お腹の調子が悪い日が続き、「もしかして何か病気かも?」と不安を感じていませんか?
特に、腹痛や下痢、便秘、ガスといった症状が慢性的に続く場合、過敏性腸症候群(IBS)の可能性があります。
過敏性腸症候群は、検査をしても腸に明らかな異常が見つからないにも関わらず、つらいお腹の症状が続く病気です。
この記事では、過敏性腸症候群の主な症状、タイプ別の特徴、原因、そして症状を和らげるための方法や受診の目安について詳しく解説します。
ご自身のお腹の症状と照らし合わせながら読んでいただき、適切な対応の一助となれば幸いです。
過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome; IBS)は、お腹の痛みや不快感を伴う慢性的な便通異常を特徴とする機能性消化管疾患です。
機能性疾患とは、内視鏡検査や血液検査などで腸に炎症や潰瘍、腫瘍などの明らかな異常が見つからないにも関わらず、症状が現れる病気を指します。
過敏性腸症候群の定義と診断基準(Rome IV)
過敏性腸症候群の診断は、国際的な診断基準である「Rome基準」が用いられます。
現在、最新の基準はRome IV(ローマIV)基準です。
この基準では、以下の条件を満たす場合にIBSと診断されます。
- 過去3ヶ月の間で、1週間につき平均1日以上に腹痛が繰り返し起こること。
- その腹痛が、以下の3つの項目のうち2つ以上に関連していること。
- 排便に関連している
- 排便頻度の変化を伴う
- 便形状(外観)の変化を伴う
ただし、これらの診断基準はあくまで目安であり、診断には医師による詳細な問診や必要な検査(器質的な病気がないことを確認するための検査)が必要です。
自己判断で決めつけず、必ず専門医の診断を受けてください。
過敏性腸症候群の代表的な症状
過敏性腸症候群の症状は多岐にわたりますが、中心となるのは腹痛と便通異常です。
これらに加えて、お腹の張りやガスといった症状も多くの患者さんが経験します。
腹痛・腹部不快感と排便の関係
過敏性腸症候群の腹痛は、排便によって症状が和らぐという特徴があることが多いです。
痛みの感じ方や程度は人によって異なり、「差し込むような鋭い痛み」「重苦しい不快感」「お腹がゴロゴロ鳴る」など様々な表現がされます。
痛む場所も、お腹全体、下腹部、特定の部位など様々です。
特に起床時や食後に症状が悪化しやすい傾向が見られます。
これは、食事や覚醒が腸の動きを活発にさせるためと考えられています。
また、症状が強い時は、日常生活に支障をきたすほどの痛みになることもあります。
腹部不快感は、明確な痛みではないものの、お腹の張りや違和感、重たい感じなどが持続する状態です。
これも排便によって軽減されることが多く、IBSの重要な症状の一つです。
便通異常(下痢・便秘)
便通異常は、過敏性腸症候群の核となる症状です。
主なパターンとして、下痢、便秘、またはその両方を繰り返すという特徴があります。
- 下痢: 急な強い便意(切迫排便感)を伴い、トイレに駆け込むことが多いです。便の回数が増え、軟便や水様便が出ます。特に朝食後や緊張した場面で起こりやすく、外出や通勤・通学に支障をきたすことがあります。
- 便秘: 便の回数が減り、硬くてコロコロした便が出たり、兎糞状(ウサギのフンのような)の便が出たりします。排便してもスッキリしない(残便感)を強く感じることが特徴です。
- 下痢と便秘の繰り返し: 数日間便秘が続いた後に、突然強い下痢が起こるなど、便通異常のパターンが変動するタイプもあります。
これらの便通異常は、単なる体調不良による一時的なものではなく、長期間(通常3ヶ月以上)にわたって繰り返し現れるのがIBSの特徴です。
腹部膨満感・ガス
お腹の張り(腹部膨満感)やガス(おなら)も、過敏性腸症候群でよく見られる症状です。
「お腹が張って苦しい」「ズボンがきつく感じる」「お腹がパンパンになる」「おならがたくさん出る」「お腹がゴロゴロ鳴る」といった訴えが多く聞かれます。
これは、腸内でガスが過剰に発生したり、発生したガスがうまく排出されずに溜まったりすることが原因と考えられています。
特に食後に症状が悪化しやすく、人前でのおならを気に病んで社会生活に支障をきたす方もいます。
過敏性腸症候群のタイプ別症状
過敏性腸症候群は、便通異常のパターンによって大きく4つのタイプに分類されます。
この分類は、症状の理解や治療法の選択において非常に重要です。
過敏性腸症候群の4つのタイプ(分類)
過敏性腸症候群の診断基準であるRome IVでは、過去3ヶ月間の排便のうち、異常な便(硬すぎる便または軟らかすぎる便)が占める割合に基づいて、以下の4つのタイプに分類されます。
タイプ | 便の性状(異常な便※)の割合 | 特徴 |
---|---|---|
下痢型 (IBS-D) | 25%以上が軟便または水様便 | 腹痛と主に下痢を伴う |
便秘型 (IBS-C) | 25%以上が硬便または兎糞状便 | 腹痛と主に便秘を伴う |
混合型 (IBS-M) | 25%以上が硬便、かつ25%以上が軟便 | 腹痛と便秘・下痢を繰り返す |
分類不能型 (IBS-U) | 上記のいずれにも分類されない | 腹痛や腹部不快感を伴うが、便通異常が非典型的 |
※ここでいう「異常な便」とは、ブリストルスケールでタイプ1または2(硬便・兎糞状便)を便秘、タイプ6または7(軟便・水様便)を下痢と定義します。
ブリストルスケールとは
ブリストルスケールは、便の形状を7段階に分類した指標です。
医療現場でも、患者さんの便の性状を客観的に評価するために広く用いられています。
- タイプ1: 硬いコロコロの塊(ウサギのフンのよう) → 強い便秘
- タイプ2: ソーセージ状だが塊の集合で硬い → 便秘
- タイプ3: ソーセージ状だが表面にひび割れ → 正常に近いがやや硬め
- タイプ4: ソーセージ状で表面がなめらか → 正常
- タイプ5: 柔らかい塊(かゆ状)、はっきりした輪郭 → やや軟らかめ
- タイプ6: 綿くず状でベタベタしている → 軟便
- タイプ7: 水様便、形がない → 下痢
過敏性腸症候群の下痢型(IBS-D)の症状と特徴
IBS-Dは、腹痛と強い下痢が主な症状です。
- 腹痛: 食後や起床時に起こりやすく、排便すると一時的に痛みが和らぐことが多いです。
- 下痢: 突然の強い便意(切迫便意)があり、我慢できないことがあります。通勤・通学中や会議中など、トイレに行きにくい状況で便意を催すことが、日常生活に大きな支障をきたします。便の回数も1日に数回から10回以上に及ぶこともあります。便の性状は、軟便から水様便まで様々です。
- 腹部膨満感・ガス: 腹部の張りやゴロゴロ感、おならが増えるといった症状もよく見られます。
特に精神的な緊張やストレスによって症状が悪化しやすいのが特徴です。
急な環境の変化や重要なイベントの前などに症状が強く現れることがあります。
過敏性腸症候群の便秘型(IBS-C)の症状と特徴
IBS-Cは、腹痛と頑固な便秘が主な症状です。
- 腹痛: 便秘に伴って腹痛や腹部不快感が生じ、排便後に軽減することが多いです。お腹全体が重苦しい感じや、特定の部位が痛むこともあります。
- 便秘: 排便回数が週に3回未満になったり、排便に強い努力が必要だったり、硬便や兎糞状便が出たりします。排便後も便が残っている感じ(残便感)が強く、スッキリしません。
- 腹部膨満感・ガス: お腹の張りやガスが溜まる感じを強く訴える方が多いです。これは、便が滞留することで腸内でガスが発生しやすくなるためと考えられます。
便秘が数日間続き、その間腹痛や腹部膨満感が強まり、やっと排便があっても少量であったり、硬い便であったりするため、症状がなかなか改善しないと感じやすいタイプです。
過敏性腸症候群の混合型(IBS-M)の症状と特徴
IBS-Mは、下痢と便秘の両方を繰り返すタイプです。
- 腹痛: 下痢の時も便秘の時も腹痛を伴います。排便によって症状が和らぐ点は他のタイプと同様です。
- 便通異常: 数日間便秘が続いた後、突然激しい下痢が起こるなど、便通のパターンが予測不能に変動するのが最大の特徴です。便の性状も、硬い便と軟らかい便(または水様便)が混在します。
- 腹部膨満感・ガス: 腹部の張りやガスといった症状も、便通のパターンに応じて現れたり消えたりします。
このタイプは、症状が不安定で予測しにくいため、日常生活への影響が大きい傾向があります。
今日は下痢の心配、明日は便秘の苦しみ、といったように症状に振り回される感覚が強くなることがあります。
過敏性腸症候群の分類不能型(IBS-U)の症状
IBS-Uは、腹痛や腹部不快感はあるものの、便通異常のパターンがIBS-D、IBS-C、IBS-Mのいずれにも明確に分類されないタイプです。
- 腹痛・腹部不快感: Rome IV基準を満たす腹痛や不快感はありますが、下痢や便秘の明確な定義に当てはまらない便通異常を伴います。例えば、便の性状は正常に近いものの、排便回数だけが異常に多い、または少ないといったケースなどが含まれます。
- 便通異常: 便の性状が特定のパターンに偏らない、または異常な便が占める割合がRome IV基準の閾値(25%)を下回るといった特徴があります。
- 腹部膨満感・ガス: 他のタイプと同様に、腹部の張りやガスを伴うことがあります。
このタイプは診断がやや難しく、他の機能性消化管疾患との鑑別も必要になることがあります。
過敏性腸症候群の症状チェックと診断
ご自身のお腹の症状が過敏性腸症候群によるものか気になる場合、まずはセルフチェックをしてみることができます。
ただし、正確な診断のためには必ず医療機関を受診してください。
あなたの症状はIBSかも?セルフチェックのポイント
以下の項目に当てはまるか、ご自身の症状を振り返ってみましょう。
- お腹の痛みや不快感が繰り返し起こる
- その痛みや不快感が排便すると和らぐことがある
- お腹の症状が出ている期間は、便の回数が増えたり減ったりする
- お腹の症状が出ている期間は、便の形や硬さが変わる(下痢になったり、硬くなったりする)
- このような症状が3ヶ月以上続いている
- 特に、過去6ヶ月以内にこれらの症状が始まった、または悪化したことがある
これらの項目に複数当てはまる場合、過敏性腸症候群の可能性があります。
過敏性腸症候群の診断テストや重症度チェック
過敏性腸症候群を診断するための特別な検査(血液検査や画像検査など)は基本的にありません。
診断は主に、医師による詳細な問診に基づいて行われます。
医師は、症状の種類、頻度、持続期間、排便との関係性、症状が悪化する・和らぐ要因などを詳しく聞き取ります。
また、症状の重症度を評価するために、問診票を用いたり、Rome IV診断基準の項目を一つずつ確認したりすることがあります。
重症度チェックは、今後の治療方針を決定する上で参考になります。
ただし、これらのチェックや基準はあくまで「過敏性腸症候群の可能性が高いかどうか」を判断するためのものであり、診断を確定するものではありません。
医療機関での診断プロセス
医療機関では、過敏性腸症候群を診断する前に、まず他の重篤な病気(器質的な病気)がお腹の症状の原因ではないかを確認することが最も重要です。
このプロセスを「除外診断」といいます。
一般的な診断プロセスは以下のようになります。
- 問診: 症状の詳細(種類、いつから、頻度、パターン、排便との関係、食生活、生活習慣、ストレス、家族歴など)を詳しく聞き取ります。特定の警告症状(Alarm symptoms)がないかを確認します。
- 身体診察: お腹を触診し、圧痛や腫れがないかなどを確認します。
- 必要に応じた検査: 問診や身体診察の結果、または年齢や症状の種類によっては、以下の検査が行われることがあります。
- 血液検査: 炎症を示す数値がないか、貧血がないかなどを確認します。
- 便検査: 便に血液が混じっていないか、特定の感染症の原因菌がいないかなどを調べます。
- 大腸内視鏡検査: 大腸の粘膜を直接観察し、炎症、潰瘍、ポリープ、がんなどの器質的な病気がないかを確認します。特に、警告症状がある場合や高齢で初めて症状が出た場合などに推奨されます。
- 腹部X線検査、腹部超音波検査、CT検査: 腸閉塞や腫瘍など、他の原因がないかを確認するために行われることがあります。
これらの検査で器質的な病気が見つからず、かつRome IV診断基準を満たす症状が確認された場合に、過敏性腸症候群と診断されます。
症状が似ている他の疾患との区別
過敏性腸症候群の症状は、他の様々な消化器疾患の症状と似ていることがあります。
そのため、正確な診断のためには、これらの疾患を除外することが非常に重要です。
IBSと間違えやすい主な疾患:
- 炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎): 腸に慢性の炎症が起こる病気です。腹痛、下痢、血便、発熱、体重減少などが起こり、IBSと症状が似ることがありますが、内視鏡検査で炎症や潰瘍が確認される点で異なります。
- 感染性腸炎: 細菌やウイルス感染によって起こる一時的な下痢や腹痛です。通常は数日で改善しますが、中には症状が長引く場合もあります。IBSは慢性的な症状が特徴です。
- 大腸がん: 初期には自覚症状がないことが多いですが、進行すると便通異常(便秘と下痢の繰り返し)、血便、腹痛、体重減少などが現れることがあります。年齢や警告症状がある場合は、大腸がんを否定するための検査(大腸内視鏡検査など)が必須です。
- セリアック病: 小麦などに含まれるグルテンに対する免疫反応で小腸に炎症が起こる病気です。下痢、腹痛、腹部膨満感、体重減少などIBSと似た症状が出ますが、血液検査や生検で診断されます。日本では比較的稀です。
- 乳糖不耐症: 乳製品に含まれる乳糖を分解する酵素が不足しているため、乳製品を摂取すると下痢や腹部膨満感が起こります。特定の食品に関連する点がIBSとの区別になります。
- 器質的な便秘: 腸の働きの低下や物理的な閉塞など、器質的な原因による便秘です。
医師は、問診で得られた情報や各種検査の結果を総合的に判断し、これらの疾患を除外した上で過敏性腸症候群の診断を行います。
過敏性腸症候群の症状の背景にあるもの(原因)
過敏性腸症候群の原因は一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。
まだ完全に解明されているわけではありませんが、現在の研究では以下のような要因が有力視されています。
過敏性腸症候群の主な原因
- 脳腸相関の異常: 脳と腸は自律神経やホルモン、免疫系などを介して密接に情報交換をしています(脳腸相関)。過敏性腸症候群では、この脳と腸の連携がうまくいかず、脳からの信号が腸に過剰に伝わったり、逆に腸からの信号が脳に過剰に伝わったりすることで、腹痛や便通異常が生じると考えられています。
- 内臓知覚過敏: 腸が少し伸びたり収縮したりする程度の刺激に対しても、痛い、張る、といった感覚を過剰に感じてしまう状態です。健康な人なら何とも感じない刺激が、IBS患者さんではつらい症状として認識されてしまいます。
- 腸の運動異常: 腸の蠕動(ぜんどう)運動(内容物を先に送り出す動き)が、速すぎたり(下痢型)、遅すぎたり(便秘型)、不規則だったりすることが、便通異常の原因となります。
- 腸内細菌叢の異常: 腸内に生息する細菌のバランスが崩れること(ディスバイオシス)が、IBSの発症や症状の悪化に関わっている可能性が指摘されています。特定の種類の細菌が増えすぎたり減りすぎたりすることで、ガスが過剰に発生したり、腸の動きに影響を与えたりすると考えられています。
- 遺伝的要因: IBSになりやすい体質が遺伝する可能性も示唆されています。
- 過去の感染性腸炎: 一度感染性腸炎にかかった後、IBSのような症状が続くようになる「感染後IBS」があることが知られています。感染による腸の粘膜の炎症や、腸内細菌叢の変化などが関わっていると考えられています。
ストレスと腸の関係
ストレスは、過敏性腸症候群の症状を悪化させる最大の要因の一つです。
精神的なストレスを感じると、脳から自律神経を介して腸に信号が伝わり、腸の動きが異常になったり、内臓知覚過敏が強まったりします。
- 例1(下痢型): 大事な試験の前やプレッシャーのかかる仕事中に、急にお腹が痛くなり下痢をする。
- 例2(便秘型): 引っ越しや転職など環境が大きく変わり、精神的な負担が増えたことで、頑固な便秘が続くようになった。
このように、ストレスは直接的に、あるいは脳腸相関を介して、IBSの様々な症状を引き起こしたり強めたりします。
逆に、IBSによるつらい症状自体が、患者さんの大きなストレスとなり、症状をさらに悪化させるという悪循環が生じることもあります。
腸内環境の乱れ
近年の研究では、腸内細菌叢(腸内フローラ)の乱れが過敏性腸症候群の発症や症状に深く関わっている可能性が注目されています。
- ガスの過剰発生: 特定の腸内細菌が特定の食品成分を分解する際に、メタンガスや水素ガスなどが過剰に発生し、これが腹部膨満感や腹痛の原因になることがあります。
- 免疫系の活性化: 腸内細菌叢の乱れが腸の粘膜の免疫系を活性化させ、炎症を起こしたり、内臓知覚過敏を引き起こしたりする可能性も指摘されています。
- 腸の運動への影響: 腸内細菌が産生する物質が、腸の運動や知覚に影響を与えることも考えられています。
抗生物質の服用や偏った食生活、ストレスなどが腸内環境を乱す要因となり得ます。
その他考えられる要因
上記の主要な原因以外にも、以下のような要因が過敏性腸症候群の発症や症状に関わっていると考えられています。
- 特定の食品: 脂質の多い食事、香辛料、カフェイン、アルコール、炭酸飲料などが症状を誘発または悪化させることがあります。特に、特定の糖質(FODMAP)が症状に関わっているという考え方も広まっています。
- ホルモン: 女性ホルモンが腸の動きや知覚に影響を与えるため、女性では月経周期に関連して症状が変化することがあります。
- 睡眠不足: 睡眠不足は自律神経の乱れを引き起こし、IBSの症状を悪化させる可能性があります。
- 運動不足: 適度な運動は腸の動きを助け、ストレス解消にもつながりますが、運動不足はこれらの効果を期待しにくくなります。
これらの要因が単独で、あるいは組み合わさることで、過敏性腸症候群の様々な症状が引き起こされると考えられています。
過敏性腸症候群の症状以外の変化
過敏性腸症候群は、主に消化器症状を特徴としますが、それ以外の身体的・精神的な変化を伴うこともあります。
症状によって「痩せる」ことはあるのか?
過敏性腸症候群自体が直接の原因となって著しく体重が減少することは稀です。
IBSは腸の機能的な問題であり、食べ物の消化吸収能力が極端に低下する病気ではないためです。
しかし、以下のような場合には、間接的に体重が減少したり、痩せたと感じたりすることがあります。
- 特定の食品を避けることによる栄養不足: 症状を恐れて食べるものを極端に制限しすぎた結果、必要な栄養素やカロリーが不足してしまう。
- 食欲不振: 腹痛や腹部不快感が強いため、食事をすること自体が億劫になり、食べる量が減ってしまう。
- ストレス: 過度のストレスによって食欲が低下する。
もし意図しない体重減少が続く場合は、過敏性腸症候群以外の、より重篤な病気(炎症性腸疾患や悪性腫瘍など)の可能性も考慮する必要があります。このような場合は、速やかに医療機関を受診してください。
精神的な症状(気にしすぎなど)との関連
過敏性腸症候群は、身体的な症状だけでなく、精神的な状態とも深く関連しています。
- 不安や抑うつ: 腹痛や便通異常がいつ起こるか分からないという不安、外出先でトイレに行けなかったらどうしようという心配、症状による疲労感などが、不安感や抑うつ状態を引き起こしたり悪化させたりすることがあります。
- 症状への過度の集中(気にしすぎ): 常に自分の体調やお腹の動きを気にしすぎていると、わずかな変化にも敏感になり、症状をより強く感じてしまうことがあります(内臓知覚過敏の増強)。
- 生活の質の低下: 症状によって外出を控えるようになったり、仕事や学業に集中できなかったりすることで、生活の質が著しく低下し、精神的な負担が増大します。
脳腸相関が示すように、脳の状態は腸に影響を与え、腸の状態は脳に影響を与えます。
そのため、精神的なケアも過敏性腸症候群の治療において非常に重要となります。
必ずしも「気にしすぎ」で片付けられる問題ではなく、脳と腸の機能的な連携の問題として捉えることが大切です。
過敏性腸症候群の症状改善と治療法
過敏性腸症候群の治療は、症状を完全に消失させるというよりも、症状をコントロールし、日常生活の質を改善することを目標とします。
治療法は、患者さんの症状のタイプや重症度、原因によって個別に行われます。
症状を和らげるためのセルフケア
医療機関での治療と並行して、ご自身でできるセルフケアも症状の改善に有効です。
食事療法(低FODMAP食など)
特定の食品が症状を誘発することがあるため、食事内容を見直すことは重要です。
- 症状を悪化させやすい食品を避ける: 脂っこいもの、香辛料、カフェイン、アルコール、炭酸飲料、冷たい飲み物などは、腸の動きを刺激したりガスを発生させたりすることがあります。症状が出やすい場合は、これらの摂取を控えてみましょう。
- FODMAP(フォドマップ): 最近注目されている食事療法の一つに、FODMAPの摂取量を減らす「低FODMAP食」があります。FODMAPは、小腸で吸収されにくく大腸で発酵しやすい特定の糖質群の総称で、これが腸内でガスを発生させたり水分を引き込んだりして、IBSの症状を引き起こすと考えられています。高FODMAP食品(例: 小麦、玉ねぎ、にんにく、りんご、特定の乳製品など)を一時的に制限し、症状が改善するかを試す方法ですが、栄養バランスが偏る可能性があるため、専門家(医師や管理栄養士)の指導のもとで行うことが推奨されます。
- 規則正しい食事: 毎日同じ時間に食事をすることで、腸の活動リズムが整いやすくなります。
- ゆっくりよく噛む: 食事中に空気を飲み込む量を減らし、消化を助けることで、腹部膨満感やガスの症状を和らげることができます。
生活習慣の改善
規則正しい生活は、自律神経のバランスを整え、腸の働きを安定させるのに役立ちます。
- 十分な睡眠: 睡眠不足は自律神経の乱れにつながります。質の良い睡眠を十分にとるように心がけましょう。
- 適度な運動: ウォーキングや軽いジョギングなど、適度な有酸素運動は腸の動きを促進し、ストレス解消にもつながります。ただし、激しい運動は症状を悪化させる場合もあるため、ご自身の体調に合わせて行いましょう。
- 排便習慣: 毎日同じ時間にトイレに行く習慣をつけることで、排便リズムを整える助けになります。便意があったら我慢しないことも大切です。
ストレスマネジメント
ストレスはIBSの大きな原因・悪化要因です。
ストレスを上手に管理することが症状の改善につながります。
- リラクゼーション: 深呼吸、瞑想、ヨガ、アロマセラピーなど、自分がリラックスできる方法を見つけて実践しましょう。
- 趣味や気分転換: 好きなことに没頭する時間を持つことで、ストレスから離れることができます。
- 十分な休息: 疲れすぎないように、こまめに休息をとりましょう。
- カウンセリング: ストレスの原因が自分で対処しきれない場合や、不安感が強い場合は、心理的なサポートを受けることも有効です。
医療機関での治療法
過敏性腸症候群の治療には、様々な薬物療法や心理療法があります。
医師は患者さんの症状やタイプに合わせて、これらの治療法を組み合わせて行います。
薬物療法
過敏性腸症候群に使用される薬は多岐にわたり、症状に合わせて使い分けられます。
症状 | 主な薬剤の種類 | 作用 | 具体例 |
---|---|---|---|
下痢 | 消化管運動抑制薬 セロトニン3(5-HT₃)受容体拮抗薬 高分子重合体 |
腸の過剰な動きを抑える 内臓知覚過敏を和らげ、腸の運動を調整 便中の水分を吸収し、便を固める |
ロペラミド(頓服) ラモセトロン ポリカルボフィルカルシウム |
便秘 | 浸透圧性下剤 刺激性下剤(頓服) 上皮機能変容薬 グアニル酸シクラーゼC受容体刺激薬 |
腸内に水分を引き込み、便を軟らかくする 腸を刺激し、排便を促す 腸管からの水分分泌を促進する 腸管からの水分分泌を促進する |
酸化マグネシウム ピコスルファートナトリウム(頓服) ルビプロストン リンゼス、アミティーザ |
腹痛・腹部不快感 | 消化管運動調節薬(抗コリン薬) セロトニン3(5-HT₃)受容体拮抗薬 三環系抗うつ薬 |
腸の異常な収縮を抑え、痛みを和らげる 内臓知覚過敏を和らげる 内臓知覚過敏を和らげたり、脳腸相関に作用したりする(低用量使用) |
ブチルスコポラミン(頓服) ラモセトロン イミプラミン、アミトリプチリン |
腹部膨満感・ガス | 消化管運動調節薬 消泡剤 プロバイオティクス |
腸の異常な収縮を抑え、ガスの移動を助ける 腸内のガスを消しやすくする 腸内環境を整え、ガス発生を抑制 |
トリメブチン ジメチコン ビフィズス菌製剤、乳酸菌製剤など |
共通 | 整腸剤(プロバイオティクス、プレバイオティクス) | 腸内細菌叢のバランスを改善し、腸の機能を整える | ビフィズス菌製剤、乳酸菌製剤、酪酸菌製剤、食物繊維製剤など |
これらの薬は、症状に応じて単独で、または組み合わせて使用されます。
効果には個人差があり、また副作用が出現することもあるため、必ず医師の指示に従って服用することが重要です。
特に、市販の便秘薬や下痢止めを自己判断で長期間使用することは、かえって症状を悪化させたり、診断を遅らせたりする可能性があるため避けるべきです。
心理療法
過敏性腸症候群では、脳腸相関の異常やストレスが大きく関わっているため、心理的なアプローチも有効な治療法となります。
- 認知行動療法(CBT): 症状に対する患者さんの誤った認知(考え方)や行動パターンを修正し、ストレスへの対処法を学ぶことで、症状の改善を目指します。例えば、「腹痛が起きたらどうしよう」という不安が強い場合に、その考え方をより現実的なものに変える練習をしたり、不安を和らげるためのリラクゼーション法を習得したりします。
- 催眠療法: 専門家による催眠誘導によってリラックスした状態を作り出し、腸の感覚や運動をコントロールするための暗示を与える方法です。
- ストレス管理: ストレスの原因を特定し、効果的な対処法を見つけるためのカウンセリングです。
これらの心理療法は、薬物療法で症状が十分に改善しない場合や、精神的なストレスが症状に強く影響している場合に検討されます。
どのような症状なら医療機関を受診すべきか
過敏性腸症候群は命に関わる病気ではありませんが、症状が長期間続くとQOL(生活の質)を著しく低下させます。
つらい症状を抱え込まず、適切な診断と治療を受けることが大切です。
受診を検討する目安となる症状
以下のような症状がある場合は、医療機関を受診して相談することを強くお勧めします。
- 腹痛や便通異常(下痢、便秘、またはその繰り返し)が3ヶ月以上続く
- セルフケア(食事や生活習慣の改善)を試しても症状が改善しない
- 症状によって日常生活(仕事、学業、外出、人間関係など)に支障が出ている
- お腹の症状が気になり、精神的に落ち込んだり不安になったりしている
- 以下の警告症状(Alarm symptoms)がある場合:
- 体重が減ってきた(意図しない)
- 便に血が混じる(血便)
- 発熱がある
- 貧血がある(疲れやすい、顔色が悪いなど)
- 夜間にも症状がある(特に下痢で目が覚めるなど)
- お腹にしこりを感じる
- 家族に炎症性腸疾患や大腸がんの人がいる
- 50歳以上で初めて症状が出た
特に警告症状がある場合は、過敏性腸症候群以外の重篤な病気の可能性も考えられるため、速やかに医療機関を受診してください。
何科を受診すれば良いか
過敏性腸症候群の症状がある場合、まずは消化器内科を受診するのが適切です。
消化器内科医は、食道、胃、小腸、大腸、肝臓、胆嚢、膵臓など、消化器全般の病気を専門としています。
過敏性腸症候群の診断には、他の消化器疾患を除外するための専門的な知識と経験が必要です。
かかりつけの内科医にまず相談しても良いですが、必要に応じて消化器内科を紹介してもらうと良いでしょう。
過敏性腸症候群の症状まとめ
過敏性腸症候群は、検査で明らかな異常が見つからないにも関わらず、腹痛や腹部不快感を伴う慢性的な便通異常(下痢、便秘、混合、分類不能)を特徴とする機能性消化管疾患です。
腹部膨満感やガスも多くの患者さんが経験するつらい症状です。
原因は脳腸相関の異常、内臓知覚過敏、腸の運動異常、腸内環境の乱れなど、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられており、特にストレスが症状を悪化させる大きな要因となります。
診断は主に問診に基づいて行われますが、他の器質的な病気を除外するための検査(血液検査、便検査、内視鏡検査など)が重要です。
治療には、食事療法や生活習慣の改善、ストレスマネジメントといったセルフケアと、症状に応じた薬物療法や心理療法があります。
これらの治療を組み合わせることで、症状をコントロールし、生活の質を改善することが可能です。
もし、つらいお腹の症状が続いている場合は、一人で悩まず、消化器内科を受診して相談しましょう。
特に体重減少や血便などの警告症状がある場合は、速やかな受診が必要です。
適切な診断と治療によって、症状は改善され、より快適な日常生活を送ることができるようになります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 過敏性腸症候群は完治しますか?
過敏性腸症候群は、完全に症状がなくなるという意味での「完治」は難しい場合が多いですが、適切な治療やセルフケアによって症状を大きく改善させ、コントロールすることは十分に可能です。
再発しやすい病気ですが、ご自身の症状パターンや悪化要因を理解し、対処法を身につけることで、症状に振り回されることなく日常生活を送れるようになります。
Q2. 子供でも過敏性腸症候群になりますか?
はい、子供でも過敏性腸症候群になることがあります。
特に学童期から思春期にかけて多く見られます。
子供の場合も、腹痛と便通異常(下痢や便秘)が主な症状で、学校でのストレスや家庭環境なども影響することがあります。
子供のつらいお腹の症状が続く場合は、小児科や消化器科を受診して相談してください。
Q3. 食事だけで過敏性腸症候群を治すことはできますか?
食事療法は過敏性腸症候群の症状緩和に非常に有効な方法の一つですが、食事だけで完全に治すことは難しいのが現状です。
IBSの原因は食事だけでなく、脳腸相関や内臓知覚過敏、ストレスなど複数の要因が関わっているためです。
食事療法は、あくまで治療全体の一部として位置づけられます。
ご自身の症状を誘発しやすい食品を特定し、バランスの取れた健康的な食事を心がけることが大切です。
Q4. 過敏性腸症候群は遺伝しますか?
過敏性腸症候群になりやすい体質が遺伝する可能性が示唆されています。
家族内にIBSの人がいる場合、そうでない人に比べて発症リスクがやや高まるとする研究報告があります。
ただし、遺伝だけでIBSが決まるわけではなく、生活習慣や環境要因なども複雑に関わっています。
免責事項:
この記事は、過敏性腸症候群の症状に関する一般的な情報提供を目的として作成されたものであり、病気の診断、治療、予防を保証するものではありません。ご自身の症状については、必ず医療機関を受診し、医師の診断と指導を受けてください。記事中の情報に基づいて行われた行為の結果について、当方は一切の責任を負いかねますのでご了承ください。