出生前診断は、お腹の中にいる赤ちゃんの健康状態、
特に染色体異常などの可能性を知るための検査です。
この検査を受けることで、親となる人は事前に赤ちゃんの情報に触れることができます。
しかし、検査結果によっては、非常に重い決断、
すなわち「中絶」という選択肢に直面することもあります。
これは多くの人にとって、人生における最も困難な決断の一つです。
本記事では、出生前診断の結果を受けて中絶を検討する際に知っておくべき現状、法的な側面、
妊娠可能な時期、そして避けて通れない倫理的な問題や感情について、
専門家監修のもと、正確な情報を提供します。
この情報が、困難な状況にある方々にとって、少しでも参考になれば幸いです。
出生前診断と中絶
出生前診断とは?種類、時期、わかること
出生前診断とは、妊娠中に胎児が特定の疾患を持っている可能性を調べる検査の総称です。
すべての妊婦さんが受けるべき必須の検査ではなく、あくまで希望する方が、
赤ちゃんやご家族の将来について考えるための情報収集の一つとして選択するものです。
主な出生前診断には、以下のような種類があります。
非確定診断(スクリーニング検査):
これらの検査で「陽性」または「高リスク」と出た場合でも、確定ではなくあくまで可能性を示すものです。
確定診断のために追加の検査が必要となります。
- NIPT(新型出生前診断): 妊娠10週以降に、母体から採血を行い、
血液中に含まれる胎児由来のDNAを解析して、主に21トリソミー(ダウン症候群)、
18トリソミー、13トリソミーといった染色体異常の可能性を調べます。
精度が高いとされていますが、非確定診断です。 - 母体血清マーカー検査: 妊娠初期(妊娠11〜13週)または中期(妊娠15〜20週頃)に、
母体から採血を行い、血液中のいくつかの成分濃度を測定して、
胎児の染色体異常や神経管閉鎖障害などの可能性を統計的に算出します。
精度はNIPTよりも低いとされています。 - コンバインド検査: 母体血清マーカー検査に加えて、
超音波検査で胎児の首の後ろのむくみ(NT:項部透過像)などを計測し、
これらの情報を組み合わせてリスクを評価する検査です。
妊娠初期に行われます。 - 超音波検査: 妊娠中の定期健診でも行われますが、
胎児の形態的な異常を詳しく調べる目的で行われることがあります。
特定の時期(例:妊娠初期のNT測定、中期精密超音波検査)に行うことで、
染色体異常などに関連する特徴が見られる場合があります。
確定診断:
これらの検査で「陽性」または「陰性」と判定された場合、ほぼ確定的な診断となります。
ただし、流産や死産のリスクを伴う侵襲的な検査です。
- 絨毛検査: 妊娠11〜13週頃に、子宮頸部または腹壁から細い針を刺して、
胎盤の一部である絨毛組織を採取し、染色体などを調べます。
比較的早い時期に結果が出ますが、流産のリスクが羊水検査よりやや高いとされています。 - 羊水検査: 妊娠15〜18週頃に、腹壁から細い針を刺して、子宮内の羊水を採取し、
羊水中に浮遊する胎児の細胞を培養して染色体などを調べます。
絨毛検査よりも一般的に行われることが多い確定診断です。
出生前診断でわかることの多くは、染色体の数や構造の異常、
あるいは特定の遺伝子の異常によって引き起こされる疾患の可能性です。
特にNIPTでは21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーの検出が主な目的となります。
これらの診断によって、生まれてくる赤ちゃんが何らかの障がいや疾患を持って生まれてくる可能性を知ることになります。
出生前診断結果後の「中絶」という選択
出生前診断を受け、もし非確定診断で高リスクと判定された場合、
多くの場合は確定診断へと進みます。
そして、確定診断で胎児が染色体異常などの疾患を持っていることが分かったとき、
ご両親は非常に困難な状況に直面します。
生まれてくる赤ちゃんを受け入れるか、それとも妊娠を継続せず中絶を選択するか、
という重い決断を迫られることになります。
中絶という選択肢は、診断を受けたすべての家族が選ぶわけではありません。
診断結果を知った上で、生まれてくる赤ちゃんを育てることを選択するご家族もたくさんいらっしゃいます。
しかし、現実として、出生前診断の結果を受けて中絶を選択するご家族がいるのも事実です。
この選択の背景には、様々な要因があります。
例えば、
- 診断された疾患に対する知識や理解が不足している
- 子育てや将来に対する経済的、精神的な負担への不安
- 社会的なサポート体制への不安
- パートナーや周囲の意見、または孤立感
- 自分たちの体力や年齢
など、複合的な理由が絡み合います。
中絶以外の選択肢としては、診断を受け入れた上で出産し育てること、
あるいは特別養子縁組などの可能性を検討することなどが考えられます。
どのような選択肢を取るにしても、それはご両親にとって非常に重く、
倫理的な葛藤や感情的な痛みを伴うプロセスとなります。
陽性判定と中絶の現状
出生前診断、特にNIPTのような非確定診断で高リスクと判定され、
その後の確定診断で陽性となった場合に、妊娠継続か中絶かという選択に直面します。
全ての確定陽性例において中絶が選択されるわけではありませんが、
統計的に見ると、特定の疾患、特に21トリソミー(ダウン症候群)、18トリソミー、13トリソミーの場合には、
中絶を選択する割合が高い傾向にあることが報告されています。
具体的な割合については、調査方法や対象となる医療機関、時期によって変動しますが、
ある研究では、NIPT陽性者のうち確定診断に進んだ方の9割近くが陽性となり、
その陽性となった方のうち、8割〜9割程度が中絶を選択しているというデータも報告されています。
これは非常に高い割合であり、出生前診断が結果として中絶という選択に繋がりやすい現状を示しています。
なぜ、多くのご家族が中絶を選択するのでしょうか。
先述の通り、その理由は様々ですが、多くの場合は、
診断された疾患を持つ子どもを育てていくことの現実的な困難さに対する不安が根底にあります。
医療ケア、教育、経済的支援、将来的な自立、そして家族自身の心身の健康維持など、
長期にわたる多くの課題を想像し、その重圧に耐えられないと感じてしまうケースが少なくありません。
また、疾患に対する情報が限られていたり、社会的な理解やサポート体制が十分でないと感じることも、
決断に影響を与える可能性があります。
一方で、確定診断で陽性となっても、妊娠を継続し出産する選択をするご家族もいらっしゃいます。
これは、疾患に対する理解を深め、必要な情報や支援を得ることで、
ポジティブな未来を築けると確信したり、あるいは命の価値に対する考え方が
中絶を選択しない方向に向かったりするなど、様々な理由によるものです。
この現状は、出生前診断が単なる医学的な検査にとどまらず、
家族の人生、社会の価値観、そして生命倫理に関わる非常にデリケートな問題であることを浮き彫りにしています。
特にダウン症の場合
出生前診断で最も多く検出される染色体異常の一つが、
21番染色体が1本多いことによって起こる21トリソミー、いわゆるダウン症候群です。
NIPTなどの非確定診断や羊水検査などの確定診断によって診断されます。
ダウン症候群の場合、知的発達の遅れや特定の身体的特徴、
合併症(心疾患、消化器系の疾患など)を持つことが知られています。
症状の程度は個人差が非常に大きいですが、一般的に、
成長の過程で医療的ケアや特別な支援が必要となることが多いです。
出生前診断でダウン症候群と診断された場合に、
中絶を選択するご家族の割合は、他のトリソミー(18トリソミー、13トリソミーなど)と比較しても高い傾向にあるという報告があります。
これは、ダウン症候群が他の疾患に比べて比較的情報が多く、社会的な認知度も高い一方で、
その養育には長期にわたる大きな負担が伴うという認識が広まっているためと考えられます。
しかし、ダウン症のある方々は、近年医療や療育の進歩により、
以前にも増して豊かな生活を送ることができるようになっています。
社会参加も進み、それぞれの個性や能力を発揮しています。
診断を受けた際に提供される情報が、疾患の困難さだけでなく、
ダウン症のある方々の可能性や、利用できる社会資源についても十分に伝えられているかが重要になります。
診断後のご家族の決断は、そのご家族がダウン症についてどのような情報に触れ、
どのようなサポートを受けられるかによっても大きく左右されます。
正確で包括的な情報提供と、診断後の適切な支援が、より良い決断に繋がる鍵となります。
法的な取り扱い:中絶は合法か?
日本において、人工妊娠中絶は「母体保護法」という法律によって定められています。
この法律は、以前の「優生保護法」が1996年に改正されて成立しました。
優生保護法下では、遺伝性疾患を理由とした中絶が認められていましたが、
これは障害を持つ可能性のある胎児の命を選別するという優生思想に基づいているとして批判され、改正されました。
現在の母体保護法において、人工妊娠中絶が認められるのは、主に以下のいずれかに該当する場合です。
- 妊娠の継続または分娩が、身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがあるもの
- 暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することのできない間に姦淫されて妊娠したもの
母体保護法では、人工妊娠中絶を「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること。」と定義しています。
(人工妊娠中絶ができる条件とは何ですか?|日本産婦人科医会より)
注目すべきは、現在の母体保護法では、「胎児の疾患」そのものを直接的な中絶の理由として明記していない点です。
しかし、実際には、胎児に重篤な疾患や障がいが見つかった場合、それを理由として中絶が行われているケースが多く存在します。
これは、「妊娠の継続が母体の健康を著しく害するおそれがある」という条項を、
精神的な健康への影響も含むと解釈したり、あるいは胎児の疾患に伴う将来の経済的・精神的負担を「経済的理由」と捉えたりするなど、
法の建前と現実の運用に乖離があるためです。
また、人工妊娠中絶を行う際には、原則として配偶者(婚姻していない事実上の夫婦を含む)の同意が必要とされています。
ただし、配偶者が不明、死亡、意識不明、または意思を表示できない場合、
あるいはDVなどが原因で同意を求めることが適切でないと判断される場合には、
本人の同意のみで中絶が可能なケースもあります。
出生前診断の結果を受けて中絶を検討する場合、法的な側面を理解することは重要ですが、
現在の法律がすべての状況や倫理的な問いに明確な答えを与えているわけではないことを認識する必要があります。
実際に医療機関で中絶を行う際には、医師との相談の上で、母体保護法の要件に照らして適切に行われることになります。
妊娠週数と中絶期限
日本の母体保護法では、人工妊娠中絶を行うことができる期間が定められています。
それは、妊娠22週未満です。
妊娠週数によって、中絶の方法や手続きが異なります。
- 初期中絶(妊娠12週未満): 妊娠12週未満の初期中絶は、
一般的に手術による方法(吸引法または掻爬法)で行われます。
多くの場合、日帰りまたは1泊程度の入院で済み、
身体的な負担や合併症のリスクは中期中絶に比べて低いとされています。
ただし、精神的な負担は週数に関わらず大きい場合があります。 - 中期中絶(妊娠12週以降22週未満): 妊娠12週以降22週未満の中期中絶は、
人工的に陣痛を起こして出産と同様の方法で胎児を娩出させる形で行われます。
これは、胎児が大きくなっているため、初期中絶のような方法では対応できないためです。
中期中絶は、数日間の入院が必要となり、身体的、精神的、経済的な負担が初期中絶よりも大きくなります。
また、倫理的な側面でも、胎児の様子がある程度わかる週数であるため、
より深い葛藤を伴うことがあります。
妊娠22週以降は、母体保護法による人工妊娠中絶は認められていません。
これは、妊娠22週以降は胎児が母体の外でも生きられる可能性がある、
つまり「人の生命」として扱われるという考えに基づいているためです。
出生前診断の結果が出る時期と、中絶が可能な期限は密接に関わっています。
- NIPT: 妊娠10週から受けられ、結果は通常1〜2週間で出ます。
陽性の場合、その後の確定診断(絨毛検査や羊水検査)に進むことになります。 - 絨毛検査: 妊娠11〜13週頃に行われ、結果は比較的早く出ますが、リスクがあります。
- 羊水検査: 妊娠15〜18週頃に行われ、結果が出るまでに2〜3週間かかることがあります。
例えば、羊水検査で陽性と確定した場合、結果が出るのが妊娠18週以降となる可能性があります。
そこから夫婦で話し合い、中絶を選択した場合、手続きを進めると妊娠週数がさらに進み、
中期中絶となる可能性が高くなります。
中期中絶は、前述の通り心身への負担が大きいため、
時間的な制約の中で重い決断をしなければならないという現実があります。
妊娠週数 | 行われる可能性のある検査 | 中絶方法 |
---|---|---|
〜11週6日 | NIPT、母体血清マーカー(初期)、コンバインド検査、絨毛検査 | 初期中絶(手術) |
12週0日〜12週6日 | NIPT、母体血清マーカー(初期)、コンバインド検査、絨毛検査 | 初期中絶(手術) |
13週0日〜14週6日 | NIPT、絨毛検査終了、母体血清マーカー(中期開始) | 中期中絶(人工的に陣痛を起こして出産) |
15週0日〜17週6日 | NIPT、母体血清マーカー(中期)、羊水検査 | 中期中絶(人工的に陣痛を起こして出産) |
18週0日〜21週6日 | NIPT、母体血清マーカー(中期)、羊水検査 | 中期中絶(人工的に陣痛を起こして出産) |
22週0日以降 | (出生前診断は可能だが、中絶は不可) | 原則として人工妊娠中絶は不可(母体や胎児の生命に関わる医学的理由による出産は除く) |
この表からもわかるように、出生前診断を受け、その結果次第で中絶を検討する場合には、
妊娠週数の進行が非常に重要な要素となります。
期限が近づくにつれて、選択肢や方法が限定され、
負担が大きくなることを理解しておく必要があります。
中絶選択に伴う倫理的側面と感情
出生前診断の結果を受けて中絶を選択することは、法的に認められているとしても、
多くの倫理的な問題や深い感情的な葛藤を伴います。
これは、単なる医療的な処置ではなく、生命の始まりと終わり、
そして家族の価値観に関わる人間の根源的な問題だからです。
倫理的な問題と葛藤
出生前診断とそれに続く中絶には、様々な倫理的な議論が存在します。
- 生命の価値と選別: 診断によって胎児が特定の疾患を持っている可能性を知り、
その結果によって中絶を選択することは、「障害のある命を選別しているのではないか」という批判を招くことがあります。
全ての命には等しい価値があるという考え方と、
親が子を育てる上での負担や困難を避けるために中絶を選択するという現実との間で、
倫理的な葛藤が生じます。 - 胎児の権利: 中絶が可能な週数において、胎児は法的にはまだ「人」として扱われません。
しかし、ある程度の週数になると、胎児は胎動を感じ、痛みを感じる可能性があるという医学的な知見や、
超音波画像でその姿を見ることができるようになることから、
「命」としてどのように扱うべきかという倫理的な問いが生じます。 - 親の自己決定権: 親には、自分たちの家族計画や子育てについて自己決定する権利があります。
胎児の健康状態を知り、自分たちの生活や能力を考慮して、
妊娠を継続するか否かを決定することも、この自己決定権の一部と捉えることができます。
しかし、この自己決定権が、胎児の生命の権利(もしあるとすれば)や、
社会的な公正さとどのようにバランスを取るべきかという問題があります。 - 社会的な圧力と偏見: 診断を受けたご家族は、周囲からの様々な意見や社会的な偏見に晒される可能性があります。
「なぜ診断を受けたのか」「診断が出たなら産むべきだ」「中絶するなんて可哀想だ」といった外部からの意見は、
ご家族の意思決定をさらに困難にさせ、孤立感を深める原因となります。
社会全体として、出生前診断や障害に対する理解が十分でないことが、この問題の背景にあります。
これらの倫理的な問題に対する絶対的な正解はありません。
ご両親は、医学的な情報だけでなく、自分たちの価値観、倫理観、
そして現実的な状況を総合的に考慮して、非常に個人的で困難な決断を下さなければなりません。
このプロセスにおいて、深い葛藤や罪悪感、悲しみといった感情が生まれるのは当然のことです。
中絶後の心理的影響
出生前診断の結果を受けて中絶を選択した場合、その後のご両親の心理的な負担は非常に大きいものとなります。
たとえ熟慮の上での決断であったとしても、後になって様々な感情が押し寄せることが少なくありません。
- 悲しみと喪失感: 妊娠を中断することは、そのお腹の中にいた赤ちゃん、
そしてその赤ちゃんとの将来の可能性を失うことです。
計画していた未来が突然断たれることによる深い悲しみや喪失感は、
流産や死産を経験した際のグリーフ(悲嘆)と同様に重いものとなります。 - 罪悪感と後悔: 特に胎児の疾患を理由として中絶を選択した場合、
「自分たちがこの命を選ばなかった」という罪悪感を強く感じることがあります。
この決断が本当に正しかったのか、他の選択肢はなかったのかといった後悔の念に苛まれることもあります。 - 怒りと不公平感: なぜ自分たちだけがこのような状況に直面しなければならないのか、
という怒りや、世の中の不公平さに対する感情が生まれることもあります。 - パートナーとの関係性の変化: 困難な決断を共にするプロセスは、夫婦の関係性を強めることもあれば、
意見の違いや感情的なすれ違いから、関係性に亀裂を生じさせることもあります。
互いを責めたり、感情を共有できなかったりすることで、孤立感が深まる場合もあります。 - 社会的な孤立: 出生前診断や中絶といったテーマは、社会的に話しにくいタブー視される傾向があります。
そのため、周囲に悩みを打ち明けられず、孤立してしまうご両親が多くいらっしゃいます。
特に、妊娠や出産を控えた友人や家族との関係が難しく感じられることもあります。 - 精神的な不調: 重い心理的な負担が続くと、うつ病、不安障害、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)のような精神的な不調を発症するリスクがあります。
睡眠障害、食欲不振、無気力、フラッシュバックなどの症状が現れることがあります。
これらの心理的な影響は、中絶直後だけでなく、数ヶ月、あるいは数年経ってから現れることもあります。
例えば、本来出産予定だった時期や、中絶した時期が近づくと、感情が揺れ動きやすくなることがあります。
中絶後の心理的な回復には、個人の性格や置かれた状況、受けられるサポートなど、
様々な要因が影響します。
重要なのは、これらの感情は異常なものではなく、
この経験をした多くの方が抱える自然な反応であることを理解し、
一人で抱え込まずに適切なサポートを求めることです。
決断プロセスと支援
出生前診断の結果を受けて、胎児の疾患が確定した場合、
ご両親は非常に限られた時間の中で、人生の大きな決断を下さなければなりません。
この困難なプロセスを乗り越えるためには、
正確な情報、十分な時間、そして様々な立場からのサポートが不可欠です。
遺伝カウンセリングの役割
出生前診断、特に確定診断で陽性となった後の決断において、
遺伝カウンセリングは極めて重要な役割を果たします。
遺伝カウンセラーは、遺伝学や医学に関する専門知識を持ち、ご家族に対して以下の支援を行います。
- 正確な情報提供: 診断された疾患に関する医学的な情報(原因、症状、予後、合併症、利用できる医療・療育サービスなど)を、
専門用語を避け、分かりやすく丁寧に説明します。
疾患の困難な側面に加えて、その疾患を持つ人々の多様な生活や可能性についても、
バランスの取れた情報を提供します。 - 検査結果の解釈: 複雑な検査結果を正確に解釈し、その意味するところをご家族が理解できるようサポートします。
非確定診断と確定診断の違い、偽陽性・偽陰性の可能性なども含めて説明します。 - 選択肢の提示: 診断を受けた後に考えられる選択肢(妊娠継続と出産、中絶、特別養子縁組など)を提示し、
それぞれの選択に伴うメリット、デメリット、現実的な課題について、
ご家族が理解できるよう支援します。 - 心理的・感情的サポート: 診断を受けたことによる衝撃や悲しみ、不安、葛藤といった様々な感情に寄り添い、
ご家族が自分の感情を整理し、表現できるような心理的なサポートを提供します。
中立的な立場で傾聴し、ご家族の気持ちに寄り添います。 - 意思決定支援: ご家族自身の価値観や置かれている状況、考え方を尊重しつつ、
ご家族が自分たちにとって最善と思える決断を下せるよう、意思決定プロセスをサポートします。
特定の選択肢を推奨したり、誘導したりすることはせず、
あくまでご家族自身の力で決断できるよう支援します。 - 情報収集の支援: 疾患に関する詳細な情報を提供する専門機関や患者会、
利用できる社会資源(医療費助成、療育施設、相談窓口など)に関する情報を提供し、
必要に応じて紹介を行います。
遺伝カウンセラーは、医学的な専門知識だけでなく、カウンセリングの技術も兼ね備えています。
このデリケートな状況にあるご家族にとって、偏見なく、
守秘義務のもとで話を聞いてくれる遺伝カウンセラーの存在は、精神的な支えとなります。
確定診断が陽性であった場合、できる限り早期に遺伝カウンセリングを受けることが推奨されます。
夫婦・家族で話し合うこと
出生前診断の結果を受けた後の決断は、原則として夫婦(パートナー)二人で行うべきものです。
しかし、これは非常に難しく、意見が一致しないことや、
十分な話し合いができないまま時間だけが過ぎてしまうことも少なくありません。
- 意見の共有と尊重: 診断結果に対する受け止め方、将来に対する考え方、
希望する選択肢などは、夫婦であっても異なる場合があります。
互いの感情や意見を率直に伝え合い、相手の考えを尊重する姿勢が不可欠です。
どちらか一方の意見が強すぎたり、感情的な対立が生じたりすると、建設的な話し合いは困難になります。 - 時間をかけた検討: 中絶には妊娠週数という時間的な制約がありますが、
それでも可能な限り時間をかけて、様々な角度から十分に検討することが重要です。
焦って決断すると、後で後悔に繋がりやすくなります。
遺伝カウンセラーや医師から提供された情報を共有し、疑問点があれば共に解消していくプロセスが役立ちます。 - 家族(両親など)の意見: 夫婦だけでなく、互いの両親など、近い家族に相談することもあるかもしれません。
家族からのサポートは重要ですが、最終的な決断は、
生まれてくる子の親となる夫婦自身の意思に基づいているべきです。
家族の意見に流されたり、プレッシャーを感じたりせず、
自分たちの考えをしっかりと持つことが大切です。
遺伝カウンセリングや専門機関の相談窓口は、
夫婦だけでなく、希望すればご家族同伴で受けることも可能です。 - 感情の共有: 診断を受けたことによる衝撃や悲しみ、不安といった感情は、
一人で抱え込まずにパートナーと共有することが大切です。
共に泣き、共に悩み、互いを支え合うことで、困難な状況を乗り越える力となります。
感情を言葉にするのが難しい場合は、紙に書き出したり、第三者に話を聞いてもらったりすることも有効です。
夫婦間で十分に話し合い、納得した上で決断することは、
その後の夫婦関係や、もし新たな妊娠があった場合の心の準備にも繋がります。
困難な話し合いではありますが、お互いの気持ちに寄り添い、支え合いながら進めることが望まれます。
相談窓口・支援体制
出生前診断の結果を受けて悩んでいるご家族が、
一人で問題を抱え込まずに相談できる様々な窓口や支援体制があります。
適切なサポートを受けることは、より良い決断を下すためにも、
その後の心のケアのためにも非常に重要です。
- 医療機関内の相談窓口: 出生前診断を受けた医療機関には、
産婦人科医、遺伝カウンセラー、看護師、助産師、臨床心理士などがいます。
これらの専門家は、医学的な情報提供、カウンセリング、心理的なサポートを提供することができます。
特に、遺伝カウンセリングは、正確な情報と意思決定支援を受ける上で中心的な役割を果たします。
まずは、診断を受けた医療機関に相談してみましょう。 - 遺伝子医療部門や遺伝カウンセリング外来: 多くの大学病院や主要な医療機関には、
遺伝子医療部門や遺伝カウンセリング外来があります。
ここでは、より専門的な遺伝カウンセリングや、確定診断後のフォローアップ、
疾患に関する詳細な情報提供を受けることができます。 - 公的な相談窓口:
- 保健所・保健センター: 各自治体の保健所や保健センターでは、妊娠・出産に関する相談を受け付けています。
専門職(保健師など)が対応し、地域の医療機関や福祉サービスに関する情報提供、
必要に応じた訪問支援なども行います。 - 子ども家庭支援センター: 子育てに関する様々な悩みについて相談できます。
発達に関する相談も可能で、必要に応じて専門機関と連携してくれます。
- 保健所・保健センター: 各自治体の保健所や保健センターでは、妊娠・出産に関する相談を受け付けています。
- NPO・支援団体: 特定の疾患に関する患者会や家族会、支援団体があります。
例えば、ダウン症児の支援制度~教育・医療~に関する情報や、
ダウン症に関する団体のように、全国組織や地域の様々なグループが存在します。
これらの団体は、同じような経験を持つ家族同士の交流の場を提供したり、
疾患に関する詳細な情報提供や、生活上のアドバイス、
福祉制度に関する情報提供などを行っています。
診断された疾患に関する支援団体を調べてみることも有効です。 - 心理カウンセリング: 診断を受けたことによる衝撃や、中絶後の悲しみや罪悪感など、
精神的な負担が大きい場合は、専門的な心理カウンセリングを受けることも有効です。
臨床心理士や公認心理師といった心理専門家が、感情の整理や心の回復をサポートしてくれます。
医療機関によっては院内にカウンセリング部門がある場合や、
外部のカウンセリング機関を紹介してもらうことができます。
相談する際のポイント:
- 一人で抱え込まず、信頼できる人に話を聞いてもらうだけでも気持ちが楽になることがあります。
- 複数の専門家の意見を聞くことも、情報が偏らないために有効です。
- 話すのが難しい場合は、メールや文書で相談できる窓口を探すのも良いでしょう。
- どのようなサポートが必要かを具体的に考えて相談すると、より適切な支援を受けやすくなります。
重要なのは、困難な状況にあるご家族が孤立しないように、
社会全体として相談しやすい環境を整え、必要な情報とサポートを提供することです。
出生前診断を受けなかった場合について
出生前診断を受けるかどうかは、妊婦さんご自身とパートナーが自由に選択できることです。
診断を受けないという選択も、診断を受ける選択と同様に尊重されるべきです。
出生前診断を受けない場合、お腹の赤ちゃんが特定の疾患や障がいを持っているかどうかを知らないまま出産を迎えることになります。
この選択には、以下のような側面があります。
- メリット:
- 診断結果を待つ間の精神的な不安やストレスを感じなくて済む。
- 陽性判定が出た場合の重い決断(中絶か出産か)に直面しなくて済む。
- 妊娠期間を純粋に赤ちゃんの誕生を楽しみに過ごせる。
- デメリット:
- もし赤ちゃんが疾患を持って生まれてきた場合、心の準備ができていない可能性がある。
- 生まれてきてから診断が確定した場合、すぐに必要な医療的ケアや療育、
福祉サービスに関する情報収集や手続きを始めなければならないため、
一時的に混乱したり、負担を感じたりする可能性がある。 - 妊娠中に疾患が原因で起こりうる合併症などについて、
事前に予測や準備ができない可能性がある(これは、形態的な異常が超音波検査で見つかる可能性もあるため一概には言えませんが)。
出生前診断を受けないことを選択した場合でも、
赤ちゃんが生まれてきた後に、もし何らかの疾患や発達の遅れが見られた場合には、
医師による診断と、その後の適切な支援を受けることができます。
地域の保健センターや子育て支援センター、相談窓口などを通じて、
必要な情報やサービスにアクセスすることが可能です。
ダウン症候群をはじめとする多くの疾患や障がいについては、
生まれてきてから診断を受け、ご家族が周囲のサポートを得ながら、
お子さんの成長に合わせて必要な医療や療育を提供し、
共に豊かな人生を歩んでいく道があります。
出生前診断を受けるかどうかの決断は、それぞれの夫婦や家族の価値観、ライフスタイル、
子育てに対する考え方などに基づいて行われます。
どちらの選択肢にもメリットとデメリットがあり、どちらが「正しい」ということはありません。
どのような選択をしたとしても、その後の人生をサポートする体制が社会に存在していることを知っておくことが大切です。
まとめ:出生前診断と中絶について
出生前診断は、お腹の赤ちゃんの健康状態に関する情報を提供してくれる検査ですが、
その結果がご家族に重い決断を迫る可能性があることも事実です。
特に、胎児に染色体異常などの疾患が見つかった場合、
妊娠を継続するか、それとも中絶を選択するかという困難な状況に直面します。
本記事では、出生前診断の種類や時期、わかること、
そして陽性判定が出た後の「中絶」という選択に焦点を当てて解説しました。
統計的に見ると、出生前診断で特定の疾患が確定した場合に、
中絶を選択するご家族が多い現状があることをお伝えしました。
また、日本の母体保護法における中絶の法的な位置づけや、
妊娠週数による中絶可能な期限と方法の違いについても説明しました。
中期中絶は、初期中絶に比べて心身への負担が大きく、
時間的な制約の中で決断が迫られる現実があります。
そして、この困難な決断プロセスにおいて避けて通れないのが、
倫理的な問題と感情的な側面です。
生命の価値、胎児の権利、親の自己決定権といった倫理的な問いに向き合う必要があり、
中絶を選択した後には、深い悲しみ、罪悪感、後悔といった様々な感情に直面することがあります。
これらの感情は異常なものではなく、
この経験をした多くの方が抱える可能性のあるものです。
このような困難な状況にあるご家族のために、
様々な相談窓口や支援体制が存在します。
遺伝カウンセラーは、正確な医学情報と疾患に関する情報、
そして中立的な立場で意思決定支援を提供してくれる心強い存在です。
また、医療機関の専門家、地域の保健所や支援センター、
特定の疾患に関する患者会やNPOなども、情報提供や心理的なサポート、
福祉サービスに関する情報提供など、多様な支援を行っています。
最も重要なことは、ご両親が一人で悩みを抱え込まず、パートナーと十分に話し合い、
そして必要であればこれらの相談窓口や支援体制を積極的に活用することです。
正確な情報に基づき、自分たちの価値観や状況を考慮して、時間をかけて検討すること。
そして、どのような決断をしたとしても、その決断が尊重され、
その後の人生を歩んでいくためのサポートが受けられることを知っておくことが大切です。
出生前診断を受けるかどうかの選択、そして診断結果が出た後の選択は、
ご家族の人生にとって大きな意味を持ちます。
本記事が、この困難な時期にある方々にとって、
少しでも希望の光となり、適切な道を見つけるための一助となれば幸いです。
免責事項:
本記事は、出生前診断とそれに伴う中絶に関する一般的な情報提供を目的としており、
特定の状況における医学的なアドバイスや診断、治療方針を示すものではありません。
出生前診断を受けるかどうか、あるいは診断結果が出た後の選択について悩んでいる場合は、
必ず専門家(産婦人科医、遺伝カウンセラーなど)に相談し、個別の状況に基づいたアドバイスを受けてください。
本記事の情報によって生じたいかなる損害についても、一切の責任を負いかねます。