精液に血が混じることは、多くの方が経験すると不安になる症状です。医学的には「血精液症(けつせいえきしょう)」と呼ばれ、文字通り、射精された精液に血液が混じる状態を指します。この症状は突然現れることが多く、「何か重大な病気ではないか」と心配される方も少なくありません。
しかし、血精液症の原因は多岐にわたり、多くの場合、深刻な病気が原因ではないとされています。この記事では、精液に血が混じる原因や考えられる病気、いつまで続くのかといった経過、そして病院を受診する目安や検査、治療法について詳しく解説します。ご自身の症状に不安を感じている方は、ぜひこの記事を参考に、正しい知識を得て冷静に対応できるようにしましょう。
血精液症はよくある症状?
血精液症は、男性の泌尿器科における症状としては比較的よく見られるものです。もちろん、誰もが経験するわけではありませんが、生涯のうちに一度は経験する方もいると言われています。インターネットで検索すると、多くの情報が出てくることからも、決して珍しい症状ではないことがうかがえます。
ただし、「よくある」からといって放置して良いわけではありません。年齢や併発する症状の有無によっては、医療機関での検査が必要となるケースもあります。
精液の色(赤・ピンク・茶色・黒)について
精液に混じる血液の量や、出血が起きてからの時間経過によって、精液の色はさまざまに変化します。
- 鮮やかな赤色やピンク色: 比較的最近の出血を示唆している可能性があります。出血源が精液の通り道の出口に近い場合や、出血量が比較的多い場合にこのような色になることがあります。
- 茶色や黒っぽい色: 出血してから時間が経過していることを示唆している可能性があります。古い血液は酸化して茶色や黒っぽく変色します。出血源が精液の通り道の奥の方にある場合や、出血が少量ずつ続いている場合に見られることがあります。
精液の色だけで出血源や原因を特定することは難しいですが、色やその変化は診断の手がかりの一つとなります。どのような色だったか、また色がどのように変化しているかを覚えておくと良いでしょう。
精液に血が混じる原因(血精液症の原因)
血精液症の原因は多岐にわたりますが、ほとんどの場合は精液の通り道である尿路性器系のどこかからの出血です。考えられる主な原因を以下に解説します。
尿路性器の病気
血精液症の原因として最も多く見られるのが、前立腺や精嚢などの尿路性器に関する病気です。
前立腺や精嚢の炎症・感染症
前立腺や精嚢は、精液の一部を作る重要な器官です。これらの器官に炎症や感染が起こると、組織が傷つきやすくなり出血を招くことがあります。
- 前立腺炎: 前立腺の炎症で、細菌感染によるものと、原因が特定できない非細菌性のものがあります。特に若い男性の血精液症の原因としてよく見られます。排尿時の痛み、頻尿、残尿感、下腹部や会陰部(えいんぶ)の痛みなどを伴うこともあります。
- 精嚢炎: 精嚢の炎症です。精嚢は精液の大部分を占める液体を分泌しており、前立腺と近接しています。炎症が起こると出血しやすく、血精液症の主な原因の一つとなります。前立腺炎と合併して起こることも多いです。
これらの炎症や感染症は、抗生物質や消炎剤などで治療されることが一般的です。
前立腺肥大症や前立腺結石
中高年以降の男性に多い前立腺肥大症も、血精液症の原因となることがあります。肥大した前立腺の血管がうっ血しやすくなったり、前立腺内に結石(石)ができることで、射精時の刺激などによって出血を招く可能性があります。前立腺肥大症は、頻尿や夜間頻尿、尿の勢いが弱い、残尿感といった排尿に関する症状を伴うことが多いです。
尿道炎・精管炎など
精液が通過する尿道や精巣上体から精嚢へ精子を運ぶ精管など、他の尿路性器系の器官の炎症も原因となりえます。淋菌やクラミジアなどの性感染症が原因の尿道炎が、精管や精巣上体に波及して炎症を起こし、出血につながる可能性もゼロではありません。
悪性腫瘍の可能性
可能性は低いですが、特に高齢者の血精液症で注意が必要な原因として、前立腺がんや精嚢の悪性腫瘍が挙げられます。これらの悪性腫瘍が出血源となることがあります。ただし、悪性腫瘍が原因である場合、血精液症以外にも排尿困難、血尿、骨盤部の痛みなどの症状を伴うことが多いです。血精液症のみで悪性腫瘍である可能性は低いと考えられますが、特に症状が長引く場合や、高齢者の場合は念のため検査を行うことがあります。
全身性の病気
尿路性器の病気だけでなく、全身性の病気が原因で血精液症が起こることもあります。
高血圧
重度の高血圧がある場合、全身の血管が脆弱になりやすく、前立腺や精嚢の細い血管が破れて出血し、血精液症を招くことがあります。高血圧自体が直接血精液症を引き起こすというよりは、出血しやすくなる要因の一つと考えられます。
肝臓病
肝臓は血液を固めるために必要な凝固因子を作る重要な臓器です。重度の肝臓病があると、これらの凝固因子が十分に作られなくなり、出血しやすくなることがあります。この結果、血精液症が見られる可能性もゼロではありません。
血液凝固異常
血友病のような先天的な血液凝固異常や、血液をサラサラにする薬(抗血小板薬や抗凝固薬など)を服用している場合も、出血しやすくなり、血精液症の原因となることがあります。これらの薬剤を服用している場合は、医師に相談が必要です。
外傷や物理的な影響
外部からの力や刺激によって、尿路性器が傷つき出血することもあります。
性行為やマスターベーション
過度な性行為や激しいマスターベーションによって、前立腺や精嚢、尿道などの粘膜が傷つき、一時的に出血して血精液症となることがあります。特に頻繁な射精は、精嚢が収縮を繰り返すため、出血しやすい状態を作り出す可能性が指摘されています。多くの場合、このような原因による出血は軽度で自然に改善します。
医療処置の後
前立腺の組織を採取する前立腺生検や、膀胱鏡検査などの医療処置を行った後に、一時的に血精液症が見られることがあります。これは処置による組織の損傷によるもので、通常は時間とともに改善します。
ストレスとの関連
ストレスが直接的に精液に血を混じらせるという明確な医学的根拠は確立されていません。しかし、強いストレスは体の様々な機能に影響を及ぼし、血管を収縮させたり、ホルモンバランスを乱したりする可能性があります。これらの影響が、間接的に尿路性器系の血管の状態に影響を与え、出血しやすい状況を作り出す可能性も全くないとは言えません。ただし、血精液症の原因としてストレスを第一に考えるべきではなく、まずは器質的な原因(体の病気や状態)がないかを確認することが重要です。
原因が特定できないケース(特発性血精液症)
血精液症の約半数から8割は、詳細な検査を行っても出血源や明確な原因が特定できない「特発性血精液症」であると言われています。特に若い方の場合、一時的な炎症やうっ血などが原因で起こり、自然に治ってしまうことが多いため、原因特定に至らないケースが多いと考えられます。原因が特定できない場合でも、多くは経過観察となり、予後は良好です。
精液に血が混じる場合に現れるその他の症状
血精液症が出血のみで、他の症状を伴わない場合、原因は比較的軽度なことが多い傾向があります。しかし、以下のような他の症状を伴う場合は、何らかの基礎疾患が原因である可能性が高まります。
- 排尿時の痛みや不快感: 尿道炎や前立腺炎などが疑われます。
- 頻尿、残尿感: 前立腺肥大症や前立腺炎などが考えられます。
- 下腹部や会陰部の痛み: 前立腺炎や精嚢炎などで見られることがあります。
- 睾丸(精巣)の痛みや腫れ: 精巣上体炎などが考えられます。
- 発熱: 感染症を伴う場合に起こります。
- 腰痛、骨盤部の痛み: 前立腺や精嚢の問題、あるいはより重篤な病気の可能性も示唆されます。
- 血尿: 精液だけでなく尿にも血が混じる場合、尿路のより広い範囲での問題や、腎臓・膀胱などの疾患も考慮されます。
これらの症状がある場合は、血精液症の原因が特定できる可能性が高く、適切な治療が必要となるため、早めに医療機関を受診することが推奨されます。
精液に血が混じったらいつまで続く?(血精液症の経過)
精液に血が混じる症状がどれくらい続くかは、原因によって大きく異なります。
自然に改善する場合
若い世代の血精液症の多くは、原因が特定できない特発性であるか、一時的な炎症や刺激によるものと考えられます。このような場合、数回の射精を繰り返すうちに自然に血が混じらなくなることが一般的です。数日から1週間程度で改善することが多いですが、中には数週間かけて徐々に薄くなることもあります。
症状が長引く・悪化する場合
以下のような場合は、自然改善が難しい、あるいは何らかの基礎疾患が隠れている可能性が高いため、医療機関での精密検査や治療が必要となります。
- 数週間以上、血精液症が続く
- 症状が徐々に悪化している
- 血精液症が繰り返し起こる(再発する)
- 上記「その他の症状」を伴う場合
- 高齢者(特に50歳以上)の場合
特に高齢者の場合や、他の症状を伴う場合は、念のため悪性腫瘍の可能性も考慮して検査を行うことが重要です。ご自身の判断で放置せず、症状が長引く場合は必ず医師に相談しましょう。
精液に血が混じったら病院に行くべきか?(受診目安)
血精液症が見られたときに、病院に行くべきかどうか迷う方も多いでしょう。多くの場合は深刻ではありませんが、中には早期発見・治療が必要な病気が隠れていることもあります。以下の目安を参考に、受診を検討してください。
すぐに医療機関を受診すべき症状
以下のような症状がある場合は、速やかに医療機関(泌尿器科)を受診してください。
- 血精液症が数週間以上続いている
- 精液の色が時間経過で薄くならず、むしろ濃くなっている、あるいは鮮やかな赤色が続いている
- 精液に血が混じる以外に、強い痛み(排尿時、射精時、下腹部、睾丸など)、発熱、倦怠感などの全身症状がある
- 血尿も伴う
- 血精液症が繰り返し起こる
- 50歳以上の男性(前立腺がんなどの悪性腫瘍の可能性が年齢とともに高まるため)
専門家への相談が推奨されるケース
上記に当てはまらなくても、以下のような場合は専門家である泌尿器科医に相談することをおすすめします。
- 症状が一時的でも、不安が強い
- 持病がある(高血圧、肝臓病、血液疾患など)
- 血液をサラサラにする薬などを服用している
- 最近、尿路性器に関する医療処置を受けた
- 一度改善したが、しばらくして再発した
何科を受診すれば良い?
精液に血が混じる「血精液症」は、男性の尿路性器に関する症状です。したがって、受診すべき診療科は泌尿器科です。泌尿器科医は、男性の性器や尿路に関する専門知識を持っており、血精液症の原因を適切に診断し、必要な検査や治療を行うことができます。まずは、お近くの泌尿器科を受診するか、かかりつけ医に相談して紹介状を書いてもらうと良いでしょう。
血精液症の検査
泌尿器科を受診すると、血精液症の原因を特定するためにいくつかの検査が行われることがあります。すべての検査が必要となるわけではなく、問診や診察、症状などに基づいて医師が必要と判断した検査が行われます。
問診と診察
まずは医師による問診が行われます。精液に血が混じるようになった時期、頻度、精液の色や変化、他の症状(痛み、排尿困難など)の有無、既往歴(過去にかかった病気や手術)、現在服用している薬、性行為やマスターベーションの状況、喫煙や飲酒の習慣などについて詳しく聞かれます。
その後、診察として、陰嚢や陰茎の視診・触診、場合によっては直腸診(指を肛門から挿入し、直腸越しに前立腺や精嚢を触診する)が行われることがあります。特に前立腺や精嚢の腫れや硬さ、圧痛などを確認します。
尿検査
尿の中に血液や細菌、白血球などが含まれていないかを調べます。血尿を伴っていないか、尿路に感染や炎症がないかを確認するために非常に重要な検査です。尿中の細菌の種類を調べるために、細菌培養検査を行うこともあります。
超音波(エコー)検査
超音波(エコー)検査は、体の内部を画像化して観察できる検査です。前立腺や精嚢、精巣などの大きさや形、内部の状態、結石の有無などを調べることができます。一般的には、下腹部の上から行う経腹超音波検査や、肛門からプローブを挿入して前立腺や精嚢をより詳細に観察する経直腸超音波検査が行われます。出血源の特定に有効な検査です。
PSA検査
PSA(Prostate-Specific Antigen:前立腺特異抗原)は、前立腺から分泌されるタンパク質で、血液検査で測定します。PSAの値は、前立腺がんや前立腺炎、前立腺肥大症などで上昇することがあります。特に高齢者の血精液症の場合、前立腺がんの可能性を念頭に、PSA検査が行われることがあります。PSAの値が高い場合は、さらに詳しい検査(前立腺生検など)が必要となる場合があります。
その他必要な検査(MRIなど)
上記以外にも、必要に応じて以下の検査が行われることがあります。
- CT検査/MRI検査: 超音波検査で原因が特定できない場合や、悪性腫瘍が疑われる場合に、前立腺や精嚢、骨盤内の状態をより詳細に調べるために行われることがあります。
- 膀胱鏡検査: 尿道や膀胱、前立腺の状態を、先端にカメラがついた細いスコープ(膀胱鏡)を尿道から挿入して直接観察する検査です。尿道からの出血が疑われる場合などに行われることがあります。
- 精液検査: 精液量、精子の状態、炎症細胞や細菌の有無などを調べる検査です。感染症の診断に役立つことがあります。
- 血液凝固能検査: 出血が止まりにくい体質や、血液をサラサラにする薬の影響が疑われる場合に行われます。
どの検査が必要かは、医師が個々の患者さんの状況を判断して決定します。
血精液症の治療法
血精液症の治療は、原因によって異なります。原因が特定できた場合は、その原因に対する治療を行います。原因が特定できない特発性の場合は、経過観察となることが多いです。
原因に対する薬物療法
- 炎症・感染症: 前立腺炎や精嚢炎、尿道炎などが細菌感染によるものであれば、抗生物質が処方されます。炎症が主体である場合は、消炎剤や鎮痛剤が用いられることもあります。
- 前立腺肥大症: 前立腺肥大症が原因で出血していると考えられる場合は、前立腺肥大症の治療薬(α1ブロッカーや5α還元酵素阻害薬など)が処方されることがあります。
基礎疾患の治療
高血圧や肝臓病、血液凝固異常などの全身性の病気が血精液症の原因となっている場合は、その基礎疾患に対する治療を優先して行います。専門の診療科(循環器内科、消化器内科、血液内科など)での治療が必要となる場合もあります。
経過観察
特に若い方で、他の症状を伴わず、検査でも明確な原因が特定できない「特発性血精液症」の場合、多くは一時的なものであるため、特別な治療は行わず経過観察となることが多いです。数週間から数ヶ月かけて自然に改善することが期待されます。定期的な診察や再検査が必要となる場合もあります。
悪性腫瘍が原因である場合は、その病気に対する治療(手術、放射線療法、化学療法など)が専門の医療機関で行われます。
重要なのは、自己判断で治療を行ったり放置したりせず、まず医療機関を受診して原因を特定することです。
血精液症に関するよくある疑問と注意点
射精は控えるべき?
血精液症がある場合に射精を控えるべきかどうかは、原因によって異なります。多くの場合、過度な性行為やマスターベーションによる一時的な出血であれば、数日控えることで改善することがあります。しかし、炎症や感染症が原因の場合、適度な射精によって精液の排出が促され、炎症の原因となる物質が排出されて症状が改善することもあります。
基本的には、出血源が物理的な刺激によって悪化する可能性が低い場合、無理に射精を控える必要はありません。ただし、痛みがある場合や、射精によって症状が悪化するように感じる場合は、射精を控えた方が良いでしょう。最終的な判断は、受診した医師に相談することをおすすめします。
パートナーへの感染や影響は?
血精液症の原因が性感染症(淋菌、クラミジアなど)である場合は、パートナーに感染させる可能性があります。この場合、パートナーも検査や治療を受ける必要があります。
しかし、原因が性感染症やその他の感染症でない場合(前立腺炎、精嚢炎、前立腺肥大症、物理的刺激など)は、血精液症そのものがパートナーの健康に影響を与えることはありません。ただし、精液に血が混じっている状態での性行為は、パートナーが不安を感じる可能性があるため、よく話し合うことが大切です。
再発の可能性について
一度血精液症が改善しても、再発する可能性はあります。特に、前立腺炎や精嚢炎などが慢性化している場合や、前立腺肥大症などの基礎疾患がある場合は、繰り返し血精液症が見られることがあります。
再発した場合も、まずは前回と同様に医療機関を受診し、原因を再度確認することが重要です。原因に応じた適切な対応をすることで、再発を予防したり、症状を軽減したりすることができます。
まとめ|精液に血が混じったら泌尿器科へ相談を
精液に血が混じる「血精液症」は、初めて経験すると大きな不安を感じる症状ですが、多くの場合、命に関わるような深刻な病気が原因ではありません。特に若い方の場合、一時的な炎症や物理的な刺激によるものが多く、自然に改善することも珍しくありません。
しかし、血精液症の中には、前立腺炎、精嚢炎、前立腺肥大症といった治療が必要な病気や、まれに悪性腫瘍が隠れている可能性もゼロではありません。特に、症状が数週間以上続く、繰り返し起こる、痛みや発熱などの他の症状を伴う、あるいは50歳以上の方の場合は、医療機関での詳しい検査が必要です。
ご自身の精液に血が混じっていることに気づいたら、まずは落ち着いて精液の色や量、他の症状の有無などを確認してください。そして、自己判断で様子を見すぎず、早めに泌尿器科を受診することをおすすめします。泌尿器科医は血精液症に関する専門知識を持っており、適切な問診、診察、必要な検査(尿検査、超音波検査、PSA検査など)を行うことで、原因を特定し、適切な治療やアドバイスを提供してくれます。
血精液症はデリケートな症状であり、一人で悩みを抱え込みがちですが、専門家への相談は決して恥ずかしいことではありません。不安を解消し、安心して過ごすためにも、ぜひ一歩踏み出して泌尿器科を受診してみてください。早期に原因を知ることで、不必要な心配をなくしたり、必要な治療を迅速に開始したりすることができます。