素を供給できなくなり、多臓器不全を引き起こすリスクが高いです。前述の通り、ARDS全体の死亡率は約30〜45%と報告されており、特に重症なARDSや高齢、複数の基礎疾患がある患者さんでは死亡率が高くなります。しかし、集中治療室での早期かつ集学的な治療(人工呼吸管理、肺保護戦略、必要に応じた補助療法など)によって、多くの患者さんの命を救うことが可能になってきています。早期に異常に気づき、迅速に医療機関を受診することが重要です。


免責事項:

本記事は、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)に関する一般的な情報提供を目的としており、特定の疾患の診断や治療法を推奨するものではありません。
医学的情報は常に更新される可能性があり、個々の患者さんの状態によって適切な対応は異なります。
したがって、自身の健康状態に関して懸念がある場合や、具体的な診断、治療に関しては、必ず医療機関を受診し、資格を持つ医療専門家(医師など)の判断を仰いでください。
本記事の情報によって生じたいかなる結果についても、筆者および情報提供者は一切の責任を負いかねます。

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