腹膜炎は、腹部の臓器を覆っている薄い膜である腹膜に炎症が起きる病気です。
腹膜は、内臓を保護し、摩擦を減らす働きをしています。
この腹膜に炎症が起こると、激しい腹痛や発熱などの症状が現れ、重症化すると命に関わる危険性もあります。
腹膜炎は、原因や進行度によって予後が大きく異なるため、疑わしい症状が現れた場合は、すぐに医療機関を受診することがextremely importantです。
この記事では、腹膜炎の原因や症状、診断方法、治療法、そして早期発見の重要性について詳しく解説します。
腹膜炎とは?
腹膜炎は、腹膜の炎症です。
腹膜は、腹腔内を覆う壁側腹膜と、腹腔内臓器を覆う臓側腹膜から構成されており、これらの膜が炎症を起こした状態を指します。
腹膜は広範囲にわたるため、炎症が広がると腹腔全体に影響を及ぼし、全身状態の悪化につながる可能性があります。
腹膜炎の原因は多岐にわたりますが、最も多いのは、腹腔内の臓器に穴が開いたり損傷したりして、本来なら腹腔内にないはずの細菌や消化液などが漏れ出すことによる感染です。
その他にも、無菌性の炎症や、体の免疫機能の低下など、様々な要因で発生することがあります。
腹膜炎は非常に重篤な状態であり、放置すると敗血症や多臓器不全に進行し、死に至ることも少なくありません。
そのため、腹膜炎が疑われる症状が現れた場合には、迅速な診断と適切な治療が不可欠となります。
腹膜炎の主な原因
腹膜炎は、その原因によって大きく「原発性腹膜炎」と「続発性腹膜炎」に分けられます。
圧倒的に多いのは続発性腹膜炎ですが、それぞれ異なるメカニズムで発生します。
原発性腹膜炎
原発性腹膜炎は、腹腔内の臓器に明らかな病変がないにもかかわらず、血液やリンパの流れを介して腹膜に細菌感染が起こるタイプの腹膜炎です。
これは比較的まれですが、特定の基礎疾患がある場合に発生しやすくなります。
代表的なものとしては、特発性細菌性腹膜炎(Spontaneous Bacterial Peritonitis; SBP)が挙げられます。
これは、肝硬変などで腹水が貯留している患者さんに多く見られます。
通常は無菌である腹水に、腸内細菌が血行性やリンパ行性に到達して感染を引き起こします。
症状が軽微な場合もありますが、放置すると重篤化します。
また、腹膜透析関連腹膜炎も原発性腹膜炎の一種です。
腹膜透析を行っている患者さんでは、カテーテルを介して細菌が腹腔内に侵入し、腹膜炎を起こすリスクがあります。
これは、腹膜透析の最も一般的な合併症の一つです。
続発性腹膜炎
続発性腹膜炎は、腹腔内の臓器の病変が原因で、その内容物(消化液、便、膿など)や細菌が腹腔内に漏れ出すことによって腹膜に炎症が広がるタイプです。
これが腹膜炎の最も一般的な原因であり、緊急手術が必要となるケースの多くを占めます。
具体的な原因疾患としては、以下のようなものが挙げられます。
- 消化管穿孔:
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍穿孔: 潰瘍が進行し、胃や十二指腸の壁に穴が開くことで、胃液や十二指腸液、細菌などが腹腔内に漏れ出し、化学性腹膜炎から細菌性腹膜炎に移行します。
突然の激しい腹痛で発症することが多いです。 - 虫垂炎破裂: 炎症を起こした虫垂が破裂し、中に溜まった膿や細菌が腹腔内に散らばることで腹膜炎を引き起こします。
虫垂炎の痛みが一旦和らいだ後に再び激しくなる、といった経過をたどることもあります。 - 大腸憩室炎穿孔: 大腸の壁にできた小さな袋状の突起(憩室)に炎症が起き、それが破裂することで便や細菌が腹腔内に漏れ出します。
高齢者に多く見られ、腹痛や発熱で発症します。 - 腸閉塞による腸管壊死・穿孔: 腸閉塞が進行し、血行障害によって腸管の一部が壊死すると、その部分に穴が開いて腸の内容物が漏れ出します。
- 炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎)の穿孔: 炎症が腸壁全層に及び、穴が開くことがあります。
- 悪性腫瘍の穿孔: 進行した消化器がんが腸管を破り、内容物が漏れ出すことがあります。
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍穿孔: 潰瘍が進行し、胃や十二指腸の壁に穴が開くことで、胃液や十二指腸液、細菌などが腹腔内に漏れ出し、化学性腹膜炎から細菌性腹膜炎に移行します。
- 胆道系・膵臓の病変:
- 胆嚢炎・胆管炎の破裂: 炎症を起こした胆嚢や胆管が破裂し、胆汁や感染した分泌物が腹腔内に漏れ出すことで腹膜炎を引き起こします。
- 急性膵炎: 重症の急性膵炎では、膵液が腹腔内に漏れ出し、腹膜を刺激して化学性腹膜炎を引き起こすことがあります。
膵液に含まれる酵素は強力で、腹膜や周囲組織を消化してしまうため、非常に重篤化しやすいです。
- 婦人科系の病変:
- 骨盤内炎症性疾患(PID): 卵管炎や卵巣膿瘍などが腹膜に炎症を広げることがあります。
- 子宮外妊娠破裂: 卵管などに着床した胎嚢が破裂し、出血や内容物が腹腔内に漏れ出すことで激しい腹痛と腹膜炎を引き起こします。
緊急手術が必要です。 - 卵巣嚢腫茎捻転: 卵巣嚢腫が茎の部分でねじれると、血行障害を起こして壊死し、腹膜刺激症状を引き起こすことがあります。
- 外傷: 交通事故や転落などによって、腹部臓器が損傷し、穿孔や破裂が起こることで腹膜炎につながることがあります。
- 手術の合併症: 腹部手術後に縫合不全などで消化管の内容物が漏れ出したり、感染が起きたりして腹膜炎を発症することがあります。
このように、続発性腹膜炎は、腹腔内の様々な臓器の病変が引き金となります。
原因を特定し、迅速に治療することが極めて重要です。
その他の原因
原発性や続発性といった感染性の原因以外にも、腹膜に炎症が起こるケースがあります。
- 化学性腹膜炎: 消化管穿孔の初期など、細菌感染が起こる前に消化液(胃液、膵液、胆汁など)が腹腔内に漏れ出すことによって起こる炎症です。
これらの消化液には強力な消化酵素などが含まれており、腹膜を強く刺激します。
時間経過とともに細菌感染を伴い、続発性細菌性腹膜炎へと移行することがほとんどです。 - 薬剤誘発性腹膜炎: 特定の薬剤が腹腔内に投与された際に、腹膜刺激症状を引き起こすことがあります。
- 腫瘍: 腹膜に発生したがん(腹膜播種など)が炎症や腹水貯留を伴うことがあります。
このように、腹膜炎の原因は多岐にわたるため、正確な診断のためには、症状だけでなく、患者さんの既往歴や基礎疾患、現在の状況などを総合的に評価する必要があります。
腹膜炎の典型的な症状
腹膜炎の症状は、原因や炎症の広がり、重症度によって異なりますが、多くの場合、特徴的な症状が現れます。
これらの症状を見逃さず、迅速に対応することが、予後を左右する鍵となります。
激しい腹痛と腹膜刺激症状
腹痛は、腹膜炎の最も典型的かつ主要な症状です。
炎症を起こした腹膜は非常に敏感になるため、少しの刺激でも強い痛みを感じます。
- 痛みの性質: 腹痛は通常、鋭く持続的な痛みです。
原因となった臓器の場所から始まることが多いですが、炎症が腹腔全体に広がると、痛みもお腹全体に広がり、場所が特定しにくくなります。 - 痛みの増強: 咳やくしゃみ、深呼吸、体の動きなど、腹膜が刺激されるあらゆる動作で痛みが激しくなります。
このため、患者さんは体を動かすことを嫌がり、膝を抱えるようにしてじっとしていることが多いです。
身体診察では、腹膜の炎症を示す特徴的な所見が見られます。
これを腹膜刺激症状と呼びます。
- 圧痛: お腹を指で押すと強い痛みを感じます。
- 筋性防御 (Guard): 腹部に触れると、患者さんの意思とは関係なくお腹の筋肉が硬く板状になります。
これは、腹膜の炎症から腹筋を収縮させて刺激から守ろうとする防御反応です。
腹膜炎では非常に特徴的な所見です。 - 反跳痛 (Rebound Tenderness; Blumberg’s Sign): お腹をゆっくりと押さえつけ、急に指を離したときに、押さえたときよりも強い痛みを感じる現象です。
腹膜の炎症がある場合にみられます。
これらの腹膜刺激症状は、腹膜炎の存在を強く示唆する所見であり、特に筋性防御は重症度を示す指標の一つとなります。
発熱と悪寒
腹膜炎は、感染を伴うことが多い炎症であるため、体温が上昇し、発熱が見られます。
炎症が進行すると、高熱になることもあります。
発熱に伴って、悪寒(寒気)を訴えることもあります。
これは、体が感染と戦っているサインであり、炎症反応が全身に及んでいることを示しています。
原因によっては、炎症の程度に関わらず発熱が軽度な場合もありますが、一般的には発熱は腹膜炎の重要な兆候の一つです。
吐き気・嘔吐などの消化器症状
腹膜の炎症は、消化管の動き(蠕動運動)を抑制します。
これにより、吐き気や嘔吐が起こりやすくなります。
食べたものや胃液を吐くことがあり、重症化すると腸の内容物が逆流して吐くこともあります。
また、腸の動きが悪くなることで、ガスや便が出にくくなり、お腹が張る(腹部膨満)といった腸閉塞のような症状が現れることがあります。
これは、麻痺性イレウスと呼ばれ、腹膜炎が原因で腸の機能が停止してしまう状態です。
排ガスや排便が長期間ない場合は注意が必要です。
食欲不振も腹膜炎の一般的な症状です。
強い腹痛や吐き気のため、食事を摂るのが難しくなります。
全身症状と重症度
腹膜炎が進行し、炎症が全身に波及すると、様々な全身症状が現れ、重症度が判断されます。
- 頻脈: 体が炎症や痛み、脱水などに対応するために、心拍数が増加します。
- 血圧低下: 重症化すると、体液が血管外に漏れ出したり、炎症性物質によって血管が拡張したりすることで、血圧が低下し、ショック状態に陥る危険性があります。
- 呼吸促迫: 痛みのため深呼吸ができなかったり、全身の炎症反応によって呼吸が速くなったりします。
- 乏尿: 血圧低下や脱水により、腎臓への血流が減少し、尿の量が減少します。
- 意識障害: 重症の敗血症やショック状態では、脳への血流が悪くなったり、毒素の影響を受けたりして、意識が朦朧としたり、反応が鈍くなったりすることがあります。
これらの全身症状が現れている場合は、腹膜炎がかなり進行しており、命に関わる危険な状態であることを示しています。
一刻も早く集中治療を含む高度な医療が必要となります。
腹膜炎の症状は、原因や個人の状態によって多様ですが、特に急激な腹痛、持続性の腹痛、発熱、吐き気・嘔吐、お腹の硬さ(筋性防御)といった症状が同時に見られる場合は、腹膜炎を強く疑い、すぐに医療機関を受診する必要があります。
自己判断で様子を見たり、市販薬で痛みを抑えたりすることは、病状を悪化させるリスクを高めるため、絶対に避けましょう。
腹膜炎の診断方法
腹膜炎は緊急性の高い病態であるため、迅速かつ正確な診断が求められます。
医師は、患者さんの症状や身体所見に加え、様々な検査結果を総合的に判断して診断を下します。
問診と身体診察
診断の第一歩は、患者さんからの詳しい情報(問診)と、医師による身体診察です。
- 問診:
- いつから、どのような腹痛が始まったか(突然か徐々にか、痛みの性質、場所、強さ)。
- 痛みが体の動きや姿勢によって変化するかどうか。
- 発熱、吐き気、嘔吐、食欲不振などの随伴症状の有無。
- 排ガスや排便の状態。
- 既往歴(過去にかかった病気、手術の経験など)。
- 現在服用している薬。
- 女性の場合は、生理周期や妊娠の可能性なども重要な情報となります。
- 身体診察:
- 顔色や全身状態の観察(苦痛の表情、発汗など)。
- バイタルサインの測定(体温、脈拍、血圧、呼吸数)。特に血圧が低い、脈が速い場合は重症が疑われます。
- 腹部の視診(お腹が張っているか、手術痕の有無など)。
- 腹部の聴診(腸の動きを示す腸蠕動音の低下または消失)。
- 腹部の触診(腹部の圧痛、筋性防御、反跳痛の確認)。これは腹膜刺激症状の有無を評価するために最も重要な診察です。
問診と身体診察で腹膜刺激症状が確認された場合、腹膜炎の可能性が非常に高いと判断されます。
血液検査による炎症反応の確認
腹膜炎では、体の中で炎症が起きていることを示す様々な変化が血液中に現れます。
- 白血球数: 感染や炎症があると、白血球の数が増加します。
特に細菌感染による腹膜炎では顕著な増加が見られます。 - CRP(C反応性蛋白): CRPは、体内の炎症の程度を示すマーカーです。
腹膜炎ではCRPの値が著しく上昇します。 - その他の炎症マーカー: プロカルシトニンなども、細菌感染や敗血症の重症度を評価する上で有用な場合があります。
- 肝機能・腎機能: 炎症やショックによって肝臓や腎臓の機能が低下していないか確認します。
- 電解質: 嘔吐や絶食、脱水などにより、体内のナトリウム、カリウムなどの電解質バランスが崩れていないか確認します。
- 血液ガス分析: 重症例では、体の酸素化状態や酸塩基平衡に異常がないか評価します。
これらの血液検査の結果は、腹膜炎の存在、炎症の程度、全身状態を把握するために不可欠です。
画像検査(CT, エコー)
血液検査だけでは、腹膜炎の原因を特定したり、炎症の広がりを詳細に評価したりすることはできません。
そこで、画像検査が非常に重要な役割を果たします。
- 腹部X線検査:
- お腹全体のレントゲン写真を撮影します。
- 消化管穿孔がある場合、本来なら空気がないはずの腹腔内に空気が漏れ出し、遊離ガス(free air)として検出されることがあります。
これは、消化管穿孔による腹膜炎の非常に重要な所見です。
特に立位での撮影では、横隔膜の下に遊離ガスが認められることがあります。 - 腸閉塞が合併している場合、拡張した腸管や鏡面像(ニボー)が見られることがあります。
- 腹部超音波検査(エコー):
- 超音波を使って腹腔内をリアルタイムに観察します。
- 腹水の有無や量、その性状(濁っているかなど)を確認できます。
- 腹腔内に膿が溜まっている場所(膿瘍)を検出することができます。
- 虫垂、胆嚢、卵巣など、腹膜炎の原因となっている可能性のある臓器の異常(炎症、腫れ、石など)を評価するのに役立ちます。
- ベッドサイドで迅速に行えるメリットがあります。
- 腹部CT検査:
- 腹部CT検査は、腹膜炎の診断において最も多くの情報を提供する検査です。
- 原因となっている臓器の病変(潰瘍穿孔、虫垂炎、憩室炎、胆嚢炎など)を高い精度で特定できます。
- 腹膜の肥厚や造影効果、腹腔内の炎症の広がり、腹水や膿の貯留部位と量などを詳細に評価できます。
- 消化管の拡張や腸閉塞の有無、その他の臓器の異常なども確認できます。
- より広範囲を一度に検査できるため、全身状態が不安定な患者さんでも比較的迅速に情報を得られます。
- 腹腔穿刺:
- 超音波ガイド下などで、腹部に針を刺して腹水や膿を採取し、その液体を検査する方法です。
- 採取した液体を顕微鏡で観察したり、培養して原因菌を特定したりすることで、腹膜炎の種類(細菌性かなど)や原因菌を特定するのに非常に有用です。
- 診断だけでなく、貯留した膿を排出する治療的な意味合いもあります。
これらの検査結果と、問診・身体診察での所見を総合的に評価し、腹膜炎の診断を確定し、原因を特定します。
迅速な診断は、適切な治療を開始し、予後を改善するために極めて重要です。
腹膜炎の治療法
腹膜炎の治療は、原因、炎症の広がり、患者さんの全身状態などによって異なりますが、多くの場合、救急対応が必要となり、集中的な治療が行われます。
治療の主な柱は、感染源の除去(主に手術)、抗菌薬による全身管理、そして全身状態を安定させるための支持療法です。
抗菌薬(抗生物質)による薬物療法
腹膜炎の多くは細菌感染によって引き起こされるため、抗菌薬による治療が非常に重要です。
- 広範囲抗菌薬の投与: 診断が確定し、原因菌が特定される前であっても、治療開始を遅らせないために、腸内細菌など腹膜炎の原因となりうる可能性のある複数の種類の細菌に効果がある広範囲スペクトラムの抗菌薬が、通常は静脈点滴で投与されます。
これは、初期の感染の拡大を防ぎ、全身状態の悪化を食い止めることを目的としています。 - 原因菌に応じた変更: 腹腔穿刺で採取した液体や血液、手術で採取した組織などから細菌培養を行い、原因菌が特定されたら、その菌に対して最も効果の高い抗菌薬に変更することがあります。
これにより、より効果的で副作用の少ない治療が可能となります。 - 投与期間: 抗菌薬の投与期間は、腹膜炎の原因や重症度、治療に対する反応によって異なりますが、炎症が落ち着くまで数日~数週間、あるいはそれ以上に及ぶこともあります。
抗菌薬療法は腹膜炎治療の基礎となりますが、多くの場合、感染源そのものを除去しないと根本的な解決にはならないため、手術と組み合わせて行われます。
手術による原因の除去と腹腔洗浄
続発性腹膜炎の場合、原因となっている消化管の穿孔や胆嚢の破裂など、感染源そのものを除去または修復するための手術が不可欠となります。
- 原因病変の修復・切除: 手術では、まず腹膜炎の原因となっている病変(例:胃の穴、破裂した虫垂や憩室、壊死した腸管など)を確認し、修復したり、切除したりします。
例えば、胃潰瘍穿孔なら穴を縫い合わせる、虫垂炎破裂なら虫垂を切除する、といった処置が行われます。 - 腹腔洗浄: 腹腔内に漏れ出した消化液、便、膿、血液などの異物や細菌を洗い流すために、生理食塩水などの洗浄液を用いて腹腔内を繰り返し洗浄します。
これにより、腹腔内の細菌数や炎症物質を減らし、感染の拡大を抑えます。 - ドレーンの留置: 洗浄後、術後に再び腹腔内に液体や膿が溜まるのを防ぐため、細い管(ドレーン)を腹腔内に留置することがあります。
ドレーンから排出される液体の量や性状を確認することで、術後の回復状況や感染のコントロール状態を把握します。 - 手術方法: 手術は、開腹手術(お腹を大きく切開する)で行われることが多いですが、病状や原因によっては腹腔鏡手術(小さな穴をいくつか開けてカメラと器具を入れて行う)で行われる場合もあります。
腹腔鏡手術は、患者さんの体への負担が少なく、回復が早いといったメリットがありますが、腹膜炎の広がりが著しい場合や重症な場合には、開腹手術が必要となります。
原発性腹膜炎の場合は、原因臓器の病変がないため、基本的に手術は行わず、抗菌薬治療が中心となります。
しかし、腹腔内に大きな膿瘍が形成された場合など、特定の状況では外科的処置(膿瘍ドレナージなど)が必要となることもあります。
輸液や痛み止めなどの支持療法
腹膜炎の患者さんは、発熱、嘔吐、絶食などにより脱水状態になりやすく、炎症によって血管から体液が漏れ出すことで循環不全(ショック)に陥る危険性があります。
また、強い痛みも伴います。
これらの全身状態を安定させ、治療効果を高めるために、様々な支持療法が行われます。
- 輸液療法: 大量の輸液(点滴)を行い、脱水状態や循環血液量の減少を改善し、血圧を維持します。
これにより、臓器への血流を確保し、全身状態の悪化を防ぎます。 - 痛み止め: 強い腹痛に対して、鎮痛薬が投与されます。
痛みを適切にコントロールすることは、患者さんの苦痛を和らげるだけでなく、呼吸や体の動きを改善し、回復を助ける上でも重要です。 - 絶食と胃管挿入: 消化管の動きが悪くなっていることが多いため、腸管を安静にするために食事は中止し、絶食とします。
胃の中に溜まった液体や空気を排出するために、鼻から胃まで細い管(胃管)を挿入することもあります。 - 呼吸・循環管理: 重症例では、呼吸状態や循環動態(血圧、心拍数など)を厳密に管理し、必要に応じて人工呼吸器や昇圧剤などを使用します。
集中治療室(ICU)での管理が必要となることもあります。 - 栄養管理: 長期間絶食が必要な場合は、点滴から必要な栄養を補給する中心静脈栄養などが行われます。
これらの支持療法は、腹膜炎そのものを治すものではありませんが、患者さんの全身状態を維持・改善し、抗菌薬や手術の効果を最大限に引き出すために不可欠な治療です。
治療期間の目安
腹膜炎の治療期間は、原因疾患、腹膜炎の重症度と広がり、治療に対する反応、患者さんの基礎疾患などによって大きく異なります。
軽症の原発性腹膜炎で抗菌薬治療への反応が良い場合は、比較的短期間(数日~1週間程度)の入院で回復することもあります。
しかし、続発性腹膜炎で手術が必要な場合は、通常は数週間から数ヶ月の入院が必要となります。
手術内容や術後の合併症の有無によって期間は変動します。
炎症が広範囲に及んでいたり、敗血症などの重篤な合併症を起こしていたりする場合は、治療期間が長期化し、リハビリテーションが必要となることもあります。
治療期間中は、炎症反応の推移、腹痛の程度、排ガス・排便の状況、全身状態などを注意深く観察し、適切な治療が継続されます。
腹膜炎の予後とリスク
腹膜炎は、その重症度や原因、治療開始までの時間などによって予後が大きく左右される病気です。
命に関わる可能性も高いため、予後とリスクについて理解しておくことは重要です。
死亡率と重症化リスク
腹膜炎は、適切な治療が行われない場合や、治療が遅れた場合には高い死亡率を示す病気です。
死亡率は、原因、炎症の広がり、基礎疾患の有無、年齢などによって大きく変動します。
例えば、若年者の急性虫垂炎破裂による限局性腹膜炎と、高齢者の進行がんによる消化管穿孔からの広範囲腹膜炎では、死亡率は大きく異なります。
高齢者や、糖尿病、心臓病、腎臓病などの重い基礎疾患を持つ患者さんは、免疫力が低下していたり、体の予備能が低かったりするため、重症化しやすく、予後が悪くなる傾向があります。
重症化のリスクとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 敗血症: 腹腔内の細菌が血流に乗って全身に広がり、体の様々な臓器に影響を及ぼす状態です。
血圧低下、意識障害、臓器機能障害などを引き起こし、非常に危険な状態です。 - 多臓器不全: 敗血症などが進行し、複数の重要な臓器(腎臓、肺、肝臓、心臓など)の機能が停止してしまう状態です。
腹膜炎による死亡の多くは、多臓器不全が原因で起こります。 - ARDS(急性呼吸窮迫症候群): 全身の炎症反応によって肺に重度の障害が起こり、呼吸困難に陥る状態です。
人工呼吸器管理が必要となります。 - DIC(播種性血管内凝固症候群): 体内で血液を固める機能と溶かす機能のバランスが崩れ、全身の血管内で小さな血栓ができたり、出血が止まらなくなったりする状態です。
これらの合併症は、腹膜炎が進行し、全身の炎症反応が制御できなくなった場合に発生しやすく、一度起こると治療が非常に困難になります。
早期治療の重要性
腹膜炎の予後を改善するために最も重要なことは、早期診断と早期治療です。
腹膜炎は、時間経過とともに炎症が腹腔全体に広がり、全身状態が悪化していきます。
特に続発性腹膜炎の原因となる消化管穿孔などでは、内容物が腹腔内に漏れ続けるため、病状は刻一刻と進行します。
診断と治療開始が遅れるほど、炎症は広範囲になり、重篤な合併症を起こすリスクが高まり、死亡率も上昇することが多くの研究で示されています。
例えば、消化管穿孔による腹膜炎の場合、発症から数時間以内の治療開始と、それ以降の治療開始では、予後に大きな差が生じると言われています。
「お腹が急に、または徐々にでも我慢できないほど痛い」「お腹全体が硬く張っている」「高熱が出ている」「吐き気や嘔吐が止まらない」など、腹膜炎を疑わせる症状が現れた場合は、夜間や休日であっても迷わず救急外来を受診することが、命を守るために何よりも大切です。
自己判断で様子を見たり、安易に痛み止めを使ったりすることは、診断を遅らせるだけでなく、病状を隠してしまい、発見が遅れる原因となるため絶対に避けるべきです。
回復後の注意点
腹膜炎の治療が成功し、急性期を脱して退院した後も、注意が必要な点があります。
- 原因疾患の管理: 腹膜炎の原因となった病気(例:潰瘍、憩室炎、胆嚢炎など)に対する治療や管理を継続する必要があります。
再発予防のための生活習慣の改善や、定期的な通院・検査が重要です。 - 術後の合併症: 特に手術を行った場合、術後の合併症として、創部感染、肺炎、血栓症などが起こるリスクがあります。
- 腹腔内癒着: 腹膜炎による炎症や手術によって、腹腔内の臓器同士や腹膜がくっついてしまう「癒着」が起こることがあります。
癒着は、慢性的な腹痛の原因となったり、腸閉塞を引き起こしたりすることがあります。
症状に応じて、食事指導や運動療法、場合によっては再手術が必要となることもあります。 - 全身状態の回復: 腹膜炎で重篤な状態になった場合、体力や筋力が著しく低下します。
退院後も、医師や理学療法士の指導のもと、ゆっくりと体力回復のためのリハビリテーションを行うことが重要です。
腹膜炎からの回復は、急性期の治療だけでなく、退院後の適切な管理と、原因疾患に対する継続的なアプローチが非常に大切になります。
何か気になる症状があれば、遠慮なく医師に相談しましょう。
腹膜炎と間違えやすい病気
腹痛は様々な原因で起こる一般的な症状であり、腹膜炎と似たような症状を示す病気はたくさんあります。
これらの病気と腹膜炎を区別すること(鑑別診断)は、適切な治療を選択するために非常に重要ですが、一般の方が自己判断で区別することは困難です。
腹膜炎が疑われる場合は、必ず医療機関を受診し、専門家による診断を受けるべきです。
腹膜炎と間違えやすい主な病気には、以下のようなものが挙げられます。
病気名 | 主な症状 | 腹膜炎との鑑別点(一般的な傾向) |
---|---|---|
急性虫垂炎 | 初めはみぞおちやへその周囲の痛み、数時間後に右下腹部に痛みが移動、発熱、吐き気 | 初期は痛みの場所が特定しにくいが、進行すると右下腹部の限局した圧痛や腹膜刺激症状(限局性腹膜炎)が現れる。全体に広がる腹膜炎に至るには虫垂破裂が必要。 |
急性胆嚢炎 | 右上腹部の痛み(特に食後)、発熱、吐き気 | 痛みの場所が右上腹部に限局することが多い。腹膜刺激症状は右上腹部に限局することが多い。 |
急性膵炎 | 上腹部から背中にかけての激痛、吐き気、嘔吐、発熱 | 痛みが強いが、筋性防御などの腹膜刺激症状は比較的少ない場合がある(ただし重症化すると腹膜炎を合併)。血液検査で膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ)が著しく上昇する。 |
憩室炎 | 左下腹部痛(大腸憩室炎の場合が多い)、発熱 | 痛みの場所は憩室のある部位(左下腹部が多い)に限局することが多い。穿孔すると腹膜炎に移行する。 |
急性胃腸炎 | 腹痛(しばしば痙攣性)、吐き気、嘔吐、下痢、発熱(軽度~中等度) | 下痢を伴うことが多い。腹痛は波があることが多い。腹膜刺激症状は通常見られないか、あっても軽度。 |
尿路結石 | 脇腹から下腹部、鼠径部にかけての差し込むような激痛(七転八倒するほど)、血尿 | 痛みが波状であり、姿勢や動きに関わらず強い。発熱は伴わないことが多い(感染を伴わない場合)。尿検査や画像検査で結石が確認される。 |
婦人科疾患 | 下腹部痛(卵巣嚢腫茎捻転、子宮外妊娠破裂など)、不正出血など | 女性特有の症状(生理不順、妊娠の可能性など)が手がかりとなる。画像検査(経腟エコーなど)で診断されることが多い。 |
これらの病気は、腹痛や発熱といった共通の症状があるため、初期には鑑別が難しい場合があります。
しかし、腹膜炎は特に筋性防御や反跳痛といった腹膜刺激症状が強く現れる傾向があり、全身状態が悪化しやすいという特徴があります。
自己判断で「ただの胃腸炎だろう」と済ませてしまったり、市販薬で痛みを抑えたりすることは、腹膜炎であった場合の診断・治療を遅らせ、命に関わる事態を招く可能性があります。
「いつもと違う」「我慢できないほど痛い」「熱が高い」「お腹がカチカチに硬い」と感じたら、必ず医療機関を受診しましょう。
特に、急に発症した強い腹痛は、腹膜炎を含めた緊急性の高い病気のサインである可能性が高いです。
腹膜炎が疑われる場合の対処法と緊急性
腹膜炎は、早期に適切な治療を行わなければ命に関わる危険な病気です。
そのため、腹膜炎を疑わせる症状が現れた場合の対処法は、「すぐに医療機関を受診すること」、これに尽きます。
どのような症状があれば腹膜炎を疑うべきか?
- 急激に始まった、または徐々に強くなり続ける、我慢できないほどの腹痛
- お腹全体が硬く張っている、押すと強く痛む(特に離したときに痛む)
- 高熱が出ている(38℃以上が多い)
- 吐き気や嘔吐が止まらない
- 顔色が悪い、冷や汗をかいている、脈が速い、意識がはっきりしない
これらの症状が一つでも、あるいは複数同時に現れている場合は、腹膜炎である可能性を念頭に置き、速やかに医療機関を受診する必要があります。
特に、急に始まった激しい腹痛は、消化管穿孔などの緊急性の高い腹膜炎の原因疾患を示唆している可能性が高いため、一刻を争います。
なぜすぐに医療機関を受診する必要があるのか?
腹膜炎は、原因となっている病変(例:消化管の穴)から、本来無菌である腹腔内に細菌や消化液などが漏れ出すことで発生し、時間経過とともに炎症が急速に拡大します。
炎症が広がると、全身に細菌や毒素が回り、敗血症や多臓器不全といった生命に関わる重篤な状態に進行するリスクが高まります。
早期に原因を特定し、感染源を除去する手術や、強力な抗菌薬による治療を開始することができれば、救命できる可能性は高まります。
しかし、治療が遅れるほど、病状は回復困難なレベルまで悪化してしまうのです。
「夜間だから」「休日だから」とためらわないでください。腹膜炎は時間との勝負です。
症状が現れたら、かかりつけ医が診察時間外であれば、地域の救急外来や休日夜間診療所を受診しましょう。
救急車を呼ぶべきか判断に迷うような激しい症状であれば、ためらわずに救急車を要請してください。
医療機関では、医師が問診や身体診察を行い、腹膜炎が疑われる場合は、血液検査や画像検査(CT、エコー、X線など)を迅速に行います。
診断がつき次第、入院の上、抗菌薬投与や緊急手術など、適切な治療が開始されます。
自己判断でできること、やってはいけないこと
- できること: 症状を正確に医師に伝える準備をする。
救急車を呼ぶ必要があるか判断に迷う場合は、#7119(救急安心センター事業)に相談する。 - やってはいけないこと:
- 自己判断で様子を見る: 痛みが一時的に和らいでも、病状が進行している可能性があります。
- 市販の痛み止めを飲む: 痛み止めは痛みを抑えるだけで、腹膜炎の原因を治すわけではありません。
むしろ、痛みが和らいだことで病状の進行に気づきにくくなり、受診が遅れる危険があります。 - 食事を摂る: 消化管に負担をかけ、病状を悪化させる可能性があります。
腹膜炎が疑われる場合は、飲食は控えるべきです。 - 体を温めたり、マッサージしたりする: 腹膜炎がある場合、かえって炎症を悪化させる可能性があります。
腹膜炎は誰にでも起こりうる病気であり、特に消化器系の病気を持つ方は注意が必要です。
「おかしいな」と思ったら、まずは医療機関を受診するという行動が、ご自身の命を守る最善の策となります。
【まとめ】腹膜炎とは?原因や症状、治療法、緊急性を解説
腹膜炎は、腹部の臓器を覆う腹膜に炎症が起きる、非常に危険性の高い病気です。
主な原因は、虫垂炎破裂や胃潰瘍穿孔といった腹腔内臓器の病変からの細菌感染(続発性腹膜炎)ですが、肝硬変などに伴う原発性腹膜炎など、様々な原因で発生します。
典型的な症状は、激しい腹痛(特に体の動きで強くなる)、腹部全体の硬さ(筋性防御)、圧痛、反跳痛といった腹膜刺激症状、高熱、吐き気、嘔吐などです。
これらの症状が見られる場合、腹膜炎を強く疑う必要があります。
診断は、問診や身体診察、血液検査での炎症反応の確認、そしてCTやエコーなどの画像検査を組み合わせて行われます。
特にCT検査は、腹膜炎の広がりや原因疾患の特定に非常に有用です。
治療は、原因や重症度によって異なりますが、多くの場合、抗菌薬による感染制御と、原因となっている病変を除去・修復するための手術、そして全身状態を安定させるための輸液や痛み止めといった支持療法が行われます。
腹膜炎は、治療が遅れると敗血症や多臓器不全に進行し、命に関わるリスクが高い病気です。
早期診断と早期治療が予後を大きく左右します。
もし、ご自身や周囲の方が、急激で我慢できない腹痛、高熱、お腹の強い張りや硬さといった症状を示している場合は、「大丈夫だろう」と自己判断せず、夜間や休日であっても迷わず救急外来を受診してください。
迅速な対応が、救命につながります。
免責事項:
この記事は、腹膜炎に関する一般的な情報を提供することを目的としており、医学的な診断や治療を代替するものではありません。
個々の症状や健康状態については、必ず医師や専門家の診断と指導を受けてください。
本記事の情報によって生じたいかなる結果についても、筆者および提供元は一切の責任を負いません。