胃腸炎は、胃や腸などの消化器に炎症が起きる病気です。
主にウイルスや細菌などの感染によって引き起こされ、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛、発熱などの症状が現れます。
これらの症状は体の水分や電解質のバランスを崩しやすく、特に小さなお子さんや高齢者では重症化するリスクもあるため、適切な対処が非常に重要です。
この記事では、胃腸炎の様々な側面について、その症状から原因、診断、治療、食事、回復期間、そして予防法まで詳しく解説していきます。
つらい胃腸炎を乗り越えるための知識を身につけ、いざという時に落ち着いて対応できるようになりましょう。
胃腸炎は、胃や小腸、大腸といった消化管の炎症状態を指します。
この炎症は、主にウイルスや細菌、寄生虫などの病原体への感染、あるいは毒素によって引き起こされますが、薬剤やアレルギー反応が原因となることもあります。
感染性胃腸炎の場合、病原体が付着した食品を摂取したり、感染者との接触、またはウイルスが飛沫となって空気中に広がることなど、様々な経路で感染が拡大します。
特に冬場はノロウイルスやロタウイルスといったウイルス性胃腸炎が流行しやすく、集団感染を引き起こすことも少なくありません。
一方、夏場は細菌性胃腸炎が多く発生する傾向にあります。
原因によって症状の現れ方や重症度が異なるため、適切な診断と治療が必要です。
胃腸炎の主な症状
胃腸炎の症状は原因となる病原体や個人の免疫状態によって異なりますが、一般的に消化器系の不調が中心となります。
代表的な症状には、吐き気や嘔吐、下痢、腹痛、発熱などがあります。
これらの症状は急激に現れることが多く、非常に不快感を伴います。
胃腸炎でみられる具体的な症状
胃腸炎にかかると、次のような具体的な症状がみられることがあります。
- 吐き気・嘔吐: 胃の炎症により、食べたものや胃液を吐き出してしまいます。
特に発症初期に強く現れることが多い症状です。
嘔吐を繰り返すと脱水が進みやすいため注意が必要です。 - 下痢: 腸の炎症により、便の水分量が増加し、回数も頻繁になります。
水様便になることが多く、脱水や電解質異常の原因となります。
細菌性の場合、血便がみられることもあります。 - 腹痛: 炎症を起こした腸が刺激されることで腹痛を感じます。
差し込むような痛みや、持続的な鈍痛など、痛みの性質は様々です。 - 発熱: 体が病原体と戦うために免疫反応として熱が出ることがあります。
ウイルス性では比較的軽度の発熱が多い傾向がありますが、細菌性では高熱が出ることもあります。 - 倦怠感: 体力の消耗や炎症反応により、体がだるく感じることがあります。
- 頭痛・筋肉痛: 全身症状として、頭痛や筋肉痛を伴うことがあります。
- 食欲不振: 吐き気や腹痛、全身の倦怠感から食欲がなくなります。
これらの症状の組み合わせや程度は、原因や年齢などによって大きく変わります。
ウイルス性と細菌性での症状の違い
胃腸炎の主な原因であるウイルスと細菌では、症状の現れ方に特徴的な違いが見られることがあります。
症状 | ウイルス性胃腸炎の傾向 | 細菌性胃腸炎の傾向 |
---|---|---|
発症 | 比較的急激に発症することが多い。 | 食品摂取後、やや遅れて発症することが多い(数時間~数日)。 |
嘔吐 | 発症初期に強く、頻繁にみられることが多い。 | ウイルス性ほど顕著でない場合もあるが、毒素型の場合は強い嘔吐を伴うことがある。 |
下痢 | 水様便が中心で、嘔吐が落ち着いた後に続くことが多い。 便に血液や粘液が混じることは少ない。 |
粘液や血液が混じる血便を伴うことがある。 腹痛も比較的強い傾向がある。 |
発熱 | 比較的軽度(微熱〜38℃台)であることが多い。 | 比較的高熱(38℃台後半〜40℃近く)が出やすい。 |
腹痛 | 腹部全体の漠然とした痛みが多い。 | 比較的強い痛み、特に下腹部の痛みを訴えることが多い。 |
その他の症状 | 筋肉痛や関節痛、頭痛などを伴うことがある。 | 全身倦怠感や悪寒などを伴うことがある。 |
感染経路 | 人から人への接触感染、飛沫感染、汚染された食品や水。 主に冬場に流行。 |
汚染された食品や水。 主に夏場に流行。 |
主な病原体 | ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルスなど。 | サルモネラ菌、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌(O157など)、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌など。 |
ただし、これらの違いはあくまで傾向であり、個々の症状は多様です。
症状だけではウイルス性と細菌性を確定することは難しいため、診断には医師の判断が必要です。
特に血便や高熱、脱水症状が強い場合は、細菌性の可能性も考慮し、速やかに医療機関を受診することが推奨されます。
胃腸炎の原因
胃腸炎は様々な原因によって引き起こされますが、その大半は感染性によるものです。
ここでは主な原因について詳しく見ていきます。
ウイルス性胃腸炎の原因(ノロウイルス、ロタウイルスなど)
ウイルス性胃腸炎は、特に冬季に多く発生し、感染力が非常に強いのが特徴です。
少量のウイルスでも感染が成立することがあります。
- ノロウイルス: 胃腸炎の最も一般的な原因の一つで、年間を通して発生しますが、特に11月頃から3月にかけて流行します。
主な症状は吐き気、嘔吐、下痢、腹痛で、発熱は軽度か、ない場合もあります。
感染経路は主に経口感染で、汚染された二枚貝を生で食べたり、感染者の嘔吐物や便を処理する際に飛び散ったウイルスを吸い込んだり、汚染された調理器具やドアノブなどを触った手を介して口から入ることで感染します。
非常に感染力が強く、家庭内や集団生活の場での二次感染が起こりやすいウイルスです。
アルコール消毒は効きにくく、次亜塩素酸ナトリウムを含む消毒薬が有効です。 - ロタウイルス: 乳幼児期にかかりやすい胃腸炎の原因ウイルスです。
生後数ヶ月から2歳頃に多く発症し、特に冬から春にかけて流行します。
症状は激しい嘔吐と水様性の下痢が特徴で、発熱を伴うことも多いです。
脱水を起こしやすく、注意が必要です。
感染後、長期間にわたって便中にウイルスが排出されるため、感染が広がりやすいです。
ワクチンの接種により重症化を予防できます。 - アデノウイルス: 年間を通して感染がみられますが、夏にやや多くなる傾向があります。
胃腸炎のほか、風邪や結膜炎の原因にもなります。
胃腸炎の場合、下痢や腹痛が主な症状で、嘔吐は少ない傾向があります。
回復まで比較的時間がかかることがあります。 - サポウイルス、アストロウイルスなど: これらもウイルス性胃腸炎の原因となりますが、ノロウイルスやロタウイルスに比べて発生頻度は少ないとされています。
細菌性胃腸炎の原因(サルモネラ菌、カンピロバクターなど)
細菌性胃腸炎は、細菌が付着した食品や水を摂取することで起こる、いわゆる食中毒の原因となることが多いです。
夏季に多く発生する傾向があります。
- サルモネラ菌: 鶏卵や食肉、特に不十分な加熱処理の食品が原因となることが多いです。
症状は発熱、腹痛、下痢(粘液や血液が混じることがある)が中心で、比較的重症化しやすい細菌です。
ペット(特に爬虫類)からも感染することがあります。 - カンピロバクター: 鶏肉などの食肉、特に生焼けや加熱不足のものが主な感染源です。
日本で最も多い細菌性胃腸炎の原因菌とされています。
症状は下痢、腹痛、発熱、倦怠感などです。
潜伏期間が比較的長い(2~5日)のが特徴です。
稀に、感染後にギラン・バレー症候群という神経の病気を引き起こすことがあります。 - 腸管出血性大腸菌(O157など): 牛の糞便や、それによって汚染された食品(生肉、生野菜など)、水などから感染します。
少量の菌でも感染し、激しい腹痛と出血を伴う下痢(血便)が特徴です。
溶血性尿毒症症候群(HUS)という重篤な合併症を引き起こすことがあり、特に子供や高齢者では注意が必要です。 - 腸炎ビブリオ: 海水中に生息しており、主に生や加熱不足の魚介類を食べることで感染します。
夏季に多く発生し、激しい腹痛や下痢、嘔吐が急速に現れるのが特徴です。 - 黄色ブドウ球菌: 食品中で増殖する際にエンテロトキシンという毒素を産生し、これを摂取することで発症します。
菌自体ではなく毒素によるものなので、加熱しても毒素は分解されず発症します。
症状は吐き気、嘔吐、腹痛が中心で、発熱はあまりみられません。
食べてから比較的短い時間(1~5時間)で発症するのが特徴です。
胃腸炎のその他の原因
感染性の胃腸炎以外にも、以下のような原因で胃腸炎様の症状が現れることがあります。
- 寄生虫: クリプトスポリジウムやジアルジアなどの寄生虫が、汚染された水や食品を介して感染し、下痢などを引き起こすことがあります。
- 薬剤: 抗生物質などの薬剤の副作用として、腸内細菌のバランスが崩れて下痢などを引き起こすことがあります(薬剤性腸炎)。
- アレルギー: 特定の食品に対するアレルギー反応として、吐き気、嘔吐、下痢などの消化器症状が現れることがあります。
- 化学物質や毒物: 有毒な化学物質や毒キノコなどを誤って摂取した場合に、激しい胃腸炎症状を起こすことがあります。
- 炎症性腸疾患: クローン病や潰瘍性大腸炎などの慢性的な腸の炎症性疾患によって、下痢や腹痛が続くことがあります。
胃腸炎の症状が出た場合、自己判断せず、原因を特定するためにも医療機関を受診することが重要です。
胃腸炎の診断方法
胃腸炎の診断は、主に問診と身体診察によって行われます。
医師はまず、患者さんの症状(いつから、どのような症状か、頻度、程度など)、食事内容(特に発症前の数日間)、周囲の感染状況(家族や職場で同じような症状の人がいるか)、海外渡航歴などを詳しく尋ねます。
次に、お腹の状態を触診して、痛みの部位や程度、お腹の張りなどを確認します。
発熱がある場合は体温を測定します。
これらの情報から、胃腸炎の可能性が高いと判断された場合、原因を特定するために便の検査を行うことがあります。
- 便検査:
ウイルス検査: ノロウイルスやロタウイルスなど特定のウイルスを検出するための迅速診断キットや、より詳細なPCR検査などがあります。
特に集団感染が発生した場合などに原因特定のために行われることがあります。
細菌検査: 便を培養して、サルモネラ菌やカンピロバクター、腸管出血性大腸菌などの細菌がいるかどうかを調べます。
原因菌が特定できれば、適切な抗菌薬の選択につながります。
細菌性胃腸炎が疑われる場合や、症状が重い・長引く場合に実施されます。
ただし、軽症の場合やウイルス性胃腸炎が強く疑われる場合は、特に検査を行わず、問診と身体診察のみで診断し、対症療法を行うことも少なくありません。
これは、ウイルス性胃腸炎の多くは自然に回復する病気であり、検査結果が出るまでに時間がかかることや、検査費用などを考慮するためです。
また、脱水の程度を評価するために血液検査を行うこともあります。
特に症状が重い場合や、経口での水分摂取が難しい場合などに、電解質のバランスや腎機能などを確認します。
診断の目的は、単に胃腸炎であると判断することだけでなく、原因を特定し、適切な治療法を選択すること、そして重篤な病気(虫垂炎や腸閉塞など)との鑑別を行うことにあります。
自己判断で市販薬を使用する前に、まずは医師の診察を受けることをお勧めします。
胃腸炎の治療と対処法
胃腸炎の治療の中心は、失われた水分と電解質の補給、そして安静にすることです。
原因によっては薬物療法が行われることもありますが、多くの場合、自然に回復するのを待つことになります。
治療の基本方針(水分補給と安静)
胃腸炎の症状、特に嘔吐や下痢が続くと、体から大量の水分と電解質(ナトリウム、カリウムなど)が失われ、脱水症状を引き起こす危険があります。
脱水はめまい、倦怠感、尿量の減少、さらには意識障害など重篤な状態につながる可能性もあるため、最も重要な対処法は水分補給です。
水だけを大量に飲むと、体液の電解質バランスが崩れる可能性があるため、糖分と電解質がバランス良く含まれた経口補水液を少量ずつ頻繁に飲むのが最も効果的です。
飲むスピードが速すぎると再び吐いてしまうことがあるため、スプーンで一口ずつ、あるいはストローを使ってゆっくりと飲むようにしましょう。
そして、体力の消耗を防ぎ、回復を早めるためには安静にすることが不可欠です。
無理に動かず、十分に休息をとるようにしましょう。
学校や仕事は、症状が落ち着いてから無理のない範囲で再開するようにします。
特にウイルス性胃腸炎の場合、症状が改善しても数日間はウイルスが排出される可能性があるため、感染拡大を防ぐためにも症状が完全に消失するまでは自宅で療養することが望ましいとされています。
胃腸炎の薬物療法
胃腸炎に対する薬物療法は、主に症状を和らげるために行われます。
原因ウイルスや細菌を直接攻撃する薬は、一部の細菌性胃腸炎を除いてはあまり使用されません。
- 整腸剤: 腸内環境を整える目的で乳酸菌などの整腸剤が処方されることがあります。
腸の働きを正常に戻すのを助け、下痢の回復を促す効果が期待されます。 - 制吐剤: 吐き気や嘔吐がひどい場合に、吐き気を抑える薬が処方されることがあります。
ただし、安易な使用は原因物質の排出を妨げる可能性もあるため、医師の判断で使用されます。 - 下痢止め: 下痢がひどい場合に下痢止め薬を使用することがありますが、これは慎重に行う必要があります。
特に細菌性胃腸炎の場合、下痢によって病原菌や毒素を体外に排出しようとしているため、無理に下痢を止めると回復が遅れたり、症状が悪化したりする可能性があります。
医師が原因や症状の程度を判断した上で必要とみなした場合にのみ使用されます。 - 抗菌薬: 細菌性胃腸炎の場合で、原因菌が特定されたり、症状が重い場合などには、医師の判断で抗菌薬が処方されることがあります。
ただし、ウイルス性胃腸炎に抗菌薬は効果がありません。 - 解熱鎮痛剤: 発熱や腹痛がつらい場合に、症状を和らげる目的で使用されることがあります。
ただし、種類によっては胃腸への負担をかけるものもあるため、医師や薬剤師に相談して適切なものを選びましょう。
薬物療法はあくまで対症療法であり、胃腸炎そのものを治すのは自身の免疫力によるものです。
薬に頼りすぎず、基本である水分補給と安静をしっかり行うことが大切です。
胃腸炎時の適切な食事の選び方
胃腸炎にかかっている間は、胃腸が非常にデリケートな状態になっています。
消化に負担のかかる食事は避け、回復を妨げないような食事を選ぶことが重要です。
症状が強い嘔吐や下痢がある間は、無理に食事をとる必要はありません。
水分補給を最優先しましょう。
症状が少し落ち着いてきたら、徐々に食事を再開していきます。
胃腸炎時に食べて良いもの
胃腸炎の回復期には、消化が良く、胃腸への負担が少ないものから始めましょう。
- おかゆ、うどん: 柔らかく煮てあり、消化に良い炭水化物です。
味付けは薄めにするか、何も加えない素うどんが良いでしょう。 - すりおろしりんご: ビタミンや水分補給になります。
繊維が柔らかく消化しやすいです。 - バナナ: 消化が良く、カリウムなどの電解質も含まれています。
エネルギー補給にもなります。 - 食パン(白い部分)、クラッカー: 油分が少なく、胃に優しい炭水化物です。
バターやジャムは少量にするか避けた方が良いでしょう。 - 白身魚、鶏のささみ(脂身なし): 脂質の少ない、消化の良いタンパク質です。
蒸したり茹でたりして、味付けは薄めにします。 - 豆腐: 消化の良いタンパク質です。
湯豆腐など、温かくして食べましょう。 - 野菜スープ、味噌汁の上澄み: 失われた水分や電解質を補給できます。
固形物は避けて、上澄みや具なしのスープが良いでしょう。 - ゼリー: 水分や糖分を補給できます。
柔らかく、喉越しが良いので食べやすいです。 - 経口補水液: 最も重要な水分・電解質補給源です。
スポーツドリンクよりも電解質濃度が高く、脱水予防に適しています。
食事を再開する際は、少量から始め、回数を分けて食べるようにしましょう。
ゆっくりとよく噛んで食べ、胃腸への負担を最小限に抑えることが大切です。
胃腸炎時に避けるべきもの
胃腸炎の症状がある間や回復期には、以下のような胃腸に負担をかける食品は避けるようにしましょう。
- 脂っこいもの: 天ぷら、フライ、唐揚げ、ラーメンなど、脂肪分の多い食事は消化に時間がかかり、胃腸に大きな負担をかけます。
- 辛いもの、香辛料: 唐辛子、こしょう、カレーなどの刺激物は胃腸の粘膜を刺激し、炎症を悪化させる可能性があります。
- 酸っぱいもの: 柑橘類や酢の物など、酸味の強いものは胃酸の分泌を促し、胃を刺激することがあります。
- 繊維の多いもの: ゴボウ、キノコ、海藻類など、不溶性食物繊維が多い食品は消化が悪く、腸を刺激して下痢を悪化させる可能性があります。
- 生もの: 刺身、生卵、生野菜など、加熱されていない食品は細菌やウイルスが付着しているリスクがあり、避けた方が無難です。
- 冷たいもの: アイスクリーム、かき氷、キンキンに冷えた飲み物など、冷たいものは胃腸を冷やし、動きを悪くすることがあります。
常温か温かいものが良いでしょう。 - アルコール、炭酸飲料、カフェイン: これらは胃腸を刺激したり、利尿作用があったりするため、回復を妨げる可能性があります。
- 乳製品(一部): 牛乳などの乳製品は、消化酵素の働きが悪くなっている場合に下痢を悪化させることがあります。
ただし、ヨーグルトなど発酵乳製品で特定の菌が含まれるものは良い場合もあります。
個人差が大きいので、様子を見ながら摂取しましょう。 - 甘すぎるもの: 大量の砂糖を含むお菓子やジュースは、腸の水分バランスを崩し、下痢を悪化させることがあります。
症状が完全に回復するまでは、これらの食品を避け、胃腸に優しい食事を続けることが大切です。
回復してきたら、徐々に通常の食事に戻していきましょう。
胃腸炎時の水分補給の重要性
胃腸炎による嘔吐や下痢は、体から大量の水分と電解質を奪います。
特に乳幼児や高齢者では脱水が進みやすく、命に関わる事態に発展することもあるため、水分補給は胃腸炎の治療において最も重要な要素の一つです。
なぜ水分補給が重要なのか?
- 脱水予防: 体内の水分が不足すると、全身の機能が低下します。
口の渇き、尿量の減少、皮膚の弾力低下、めまい、頭痛などの症状が現れ、重症化すると意識障害などを引き起こします。 - 電解質バランスの維持: 嘔吐や下痢で水分と一緒にナトリウム、カリウムなどの電解質も失われます。
電解質のバランスが崩れると、筋肉のけいれんや不整脈など様々な不調が生じます。 - 回復の促進: 十分な水分と電解質があることで、体の代謝機能が正常に働き、回復を助けます。
どのような水分を摂るべきか?
水だけでは失われた電解質を補給できません。
また、体液の電解質濃度が薄まり、かえって体調を崩す(水中毒)リスクもゼロではありません。
そのため、糖分と電解質が適切なバランスで含まれた飲み物が推奨されます。
- 経口補水液(ORS): 胃腸炎による脱水補給のために開発された飲料で、最も効果的です。
市販されており、ドラッグストアなどで購入できます。
自宅で作ることも可能ですが、正確な濃度で作らないと効果が薄れたり、かえって体調を崩したりする可能性があるため、市販のものを使用するのが無難です。 - スポーツドリンク: 経口補水液ほどではありませんが、糖分と電解質が含まれています。
ただし、糖分濃度が高すぎるものもあるため、薄めて飲むのが良い場合があります。
特に乳幼児には糖分が多すぎる場合があるので注意が必要です。 - 薄めのお茶: カフェインの少ないほうじ茶や麦茶などは、水分補給に適しています。
ただし、電解質はあまり含まれていません。 - 野菜スープや味噌汁の上澄み: 塩分が含まれており、電解質の一部を補えます。
水分補給のポイント
- 少量ずつ頻繁に: 一度に大量に飲むと、胃が刺激されて再び吐いてしまう可能性があります。
スプーンやストローを使って、一口ずつ、5~10分おきなど頻繁に与えるようにしましょう。 - 冷たすぎないものを: 冷たい飲み物は胃腸を刺激することがあります。
常温か、少し温かいものが良いでしょう。 - 無理に飲ませない: 嘔吐が激しい時は、無理に飲ませても吐いてしまうだけです。
嘔吐が少し落ち着いてから水分補給を試みましょう。
ただし、全く水分が摂れない状態が続く場合は、医療機関を受診し、点滴による水分補給が必要になることがあります。 - 尿量を確認: 水分が足りているかどうかの目安として、尿の量や色を観察しましょう。
普段より尿量が減った、色が濃くなった場合は脱水が進んでいるサインかもしれません。
特に子供の場合、自分で脱水を訴えることが難しいため、保護者が注意深く観察し、こまめな水分補給を促すことが重要です。
胃腸炎の回復期間と休息
胃腸炎の回復期間は、原因となる病原体や症状の重症度、個人の免疫力などによって異なります。
一般的には、症状が出始めてから数日から1週間程度で回復することが多いです。
- ウイルス性胃腸炎(ノロウイルスなど): 症状のピークは比較的短く、通常24~48時間程度で嘔吐や下痢の激しい症状は落ち着いてくることが多いです。
その後、数日間は下痢や倦怠感が続くことがあります。
完全に回復するまでには1週間程度かかる場合もあります。 - ロタウイルス性胃腸炎: 乳幼児の場合、嘔吐が1~2日、下痢が1週間程度続くことがあり、比較的長引く傾向があります。
- 細菌性胃腸炎: 原因菌の種類や重症度によりますが、数日から1週間以上かかることもあります。
特にサルモネラ菌やカンピロバクター、腸管出血性大腸菌の場合は症状が重く、回復まで時間がかかることがあります。
回復を早めるためには、十分な休息をとることが非常に大切です。
- 無理をしない: 症状がある間は、学校や仕事、激しい運動などは避け、自宅で安静に過ごしましょう。
体力を消耗すると、回復が遅れてしまいます。 - 睡眠をとる: 睡眠は体の回復力を高めます。
十分に睡眠時間を確保しましょう。 - 焦らない: 症状が少し落ち着いても、完全に回復するまでは無理をしないようにしましょう。
特に食事は、焦って元の量や内容に戻すと、再び症状が悪化することがあります。
消化の良いものから段階的に戻していくことが大切です。 - 周囲への配慮: 特に感染性胃腸炎の場合、症状が落ち着いてからも数日間は便中にウイルスや細菌が排出される可能性があります。
回復後も、手洗いを徹底するなどして、周囲の人への感染拡大を防ぐようにしましょう。
学校や職場への復帰時期については、感染症法や学校保健安全法、職場の規定などを確認し、周囲への感染リスクに配慮した上で判断する必要があります。
症状が長引く場合や、一度改善したのに再び悪化した場合、他の症状(高熱、血便、強い腹痛、脱水症状の悪化など)が現れた場合は、速やかに医療機関を再受診しましょう。
胃腸炎の予防策
胃腸炎、特に感染性のものは、いくつかの基本的な対策を講じることで予防できます。
最も効果的なのは、病原体を体内に入れないこと、そして感染を広げないことです。
胃腸炎予防のための手洗い・うがい
感染性胃腸炎の予防において、最も重要で効果的な対策は正しい手洗いです。
多くの病原体は、汚染された物や人を触った手を介して口から体内に入ります。
- 手洗いが必要なタイミング:
- 食事の前
- 調理の前
- トイレの後
- 外出から帰宅した後
- 咳やくしゃみ、鼻をかんだ後
- 汚れた可能性のあるものを触った後
- 胃腸炎の患者さんのケアをした後
- 正しい手洗いの方法:
- 石鹸をつけ、手のひらをよくこすります。
- 手の甲を伸ばすようにこすります。
- 指先、爪の間を念入りにこすります。
- 指の間を洗います。
- 親指と手のひらをねじり洗いします。
- 手首を洗います。
- 流水で十分に石鹸を洗い流します。
- 清潔なタオルやペーパータオルで水分を拭き取ります。
石鹸を使った手洗いは、ウイルスや細菌の多くを物理的に洗い流す効果があります。
アルコール消毒も有効ですが、ノロウイルスなどの一部のウイルスには効果が期待できないため、石鹸と流水による手洗いが基本となります。
うがいは、ウイルスが喉や口の中に付着するのを洗い流す効果が期待できますが、胃腸炎の原因となる病原体は口から入って胃腸で増殖することが多いため、手洗いほど直接的な予防効果は大きくないかもしれません。
しかし、風邪などの他の感染症予防にもつながるため、習慣づけることは推奨されます。
食品の衛生管理と予防
細菌性胃腸炎(食中毒)の予防には、食品の適切な管理が不可欠です。
- 食品の購入: 生鮮食品は新鮮なものを選び、購入後は寄り道をせず、持ち帰り時間を短くするよう工夫しましょう。
冷蔵や冷凍が必要なものは、保冷バッグなどを利用します。 - 保存: 食品の種類に応じて適切に冷蔵または冷凍保存します。
冷蔵庫に入れすぎると冷気の循環が悪くなり、食品が傷みやすくなるため注意が必要です。
生肉や生魚は、他の食品に菌が付着しないように、密閉容器に入れたり分けて保存したりしましょう。 - 調理:
- 加熱: 多くの細菌やウイルスは加熱によって死滅します。
特に肉や魚、卵などは、中心部まで十分に火が通るように加熱することが重要です。
O157などの腸管出血性大腸菌は75℃で1分以上の加熱が有効とされています。 - 洗浄: 野菜や果物なども、流水で丁寧に洗いましょう。
調理に使う器具(包丁、まな板など)は、生肉や生魚を切った後に、他の食材を切る前に洗剤でよく洗い、熱湯消毒するなど衛生的に保ちましょう。 - 二次汚染の防止: 調理中に、生の食材を触った手で他の食品や調理済みの食品に触れないようにしましょう。
調理器具も同様です。
- 加熱: 多くの細菌やウイルスは加熱によって死滅します。
- 食事: 調理した食品は、できるだけ早く食べましょう。
常温で長時間放置すると、細菌が増殖する危険があります。
残った食品は、清潔な容器に入れて速やかに冷蔵・冷凍し、食べる前には十分に再加熱しましょう。
特に夏場は食品が傷みやすいため、これらの点に十分注意が必要です。
また、ウイルス性胃腸炎の場合、感染者の嘔吐物や便の処理には細心の注意が必要です。
処理する際は使い捨ての手袋やマスク、エプロンなどを着用し、換気を十分に行いながら行います。
処理後は、汚染された場所や衣類などを、ノロウイルスに有効な次亜塩素酸ナトリウムを含む消毒薬で適切に消毒することが重要です。
医療機関を受診する目安
胃腸炎の症状の多くは、自宅での安静と水分補給で数日のうちに改善しますが、中には医療機関での診察や治療が必要な場合もあります。
以下のような症状がみられる場合は、速やかに医療機関を受診しましょう。
- 水分が全く摂れない、飲んでもすぐに吐いてしまう: 脱水が進む危険性が非常に高い状態です。
点滴による水分補給が必要になることがあります。 - 尿がほとんど出ない、または全く出ない: 明らかな脱水症状のサインです。
- ぐったりしている、顔色が悪い、意識がはっきりしない: 重度の脱水や体力の消耗が考えられます。
- 激しい腹痛が持続する、または悪化する: 胃腸炎以外の病気(虫垂炎、腸閉塞など)の可能性も考慮する必要があります。
- 便に血液が混じる(血便): 細菌性胃腸炎やその他の消化器疾患の可能性があります。
- 高熱(38.5℃以上など)が続く: 細菌性胃腸炎など、原因を特定し治療が必要な場合があります。
- 症状が数日経っても改善しない、または悪化する: ウイルス性胃腸炎にしては長引いている場合や、他の原因が考えられる場合があります。
- 持病がある方(糖尿病、心臓病、腎臓病など)や高齢者: 脱水や電解質異常が、持病を悪化させるリスクが高いため、早めに受診しましょう。
- 乳幼児: 脱水が急速に進みやすく、重症化するリスクが高いため、嘔吐や下痢がある場合は早めに受診を検討しましょう。
特に、泣いても涙が出ない、唇が乾燥している、皮膚の張りがないなどのサインに注意が必要です。 - 妊婦: 妊娠中は体の状態がデリケートなため、胃腸炎にかかった場合は医師に相談しましょう。
これらの目安に当てはまらなくても、「いつもと様子が違う」「心配だ」と感じたら、迷わず医療機関を受診してください。
早期の診断と適切な治療が、重症化を防ぎ、回復を早めることにつながります。
免責事項: 本記事は胃腸炎に関する一般的な情報を提供するものであり、医療的なアドバイスや診断に代わるものではありません。
個々の症状や状況については、必ず医療機関を受診し、医師の診断と指導を受けてください。
自己判断での治療や服薬は、病状を悪化させる可能性があります。