一度中絶すると、その後の妊娠に影響があるのではないかと不安に感じる方は少なくありません。特に、「一度中絶すると不妊になる」「中絶を繰り返すと妊娠できなくなる」といった話を聞いて、心配している方もいるかもしれません。
中絶手術は、女性の体にとって少なからず負担のかかる医療行為です。しかし、最新の医療技術の下で適切に行われた場合、その後の妊娠に直接的な悪影響を与えることは稀です。中絶は、女性のヘルスケアの重要な一部であるとも考えられています(出典:ACOG)。重要なのは、手術そのもののリスクだけでなく、術後の体の回復や感染予防など、適切なアフターケアを行うことです。
この記事では、「一度中絶すると不妊になるのか?」という多くの女性が抱える疑問に対し、専門医の知見に基づき、中絶経験が妊娠に与える実際の影響や、術後の体の変化、注意点、そして精神的な側面について詳しく解説します。今後の妊娠や避妊について正しい情報を得ることで、不安を解消し、前向きに将来を考える一助となれば幸いです。
「一度中絶すると不妊になる」は本当?妊娠への影響
結論から言うと、「一度中絶すると必ず不妊になる」ということはありません。医学的な根拠に基づけば、適切に行われた中絶手術が、その後の不妊の直接的な原因となるケースは稀です。しかし、全くリスクがないわけではなく、いくつかの注意すべき点があります。
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中絶手術が直接的な不妊の原因になることは稀
現在、日本で行われている人工妊娠中絶手術は、妊娠週数によって主に2つの方法があります。
- 初期中絶(妊娠12週未満):
吸引法(掃除機のような器具で内容物を吸い出す方法)や、掻爬法(金属製の器具で子宮内膜の内容物を掻き出す方法)が用いられます。最近では、吸引法が主流になりつつあり、子宮内膜への負担が比較的少ないとされています。 - 中期中絶(妊娠12週以降22週未満):
人為的に陣痛を起こして分娩する方法が一般的です。
いずれの方法も、医師の技術と経験、そして適切な術後管理によって、子宮や卵巣といった妊娠に必要な臓器に回復不能なダメージを与える可能性は低くなっています。特に初期中絶の吸引法は、子宮内膜への物理的な刺激を抑えられるため、将来的な影響を最小限に抑えることが期待できます。
もちろん、どの医療行為にも合併症のリスクはゼロではありません。しかし、信頼できる医療機関で経験豊富な医師による手術を受け、指示された術後ケアをきちんと行うことで、これらのリスクは最小限に抑えられます。
中絶後に妊娠しにくいと言われる理由(関連リスク)
中絶手術自体が直接的な不妊の原因になることは稀ですが、中絶をきっかけに起こりうる合併症や、術後の不適切なケアによって、間接的にその後の妊娠に影響を与える可能性はあります。「中絶後に妊娠しにくくなった」と感じる方がいるとすれば、こうした関連リスクが背景にある可能性があります。
感染症による卵管閉塞のリスク
中絶手術後の最も注意すべき合併症の一つが、子宮内感染症です。手術によって子宮内に細菌が侵入しやすくなったり、術後の出血や悪露が細菌の温床となったりすることが原因です。術後に発熱や腹痛、おりものの異常などが続く場合は、感染症を起こしている可能性があります。
この感染症が子宮だけでなく、卵管にまで波及してしまうと、「卵管炎」を引き起こすことがあります。卵管は、卵巣から放出された卵子と、子宮から泳いできた精子が出会い、受精卵となって子宮へ移動する重要な通り道です。卵管炎が慢性化したり重症化したりすると、卵管が癒着したり詰まったり(卵管閉塞)してしまい、卵子と精子が出会えなくなるため、自然妊娠が難しくなることがあります。
性感染症(クラミジアなど)に感染している場合、中絶手術をきっかけに感染が骨盤内に広がり、卵管炎や骨盤腹膜炎といったより重い炎症を引き起こすリスクが高まります。手術前に性感染症の検査を受け、必要に応じて治療しておくことが、感染予防のために非常に重要です。術後の抗生剤処方も、感染予防のために行われます。
子宮内膜損傷(アッシャーマン症候群)のリスク
初期中絶における掻爬法や、流産手術などで、子宮内膜を過度に掻き出しすぎたり、器具によって子宮内膜が強く傷つけられたりした場合、術後に子宮内膜が十分に回復せず、癒着(子宮腔内癒着症、別名アッシャーマン症候群)を起こすことがあります。
子宮内膜は、受精卵が着床し、胎児が育つベッドとなる場所です。子宮内膜の癒着が広範囲に及ぶと、子宮腔の容積が小さくなったり、内膜が薄くなったりして、受精卵がうまく着床できなかったり、着床しても流産しやすくなったりすることがあります。これが不妊や不育症の原因となることがあります。アッシャーマン症候群の原因の多くは、流産や出産の後の処置、または人工妊娠中絶のような妊娠関連の処置に伴う掻爬術であると報告されています(参考:Wikipedia)。
アッシャーマン症候群は、経腟超音波検査や子宮卵管造影検査、子宮鏡検査などで診断されます。癒着の程度によっては、子宮鏡下で癒着を剥がす手術が行われることもありますが、完全に元の状態に戻すことは難しい場合もあります。特に、複数回の中絶や流産手術を経験している場合、子宮内膜損傷のリスクは累積的に高まる可能性があります。
中絶回数と不妊リスクの関係(3回中絶すると?)
「3回中絶すると妊娠できなくなる」といった話を聞いたことがあるかもしれませんが、これも「○回中絶したら必ず不妊になる」と断言できる医学的根拠はありません。しかし、中絶を繰り返すことによって、前述した感染症や子宮内膜損傷といった合併症を起こすリスクは、一度だけの場合と比べて累積的に高まる可能性があります。
繰り返し中絶手術を行うことで、子宮頸管が緩みやすくなり、将来的に流産や早産の原因となる可能性も指摘されています。また、何度も手術を受けること自体が、子宮への物理的な負担を増加させる要因となり得ます。
例えば、一度目の手術でごく軽い感染症を起こし、それが軽快したとしても、二度目、三度目と手術を受けることで、再び感染する機会が増えたり、一度目の炎症が完全に治りきらないうちに次の手術を受けたりすることで、炎症が慢性化したり、卵管などへ波及しやすくなる可能性も考えられます。
子宮内膜損傷についても同様です。一度の手術での損傷が軽微であったとしても、繰り返しの手術によって子宮内膜が傷つく機会が増えれば、癒着が起こるリスクは累積的に高まります。特に、過去の手術で既に子宮内膜が薄くなっていたり、癒着が始まっていたりする場合、次の手術で症状が悪化する可能性も否定できません。特に、アッシャーマン症候群のリスクについては、3回以上の人工妊娠中絶経験がある場合にリスクが4.6倍に増加したという研究報告もあります(出典:PubMed)。
ただし、重要なのは「回数そのもの」だけでなく、「個々の手術がどれだけ適切に行われたか」「術後のケアがどうだったか」「その人の体の状態(感染症の有無、回復力など)はどうだったか」といった、より多くの要因が複雑に関係しているという点です。
中絶を経験すること自体が、女性の心身に大きな負担をかける出来事です。不必要な中絶を繰り返さないためには、確実な避妊を行うことが最も重要です。そして、もし中絶を選択せざるを得なかった場合は、信頼できる医療機関で適切な手術を受け、術後のケアを丁寧に行うことで、将来の妊娠への影響を最小限に抑える努力をすることが大切です。
中絶後の体の変化と注意点
中絶手術後は、妊娠によって変化していた体が元の状態に戻ろうとします。この期間にはいくつかの注意点があり、体の回復を促し、将来の妊娠への影響を避けるために適切なケアが必要です。
中絶後の生理再開と妊娠しやすい時期
中絶手術によって妊娠が終了すると、女性ホルモンのバランスが変化し、通常は術後4週間から8週間程度で次の生理が再開します。個人差はありますが、術後3ヶ月以内に生理が再開すれば、体の回復は順調であると考えられます。生理が再開するということは、卵巣機能が回復し、再び排卵が起こり始めることを意味します。
排卵が再開すれば、当然ながら再び妊娠する可能性があります。中絶手術から次の生理が来るまでの間であっても、排卵が起こる可能性はゼロではありません。特に、術後すぐに性交渉を再開する場合、避妊をしないとすぐに妊娠してしまうリスクがあります。
「中絶後は妊娠しにくい」という誤解から、避妊を怠ってしまうケースも見られますが、実際には体が回復すればすぐに妊娠可能な状態に戻ります。術後、心身ともに回復し、次の妊娠を望むようになるまで、あるいは明確に子どもを持たない選択をするのであれば、適切な避妊を継続することが極めて重要です。
生理再開が遅れる場合や、再開しても経血量が異常に少なかったり、腹痛が強かったりする場合は、子宮内膜の回復が不十分であったり、子宮腔内癒着症などの合併症が起こっている可能性も考えられます。このような場合は、必ず医療機関を受診して相談しましょう。
中絶後の適切な避妊方法
中絶は計画外の妊娠によるものであることがほとんどです。そのため、中絶を経験した後は、今後の避妊について真剣に考える良い機会です。将来の妊娠を望むにしても、望まないにしても、ご自身のライフスタイルやパートナーとの関係に合わせて、確実な避妊方法を選択することが大切です。
中絶後すぐに開始できる避妊方法としては、低用量ピルがあります。多くの場合、手術後最初の生理が来るのを待たずに、医師の指導のもとで服用を開始できます。低用量ピルは正しく服用すれば非常に高い避妊効果が得られるだけでなく、生理周期が安定したり、生理痛が軽減されたりといった副効用も期待できます。
その他にも、子宮内に器具を挿入するIUD(銅付加子宮内避妊具)やIUS(黄体ホルモン放出子宮内システム)といった長期的な避妊方法もあります。これらは一度装着すれば数年間効果が持続するため、毎日避妊について気にする必要がないというメリットがあります。ただし、挿入には医療機関を受診する必要があります。
コンドームは手軽に利用できる避妊方法ですが、正しく使用しても避妊成功率は他の方法に比べてやや劣ります。より確実な避妊を望む場合は、低用量ピルやIUD/IUSなど、他の方法と併用するか、これらの単独使用を検討するのが良いでしょう。
どのような避妊方法が自分に合っているか、将来的な妊娠計画なども踏まえて、産婦人科医としっかり話し合うことをお勧めします。医師はそれぞれの避妊方法のメリット・デメリット、費用、使いやすさなどを詳しく説明し、最適な選択肢を見つける手助けをしてくれます。術後の適切なケアや避妊に関する研究では、効果的な避妊の使用率向上や再中絶率の低下、フォローアップ受診率の増加、患者満足度の向上といった効果が示されています(参考:PLOS ONE)。
避妊方法 | 特徴 | メリット | デメリット |
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低用量ピル | 毎日決まった時間に服用するホルモン剤。 | 避妊成功率が高い。生理周期の安定、生理痛・PMSの軽減など副効用がある。 | 毎日服用する必要がある。血栓症などの副作用リスク(稀)。医師の処方が必要。 |
IUD(銅付加) | 子宮内に挿入する小さな器具。銅イオンが受精・着床を妨げる。 | 一度装着すれば数年効果が持続(3〜5年)。ホルモン剤ではない。 | 挿入・抜去に医療機関の受診が必要。生理痛・出血量が増える場合がある。 |
IUS(ホルモン付加) | 子宮内に挿入する小さな器具。黄体ホルモンを放出し、子宮内膜を変化させ、排卵を抑制する。 | 一度装着すれば数年効果が持続(5年)。生理痛・出血量が軽減される場合がある。 | 挿入・抜去に医療機関の受診が必要。不正出血が続く場合がある。副作用(稀)。 |
コンドーム | 性交時に男性または女性が装着する物理的なバリア。 | 手軽に入手・使用できる。性感染症の予防効果もある。 | 正しく使わないと避妊効果が下がる。性交の度に装着が必要。破れるリスク。 |
(※上記は一般的な情報であり、個々の状況によって最適な方法は異なります。必ず医師にご相談ください。)
中絶経験に関するその他の疑問
中絶経験は、体のことだけでなく、心や人間関係にも影響を及ぼすことがあります。ここでは、多くの人が抱えるであろう、中絶経験に関するその他の疑問についてお答えします。
中絶経験はパートナーにバレる?中絶跡の有無
「中絶したことが、将来結婚する相手や新しいパートナーにバレるのではないか」と心配する方もいるかもしれません。結論から言うと、身体的な「中絶跡」のようなものが残ることは、通常ありません。
中絶手術は子宮内で行われるため、体の外見に傷跡が残ることはありません。子宮や卵巣といった内臓にも、適切に行われれば目に見える変化は残りません。
ただし、初期中絶で子宮頸管を広げる処置を行った場合、ごくわずかに子宮頸管の形状に変化が生じる可能性はゼロではありません。しかし、この変化は医師が内診を行ったとしても、それが過去の中絶によるものだと確実に特定できるほどのものではありません。ましてや、性交渉の際にパートナーが身体的な変化から中絶経験を察知することは、医学的に考えてあり得ません。
したがって、パートナーに中絶経験がバレるとすれば、それはあなたがご自身の言葉で伝えることを選択した場合のみです。いつ、どのように伝えるか、あるいは伝えないかといったことは、あなたとパートナーの関係性や、あなた自身の気持ちによって決めるべきデリケートな問題です。無理に話す必要はありませんし、話さない権利もあります。もし、話すことで心が軽くなると感じるのであれば、信頼できるパートナーに打ち明けることも選択肢の一つでしょう。
中絶後遺症候群とは?精神的な影響
中絶後遺症候群(Post-Abortion Syndrome: PAS)という言葉を聞いたことがあるかもしれません。これは医学的な正式名称ではありませんが、中絶を経験した後に多くの女性が経験しうる、精神的・心理的な様々な症状や感情の変化を総称する言葉として使われることがあります。
中絶は、本人にとって非常に大きな決断であり、心に深い傷を残す場合があります。手術自体が無事に終わっても、その後になって以下のような様々な感情や症状が現れることがあります。
- 罪悪感、後悔:「もっと違う選択ができたのではないか」「赤ちゃんに対して申し訳ない」といった感情。
- 悲しみ、喪失感: 妊娠を継続する選択肢もあったという思いからくる悲しみや、お腹の中にいた命を失ったことに対する喪失感。
- 抑うつ、不安: 気分が沈んだり、何事にも興味が持てなくなったり、漠然とした不安を感じたりする。
- イライラ、怒り: 自分自身や、パートナー、周囲の人に対して怒りを感じやすくなる。
- 不眠、食欲不振: ストレスや不安からくる体の不調。
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)に似た症状: 突然中絶した時のことを思い出してフラッシュバックしたり、悪夢を見たりする。
- 人間関係の変化: パートナーや家族との関係が悪化したり、親しい友人との距離を感じたりする。
これらの感情や症状は、中絶後すぐに現れることもあれば、数週間、数ヶ月、あるいは数年経ってから現れることもあります。症状の程度や持続期間は個人によって大きく異なり、全く症状が出ない人もいれば、日常生活に支障をきたすほど辛くなる人もいます。
これらの精神的な影響は、あなたが弱いからでも、間違った選択をしたからでもありません。非常に困難な状況を乗り越えた結果として生じうる、自然な心の反応の一つと考えられます。重要なのは、これらの感情を一人で抱え込まないことです。
信頼できる家族や友人、パートナーに気持ちを話してみることも有効です。また、専門的なサポートを求めることも非常に大切です。産婦人科によっては、手術後の心のケアに関する相談窓口を設けている場合もあります。他にも、心理カウンセラーや精神科医、地域の相談窓口(保健所など)など、専門家によるサポートを受けることで、気持ちの整理をつけたり、辛い感情に対処したりする方法を見つけることができます。
中絶経験は、あなたの人生の一部ですが、それが全てではありません。適切なケアとサポートを受けることで、心の回復を目指すことは十分に可能です。
中絶に関する不安や悩み、今後の妊娠について専門医に相談しましょう
この記事では、「一度中絶すると不妊になるのか?」という疑問を中心に、中絶経験がその後の妊娠に与える影響、体の変化、精神的な影響など、様々な側面から解説しました。
結論として、適切に行われた中絶手術が直接的に不妊の原因となることは稀です。しかし、感染症や子宮内膜損傷といった合併症のリスクは存在し、特に中絶を繰り返すことによってこれらのリスクは累積的に高まる可能性があります。術後の適切なケアと、確実な避妊を行うことが、将来の妊娠や体の健康を守るために非常に重要です。
また、中絶経験は心にも影響を与えることがあり、精神的なケアも同様に大切です。一人で抱え込まず、必要であれば周囲の人や専門家のサポートを求めることをためらわないでください。
中絶に関する不安や悩み、そして今後の妊娠計画や避妊方法について、疑問や心配な点がある場合は、自己判断せず、必ず産婦人科医などの専門医に相談することをお勧めします。医師はあなたの体の状態を正確に把握し、過去の既往歴や現在の状況を踏まえて、個別の状況に応じた的確なアドバイスを提供してくれます。
たとえば、「過去に中絶経験があるけれど、これから妊娠を希望している」「術後から生理不順が続いている」「避妊について詳しく知りたい」など、どんな些細なことでも構いません。専門家に相談することで、正確な情報を得られ、不要な不安を軽減し、安心して今後のライフプランを立てることができるでしょう。
中絶は難しい選択であったかもしれませんが、その経験から学び、前向きに今後の人生を歩んでいくために、正しい知識を持ち、適切なサポートを受けることが何よりも大切です。あなたの体と心の健康を守るために、ぜひ専門家の力を借りてください。
免責事項
本記事は、人工妊娠中絶経験がその後の妊娠に与える影響に関する一般的な情報を提供するものです。個々の体の状態、病歴、手術方法、術後経過などにより、影響は異なります。本記事の情報は、個別の診断や治療に代わるものではありません。具体的な症状や懸念がある場合は、必ず医療機関を受診し、医師の診断と指導を受けてください。本記事の情報に基づいて行われた行為の結果について、筆者および掲載者は一切の責任を負いかねます。