男性の更年期障害は、女性のそれに比べてあまり知られていませんが、多くの男性が40代以降に心身のさまざまな不調を感じることがあります。これは「男性更年期障害」や「LOH症候群(Late-onset hypogonadism)」と呼ばれ、男性ホルモン、特にテストステロンの低下が深く関わっています。
原因がはっきりせず、年のせいだと諦めてしまう方も少なくありませんが、適切な診断と治療、そして生活習慣の見直しによって、症状の改善が期待できます。もしあなたが、以前より疲れやすくなった、やる気が出ない、体調が優れないといった不調を感じているなら、それは男性更年期障害かもしれません。この記事では、男性更年期障害の症状、原因、診断方法、治療法、そしてご自身でできる対策について詳しく解説します。あなたの不調の正体を知り、改善に向けた一歩を踏み出すための情報源として、ぜひ参考にしてください。
更年期障害男性(LOH症候群)とは
男性の更年期障害は、医学的には「LOH症候群(Late-onset hypogonadism)」と呼ばれています。これは、主に加齢に伴う男性ホルモン(アンドロゲン)、特にテストステロンの分泌低下によって引き起こされる、様々な身体的および精神的な症状の複合体です。女性の更年期障害が閉経という明確なイベントによって発症時期がある程度特定されるのに対し、男性の場合はホルモン低下が比較的緩やかで個人差が大きいため、気づきにくい場合があります。
LOH症候群は、単に年を取ったことによる衰えとして片付けられがちな症状が多く含まれるため、本人も周囲もその原因に気づかないことがあります。しかし、この症候群は単なる老化現象ではなく、治療によって症状が改善し、QOL(生活の質)を大きく向上させることが期待できる病態です。適切に診断され、適切なケアを受けることが非常に重要になります。
LOH症候群と男性ホルモン(テストステロン)の関係
LOH症候群の根本的な原因は、男性ホルモンの中心であるテストステロンの分泌量が加齢に伴い減少することにあります。テストステロンは主に精巣で作られ、一部は副腎からも分泌されます。脳の視床下部や下垂体がテストステロンの分泌を調節していますが、これらの連携も加齢とともに機能が低下することがあります。
テストステロンの減少は、精巣自体の機能低下(原発性性腺機能低下症)や、脳からの指令系統の機能低下(中枢性性腺機能低下症)など、いくつかの要因が組み合わさって起こります。特に中高年男性では、加齢による精巣機能の自然な衰えに加え、ストレスや生活習慣の乱れなども影響し、テストステロンの分泌がさらに抑制されることがあります。この結果として、心身の様々な不調が現れるのがLOH症候群です。
テストステロンの重要な役割と低下の影響
テストステロンは、男性の体と心の健康維持に不可欠な非常に重要なホルモンです。思春期には男性器の発達や二次性徴(声変わり、ひげ、筋肉の発達など)を促し、成人期以降も以下のような多くの役割を果たしています。
- 性機能の維持: 性欲、勃起機能、射精機能に関与します。
- 筋肉と骨の健康: 筋肉量の維持や増加を助け、骨密度を保ち、骨粗鬆症を予防します。
- 造血作用: 赤血球の産生を促進します。
- 精神状態: 気分、意欲、集中力、認知機能に関与し、活力を与えます。
- 脂肪代謝: 内臓脂肪の蓄積を抑える働きがあります。
- 体毛・皮膚: ひげや体毛の成長、皮膚の状態に関わります。
このように多様な役割を持つテストステロンが低下すると、体や心の様々な機能に影響が現れます。性欲の減退やEDといった性機能の低下はもちろんのこと、筋肉量の減少や筋力低下、骨が脆くなる、疲れやすい、気分の落ち込みやイライラ、集中力の低下など、多岐にわたる症状が出現しやすくなります。これらの症状が複合的に現れることで、日常生活や社会生活に支障をきたす可能性があります。
男性更年期障害の主な原因
男性更年期障害(LOH症候群)の主な原因は、男性ホルモンであるテストステロンの分泌低下です。このテストステロンの低下には、いくつかの要因が複合的に関与しています。原因を知ることは、適切な対策や治療を行う上で非常に重要です。
加齢によるテストステロン値の自然な低下
男性のテストステロン値は、思春期にピークを迎え、その後は比較的安定した状態を保ちます。しかし、一般的に40代頃から徐々に低下し始めると言われています。この加齢に伴う自然な低下は避けられない生理的な変化です。精巣の機能が徐々に衰えることや、テストステロン分泌を制御する脳の機能もわずかに変化することが関与しています。
ただし、テストステロンの低下スピードや程度には個人差が非常に大きく、同じ年齢でも高い値を維持している人もいれば、比較的若い年代で低下が進む人もいます。そのため、「〇歳になったら必ず更年期障害になる」というものではありません。加齢はLOH症候群の最も基本的な要因の一つですが、それだけで全ての症状が説明できるわけではありません。他の要因も加わることで、症状が顕著になることがほとんどです。
ストレスや不規則な生活習慣の影響
現代社会において、男性のテストステロン低下に大きく影響していると考えられているのが、慢性的なストレスや不規則な生活習慣です。
- ストレス: 精神的・身体的なストレスは、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を増加させます。コルチゾールが増えすぎると、テストステロンの分泌を抑制する働きがあると言われています。仕事のプレッシャー、人間関係の悩み、経済的な不安など、長期にわたるストレスはテストステロン値を低下させる大きな要因となり得ます。
- 睡眠不足: 睡眠はホルモン分泌の調節に重要な役割を果たします。特にテストステロンは睡眠中に多く分泌されるため、慢性的な睡眠不足や睡眠の質の低下は、テストステロンの分泌を妨げる可能性があります。
- 運動不足: 適度な運動、特に筋力トレーニングはテストステロンの分泌を促進することが知られています。運動不足は筋肉量の減少だけでなく、テストステロン値の低下にも繋がります。
- 食生活の偏り: バランスの取れた食事はホルモンバランスを整える上で重要です。特に亜鉛やビタミンDなどの栄養素はテストステロンの生成に関わると言われています。栄養バランスの偏りや過度な飲酒、肥満などもテストステロン低下のリスクを高めます。
- 喫煙: 喫煙も血管の健康に悪影響を与えるだけでなく、ホルモンバランスを崩し、テストステロン値を低下させる可能性が指摘されています。
このように、加齢に加えて、ストレスや生活習慣の乱れがテストステロンの低下を加速させたり、症状を悪化させたりする主要な原因と考えられています。特に、仕事で多忙な働き盛りの男性は、これらの要因が重なりやすいため注意が必要です。
見逃せない男性更年期障害の症状
男性更年期障害(LOH症候群)の症状は非常に多岐にわたり、個人によって現れる症状やその程度は大きく異なります。そのため、「これが男性更年期障害の症状だ」と特定しにくく、単なる疲れや老化として見過ごされてしまうことが少なくありません。しかし、これらの症状はテストステロン低下のサインである可能性があり、放置すると生活の質を著しく低下させるだけでなく、他の健康問題に繋がることもあります。ここでは、主な症状を精神的な症状、身体的な症状、性機能関連の症状に分けて詳しく見ていきます。
精神的な症状(意欲低下、イライラ、抑うつ)
精神的な症状は、男性更年期障害で比較的よく見られる症状の一つです。テストステロンは脳機能にも関わるため、その低下は精神状態に影響を及ぼします。
- 意欲低下・興味の喪失: これまで楽しんでいた趣味や活動に対する興味を失ったり、仕事や日常生活に対するやる気がなくなったりします。物事に取り組むのが億劫になり、何事にも無気力になることがあります。
- 集中力・記憶力の低下: 集中力が続かず、物忘れが多くなるなど、認知機能の低下を感じることがあります。仕事の効率が落ちたり、ミスが増えたりすることもあります。
- イライラ・怒りっぽくなる: 些細なことでイライラしたり、以前なら気にならなかったことで腹を立てたりと、感情のコントロールが難しくなることがあります。攻撃的になったり、すぐにカッとなったりすることもあります。
- 気分の落ち込み・抑うつ: ゆううつな気分が続き、悲観的になったり、将来への不安を感じたりします。場合によっては、不眠を伴ううつ病のような状態になることもあります。
- 不安感: なんとなく漠然とした不安を感じやすく、落ち着かない気分になることがあります。
これらの精神的な症状は、うつ病や適応障害など他の精神疾患と区別がつきにくい場合があります。しかし、男性更年期障害によるものである場合、テストステロンを補充する治療によって改善することが期待できます。
身体的な症状(疲労感、筋肉痛、関節痛)
身体的な症状も、男性更年期障害の代表的なものです。テストステロンは筋肉や骨、血管など全身の組織に影響を与えるため、その低下は全身の不調を引き起こします。
- 慢性的な疲労感・倦怠感: 十分に休息をとっても疲れが取れない、常に体がだるい、といった慢性的な疲労感を感じます。以前のように活発に動くのが辛く感じられます。
- 筋肉量の減少・筋力低下: 特に運動をしていないのに筋肉が落ちたように感じたり、以前より重いものが持ち上げられなくなったり、疲れやすくなったりします。
- 関節痛・筋肉痛: 原因がはっきりしない肩、腰、膝などの関節痛や、筋肉の痛みを感じることがあります。
- 発汗・ほてり: 突然顔や首から大量の汗が出たり、体が熱く感じたりする「ホットフラッシュ」のような症状が出ることがあります。
- 不眠・睡眠障害: 寝つきが悪くなる、夜中に何度も目が覚める、朝早く目が覚めてしまうなど、睡眠に関するトラブルが増えます。
- 頭痛・めまい・動悸: 原因不明の頭痛、立ちくらみやふらつき、心臓がドキドキするといった症状が現れることがあります。
- 内臓脂肪の増加: テストステロンは脂肪代謝にも関わるため、低下すると内臓脂肪がつきやすくなり、お腹周りが太くなることがあります。
- 骨密度の低下: 長期的なテストステロン低下は骨を弱くし、骨粗鬆症のリスクを高めます。
これらの身体症状は、他の様々な病気でも起こりうるため、まずは他の原因がないか医療機関でしっかり検査を受けることが重要です。他の原因が見つからない場合、男性更年期障害を疑う必要があります。
性機能関連の症状(ED、性欲の減退)
性機能関連の症状は、男性更年期障害の最も特徴的な症状の一つです。テストステロンは性機能の維持に直接関わるため、その低下は性生活に大きな影響を与えます。
- 性欲の減退: 性行為に対する関心が薄れたり、性的な刺激に対する反応が鈍くなったりします。以前のような性欲を感じなくなる、あるいは完全に失ってしまうこともあります。
- ED(勃起不全): 十分な勃起が得られない、あるいは勃起を維持できないといった勃起不全の症状が現れます。朝立ちがなくなることも特徴的な兆候の一つです。
- 射精の勢いの減退: 射精時の感覚や勢いが弱くなったと感じることがあります。
- 性行為の頻度の低下: 性欲や勃起力の低下に伴い、性行為自体の頻度が減少します。
これらの性機能関連の症状は、多くの男性にとって非常にデリケートな問題であり、自己肯定感の低下やパートナーとの関係悪化に繋がることもあります。しかし、これらの症状も適切な治療によって改善が見込める場合が多いです。一人で抱え込まず、専門医に相談することが大切です。
自身の症状をチェックする(AMSスコア)
自分の症状が男性更年期障害によるものかどうかの目安として、「AMSスコア(Aging Male’s Symptoms scale)」という質問票があります。これは国際的に広く用いられている自己評価尺度で、17の項目について、症状の程度を「全くない(1点)」から「非常にひどい(5点)」までの5段階で評価します。合計点によって、更年期障害の可能性や重症度を判断するのに役立ちます。
AMSスコアの項目例(抜粋)
項目 | 全くない (1) | 軽い (2) | 中程度 (3) | 強い (4) | 非常にひどい (5) |
---|---|---|---|---|---|
疲労感、気力の減退 | |||||
関節の痛み、筋肉の痛み | |||||
発汗の増加、ほてり | |||||
眠気、しばしば疲労感を感じる | |||||
怒りっぽい、イライラする | |||||
緊張、神経過敏になる | |||||
憂うつな気分 | |||||
何かやり遂げられないと感じる | |||||
体の不調(胃のむかつき、便秘など) | |||||
性欲の減退 | |||||
勃起力の低下 | |||||
(その他、全17項目) |
AMSスコアの合計点による評価の目安
- 26点以下: 症状は軽度であり、更年期障害の可能性は低いと考えられます。
- 27点~36点: 軽度~中等度の症状があり、更年期障害の可能性があります。
- 37点~49点: 中等度の症状があり、更年期障害の可能性が高いと考えられます。専門医への相談が推奨されます。
- 50点以上: 重度の症状があり、更年期障害の可能性が非常に高いと考えられます。速やかに専門医に相談すべきです。
AMSスコアはあくまで自己チェックのための目安であり、これだけで診断が確定するわけではありません。症状が気になる場合は、必ず医療機関を受診し、医師の診断を受けるようにしてください。しかし、このスコアが高い場合は、男性更年期障害の可能性を真剣に考えるきっかけとなります。
男性更年期障害の診断方法
男性更年期障害(LOH症候群)の診断は、主に以下の3つの要素を組み合わせて総合的に判断されます。単に症状があるだけでは診断できず、専門医による詳細な評価が必要です。
医師による丁寧な問診
まず、医師が患者さんの症状について詳細な問診を行います。どのような症状が、いつ頃から、どのくらいの頻度や程度で現れているか、日常生活や仕事にどのように影響しているかなどを丁寧に聞き取ります。特に、精神的な症状、身体的な症状、性機能関連の症状について、患者さん自身が感じていること、困っていることを正直に伝えることが重要です。
また、既往歴(過去にかかった病気)、服用中の薬、家族歴、生活習慣(喫煙、飲酒、食生活、運動習慣、睡眠状況)、仕事や家庭でのストレス状況なども確認されます。これらの情報は、症状の原因が男性更年期障害によるものなのか、あるいは他の病気や生活習慣の乱れによるものなのかを判断する上で非常に役立ちます。恥ずかしがらずに、ありのままを伝えることが、適切な診断への第一歩となります。
AMSスコア(質問票)を用いた評価
前述したAMSスコア(Aging Male’s Symptoms scale)は、診断過程でも重要なツールとして用いられます。患者さんがAMSスコアを記入し、その結果を医師が確認します。AMSスコアは、患者さんが主観的に感じている症状の程度を客観的な数値として捉えることができるため、問診内容を補完し、症状の重症度を把握するのに役立ちます。
ただし、AMSスコアだけで診断が確定するわけではありません。AMSスコアが高い場合でも、他の病気が原因である可能性もありますし、スコアがそれほど高くない場合でも、テストステロン値が低く症状が出ているケースもあります。あくまで、問診や後述する血液検査の結果と合わせて総合的に評価されるものとなります。
血液検査によるテストステロン値の測定
男性更年期障害の診断において、最も客観的で重要な指標となるのが血液検査によるテストステロン値の測定です。血液中のテストステロン濃度を測定することで、ホルモン分泌が低下しているかどうかを科学的に確認します。
測定される主なテストステロンには、「総テストステロン」と「遊離テストステロン」があります。
- 総テストステロン: 血液中に存在する全てのテストステロンの量を示します。その多くはタンパク質と結合していますが、一部は遊離した状態で存在します。
- 遊離テストステロン: 血液中でタンパク質と結合せず、細胞に作用できる状態のテストステロンです。生理活性を持つのは主に遊離テストステロンであるため、より症状との関連が深いと考えられています。
日本の泌尿器科学会が示している診断基準の目安では、午前中に採血した総テストステロン値が8.5ng/mL以下である場合に、症状を伴っていればLOH症候群の可能性が高いとされています。ただし、検査方法や基準値は施設によって異なる場合があり、またテストステロン値は日内変動(一日のうちで変動すること)があるため、通常は午前中に採血を行います。また、一度の測定だけでなく、複数回測定して平均値を見ることもあります。
診断は、これらの問診、AMSスコア、そして血液検査の結果を総合的に判断して行われます。特に、症状があり、かつテストステロン値が明らかに低下している場合に、男性更年期障害(LOH症候群)と診断されます。甲状腺機能異常や貧血、他の精神疾患など、似たような症状を引き起こす別の病気がないかどうかも同時に検査し、鑑別診断を行うことも重要です。
男性更年期障害の主な治療法
男性更年期障害(LOH症候群)と診断された場合、症状の改善やテストステロン値の正常化を目指した治療が行われます。治療法は、症状の程度や患者さんの全身状態、合併症の有無などによって選択されます。主な治療法には、ホルモン補充療法、漢方薬、精神症状に対する薬物療法などがあります。
ホルモン補充療法(テストステロンの補充)
ホルモン補充療法(TRT: Testosterone Replacement Therapy)は、男性更年期障害の最も基本的な治療法です。低下したテストステロンを体外から補充することで、様々な症状の改善を目指します。テストステロンを補充する方法にはいくつかの種類があります。
- 筋肉注射: テストステロン製剤を数週間おきに筋肉注射する方法です。効果の持続期間が比較的長く、安定した血中濃度を維持しやすいという特徴があります。定期的な通院が必要になります。
- 塗り薬(ジェル、クリーム): テストステロンを含んだジェルやクリームを皮膚に塗る方法です。毎日自分で塗布できる簡便さがあります。皮膚からゆっくりと吸収されるため、比較的自然な血中濃度の上昇が期待できます。塗布部位からの接触による家族への影響に注意が必要です。
- 貼り薬(パッチ): テストステロンを含んだパッチを皮膚に貼る方法です。毎日または数日おきに貼り替えます。塗り薬と同様に自己管理が容易ですが、皮膚トラブル(かぶれなど)が起こる可能性があります。
ホルモン補充療法によって、性欲や勃起力の改善、疲労感やだるさの軽減、気分の改善、筋力増加、骨密度の維持などが期待できます。しかし、全ての人に効果があるわけではなく、また副作用のリスクも存在します。主な副作用としては、多血症(赤血球が増えすぎる)、PSA(前立腺特異抗原)の上昇(前立腺がんの可能性を示唆する場合がある)、睡眠時無呼吸症候群の悪化などが挙げられます。そのため、ホルモン補充療法を開始する前には、前立腺がんの有無などのスクリーニング検査が必須であり、治療中も定期的に血液検査やPSA検査を行い、効果と安全性を確認する必要があります。前立腺がんや重度の睡眠時無呼吸症候群、重度の心疾患などがある場合は、ホルモン補充療法の適応外となることがあります。医師とよく相談し、メリットとデメリットを理解した上で治療を選択することが重要です。
漢方薬による体調改善アプローチ
男性更年期障害の症状に対して、漢方薬が用いられることもあります。漢方医学では、体全体のバランスを整えることで不調を改善するという考え方をします。男性更年期障害の症状は、漢方医学でいう「腎虚(じんきょ)」や「気血両虚(きけつりょうきょ)」といった状態と関連があると考えられています。
男性更年期症状に用いられる代表的な漢方薬には、以下のようなものがあります。
- 補中益気湯(ほちゅうえっきとう): 疲労感、倦怠感、気力低下などに用いられます。体力を補い、胃腸の働きを助ける作用があります。
- 八味地黄丸(はちみじおうがん): 腎虚に用いられる代表的な漢方薬で、足腰の冷えや痛み、頻尿、排尿困難、EDなどに用いられることがあります。
- 六味地黄丸(ろくみじおうがん): 八味地黄丸から附子と桂皮を除いたもので、比較的体力がなく、のぼせやほてりなどの熱っぽい症状がある場合に用いられます。
- 加味逍遙散(かみしょうようさん): イライラ、不眠、不安感などの精神症状に用いられることがあります。気の巡りを改善し、精神的な緊張を和らげる作用があります。
漢方薬は、テストステロン値を直接的に上げる効果は限定的であることが多いですが、体全体のバランスを整え、様々な不調を改善することで、更年期症状の緩和に繋がる可能性があります。特に、ホルモン補充療法が適さない場合や、副作用が心配な場合、あるいはホルモン値はそれほど低くないが症状がある場合などに選択肢となります。個々の体質や症状に合わせて処方されるため、漢方に詳しい医師や薬剤師に相談することが大切です。西洋医学的な治療と併用することも可能です。
精神症状に対する薬物療法
男性更年期障害では、抑うつ気分、不安感、不眠などの精神症状が強く現れることがあります。これらの精神症状が日常生活に大きな支障をきたしている場合、精神科医や心療内科医と連携して、精神症状に特化した薬物療法が行われることがあります。
例えば、うつ病の症状が重い場合には抗うつ薬が処方されることがあります。不安感が強い場合には抗不安薬が、不眠に悩んでいる場合には睡眠導入剤が用いられることがあります。これらの薬は、テストステロン値を直接的に改善するものではありませんが、つらい精神症状を和らげることで、患者さんの精神的な負担を軽減し、他の治療法(ホルモン補充療法や生活習慣の改善)の効果が出やすくなるようにサポートします。
男性更年期障害の治療は、性ホルモンの補充だけでなく、精神的なケアも非常に重要です。症状に応じて、適切な専門家のサポートを受けることが、QOLの向上に繋がります。
男性更年期障害の自分でできる対策
医療機関での治療と並行して、あるいは症状が比較的軽度な場合や予防として、ご自身で生活習慣を見直すことも男性更年期障害の対策として非常に有効です。テストステロン値を維持・向上させ、心身の健康を保つためには、日々の生活習慣が大きく影響します。
テストステロンを効果的に増やす生活習慣
テストステロン値を上げるために、以下の生活習慣を意識することが大切です。
効果的な運動方法
適度な運動はテストステロン分泌を促進し、筋肉量や骨密度の維持にも役立ちます。
- 筋力トレーニング: 特にスクワットやデッドリフト、ベンチプレスなど、大きな筋肉を鍛える複合的なトレーニング(コンパウンド種目)が効果的と言われています。高負荷で短いインターバルで行うトレーニングも有効です。週に2~3回程度、無理のない範囲で継続することが重要です。
- 有酸素運動: ウォーキング、ジョギング、水泳などの有酸素運動も、心肺機能を高め、ストレス解消にもなり、テストステロン分泌をサポートします。週に150分程度(例えば一日30分を週5日)を目安に行うと良いでしょう。
- 運動の頻度と強度: 強度が高すぎたり、長時間やりすぎたりすると、逆にストレスホルモンが増えてテストステロンが低下することもあります。ご自身の体力や体調に合わせて、無理のない範囲で継続できる強度と頻度を見つけることが大切です。
質の良い睡眠をとるポイント
十分な睡眠はホルモンバランス、特にテストステロン分泌に不可欠です。
- 睡眠時間: 一般的に、成人は1日7~8時間の睡眠が必要と言われています。個人差はありますが、自分にとって適切な睡眠時間を確保しましょう。
- 規則正しい生活: 毎日同じ時間に寝て、同じ時間に起きるように心がけましょう。体内時計が整い、睡眠の質が向上します。
- 寝る前の習慣: 寝る前にカフェインやアルコールを摂りすぎない、寝る直前の喫煙を避ける、寝る前にスマホやパソコンを見ないなど、睡眠を妨げる習慣を見直しましょう。ぬるめのお風呂に入る、軽いストレッチをするなど、リラックスできる習慣を取り入れるのも効果的です。
- 寝室環境: 寝室は暗く、静かで、快適な温度・湿度に保ちましょう。
テストステロン増加に繋がる食事
栄養バランスの取れた食事は、テストステロンの生成に必要な栄養素を供給し、ホルモンバランスを整えます。
- タンパク質: 筋肉の維持・増加にも重要であり、テストステロンの材料にもなります。肉、魚、卵、大豆製品などをバランス良く摂取しましょう。
- 亜鉛: テストステロンの生成に不可欠なミネラルです。牡蠣、牛肉、豚肉、レバー、ナッツ類などに多く含まれます。
- ビタミンD: テストステロン値を高める可能性があると言われています。鮭、きのこ類、卵黄などに含まれる他、日光浴によって皮膚でも合成されます。
- DHEA(デヒドロエピアンドロステロン): 副腎から分泌されるホルモンで、体内でテストステロンなどの性ホルモンに変換される前駆体です。ヤマイモや山芋などに含まれるという情報もありますが、食品からの摂取効果は限定的であり、サプリメント摂取は医師との相談が必要です。
- バランスの取れた食事: 特定の食品だけを大量に摂るのではなく、主食、主菜、副菜を揃え、多様な食品から栄養を摂ることが大切です。
- 控えるべきもの: 過剰な糖分や飽和脂肪酸の摂取は、肥満や生活習慣病を招き、テストステロン低下に繋がる可能性があります。過度な飲酒も控えましょう。
ストレスマネジメントの重要性
慢性的なストレスはテストステロンの低下に直結するため、ストレスを適切に管理することが非常に重要です。
- ストレスの原因特定: 何がストレスになっているのかを具体的に洗い出してみましょう。
- リラクゼーション: 趣味の時間を持つ、好きな音楽を聴く、アロマテラピー、瞑想、深呼吸など、自分がリラックスできる方法を見つけて実践しましょう。
- 適度な休息: 忙しい中でも意識的に休息時間を確保し、心身を休ませることが大切です。
- 相談: 一人で抱え込まず、家族や友人、信頼できる同僚などに話を聞いてもらうことも効果的なストレス解消法です。必要であれば、専門家(カウンセラーなど)に相談することも検討しましょう。
- 考え方: ストレスを感じやすい状況でも、考え方を変えたり、完璧を求めすぎないようにしたりすることで、ストレスを軽減できる場合があります。
これらの生活習慣の改善は、テストステロン値を直接的に大幅に上昇させる魔法のような方法ではありませんが、継続することでホルモンバランスを整え、心身の健康を底上げし、更年期症状の予防や緩和に繋がる可能性が高いです。医療機関での治療と組み合わせることで、より効果的な改善が期待できます。
男性更年期障害で受診すべき病院
男性更年期障害(LOH症候群)の症状は多岐にわたるため、「何科を受診すれば良いのか分からない」と悩む方も多いかもしれません。適切な医療機関を受診することが、正確な診断と適切な治療を受けるための第一歩です。
何科を受診すれば良いか(泌尿器科、精神科、心療内科など)
男性更年期障害の可能性を疑った場合に、まず受診を検討すべきなのは泌尿器科です。男性ホルモン(テストステロン)は主に精巣で作られ、性機能とも深く関連するため、泌尿器科が男性ホルモンの専門領域の一つとなっています。多くの泌尿器科医は、男性更年期障害の診断やホルモン補充療法に関する知識や経験を持っています。特に、EDや性欲の減退といった性機能関連の症状が主な悩みである場合は、泌尿器科が最も適しているでしょう。
しかし、男性更年期障害の症状は精神的なものや全身的なものも含まれるため、他の科が適している場合もあります。
- 精神科・心療内科: 抑うつ気分、不安感、不眠などの精神的な症状が特に強く、日常生活に大きな支障をきたしている場合は、精神科や心療内科への受診も考慮すべきです。これらの科では、精神症状に特化した診断や治療(薬物療法、カウンセリングなど)を受けることができます。男性更年期障害が原因である可能性も考慮に入れつつ、精神的な側面からアプローチしてもらえます。
- 内科・かかりつけ医: まずは、普段から自分の健康状態をよく知っているかかりつけ医に相談してみるのも良い方法です。かかりつけ医は、患者さんの全体的な健康状態を把握した上で、男性更年期障害の可能性について助言をくれたり、必要に応じて適切な専門医を紹介してくれたりするでしょう。他の病気の可能性も考慮に入れ、一次的なスクリーニングを行ってくれます。
症状によって適切な科が異なりますが、迷う場合はまず泌尿器科か、かかりつけ医に相談することをお勧めします。男性更年期障害に詳しい医師であれば、たとえ専門外の症状であっても、適切な専門医を紹介してくれるはずです。
専門医や専門機関を探す方法
男性更年期障害の診断や治療には専門的な知識や経験が必要です。可能であれば、男性更年期障害やメンズヘルスに詳しい専門医がいる医療機関を受診したいと考える方もいるでしょう。専門医や専門機関を探すには、いくつかの方法があります。
- 関連学会のウェブサイト:
- 日本メンズヘルス医学会: 男性医学全般に関する学会で、男性更年期障害に関する情報提供や専門医のリストなどを公開している場合があります。
- 日本泌尿器科学会: 泌尿器科領域の学会で、会員情報や専門医制度に関する情報を掲載しており、地域ごとの専門医を検索できる機能があるかもしれません。
- 日本抗加齢医学会: アンチエイジング医学に関する学会で、男性更年期障害もその対象となることがあります。専門医や指導士のリストを公開していることがあります。
これらの学会のウェブサイトで、「専門医リスト」「認定施設」「会員名簿」といった情報を探してみると、お住まいの地域で男性更年期障害の診療を行っている専門医や医療機関を見つけられる可能性があります。
- インターネット検索: 「〇〇市 男性更年期外来」「〇〇県 LOH症候群 治療」といったキーワードで検索してみることも有効です。ただし、インターネット上の情報は玉石混交であるため、必ずしも信頼できる情報ばかりではありません。医療機関のウェブサイトで、診療内容や医師の専門分野などを確認し、実績や経験が豊富そうか判断する材料にすると良いでしょう。
- 紹介: かかりつけ医に相談した際に、男性更年期障害に詳しい専門医を紹介してもらうのが最も確実な方法の一つです。また、同じような悩みを持つ知人や友人から情報を得ることもあるかもしれません。
男性更年期障害の診療には、保険が適用される場合とされない場合があります(例えば、ホルモン補充療法は病気と診断されれば保険適用となることが多いですが、自由診療のクリニックなどもあります)。治療にかかる費用についても、事前に医療機関に確認しておくと安心です。
一人で悩まず、まずは専門的な知識を持った医師に相談することから始めましょう。適切な診断と治療によって、心身の不調が改善し、以前のような活力を取り戻せる可能性は大いにあります。
男性更年期障害は、加齢に伴うテストステロンの低下に加え、ストレスや生活習慣の乱れが複合的に影響して引き起こされる、男性の心身の不調です。意欲低下、疲労感、EDなど様々な症状が現れ、「年のせい」と見過ごされがちですが、適切な診断と治療によって改善が期待できる病態です。
診断は、医師による問診、AMSスコアによる評価、そして血液検査によるテストステロン値の測定を組み合わせて総合的に行われます。治療法としては、ホルモン補充療法が中心となりますが、漢方薬や精神症状に対する薬物療法も有効な選択肢です。
また、日々の生活習慣の見直しも非常に重要です。適度な運動、質の良い睡眠、バランスの取れた食事、そして適切なストレスマネジメントは、テストステロン値を維持・向上させ、症状の予防や緩和に繋がります。
症状が気になる場合は、まず泌尿器科やかかりつけ医に相談することをお勧めします。日本メンズヘルス医学会などの関連学会のウェブサイトで専門医を探すことも可能です。
男性更年期障害は、決して恥ずかしいことではありません。多くの男性が経験しうる自然な変化であり、適切なケアを受けることで、心身ともに健康で活力ある日々を取り戻すことができます。一人で抱え込まず、勇気を持って専門家への相談や、ご自身でできる対策に取り組んでみてください。
免責事項: 本記事は情報提供を目的としており、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。ご自身の体調について不安がある場合は、必ず医療機関を受診し、医師の診断を受けてください。治療法の選択や効果、副作用については個人差があります。