劇症型溶血性レンサ球菌感染症、通称「人食いバクテリア」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
その強い響きから、非常に恐ろしい病気であるというイメージを持つ方も多いかもしれません。
この感染症は、ある特定の細菌によって引き起こされ、発症すると非常に短い時間で症状が進行し、命に関わることもあります。
しかし、この病気について正しく理解し、適切な知識を持つことは、いたずらに恐れるのではなく、万が一の際に迅速な対応をとるために非常に重要です。
この記事では、「人食いバクテリア」と呼ばれる劇症型溶血性レンサ球菌感染症について、その症状、原因、感染経路、そして何よりも重要な予防法や感染が疑われる場合の対応について、詳しく解説していきます。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症(人食いバクテリア)とは
劇症型溶血性レンサ球菌感染症(Streptococcal Toxic Shock Syndrome: STSS)は、主にA群溶血性レンサ球菌という細菌によって引き起こされる、突発的かつ重篤な全身性感染症です。
この病気が「人食いバクテリア」と呼ばれるのは、感染が急速に進行し、筋肉や筋膜などの組織を破壊(壊死)させることがあるためです。
ただし、正式な病名ではなく、その恐ろしさから広まった通称です。
この感染症は非常にまれですが、発症すると病状の進行が極めて速く、多臓器不全やショック状態に至り、適切な治療を行っても高い致死率を示すことから、医学的にも社会的に注目されています。
原因菌(A群溶血性レンサ球菌)
劇症型溶血性レンサ球菌感染症の主な原因となるのは、A群溶血性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)という細菌です。
この細菌は、グラム陽性の球菌で、顕微鏡で見ると数珠状に連なって見える特徴があります。
実は、A群溶血性レンサ球菌自体は決して珍しい菌ではありません。
多くの人がこの細菌を鼻や喉、皮膚などに保菌していることがあります。
通常、この細菌は、子供を中心に扁桃炎(いわゆる「溶連菌感染症」)や、皮膚の感染症(とびひなど)といった、比較的軽症の病気を引き起こすことが多いです。
しかし、A群溶血性レンサ球菌の中には、特定の種類の毒素(ストレプトコッカス・ピロジェニック・エキソトキシン:SPEsなど)を大量に産生する株が存在します。
これらの毒素は、体の免疫システムを過剰に刺激し、サイトカインストームと呼ばれる強力な炎症反応を引き起こす可能性があります。
また、細菌が通常は無菌であるべき体の奥深く、例えば血液や筋肉、筋膜などに侵入すると、劇症型溶血性レンサ球菌感染症のような重篤な病態を引き起こすと考えられています。
菌が体組織を破壊する酵素などを産生することも、「人食いバクテリア」と呼ばれる所以の一部です。
つまり、「人食いバクテリア」とは、特定の毒素を産生するA群溶血性レンサ球菌が、体の防御機構を突破して急激に増殖し、強い炎症反応や組織破壊を引き起こしている状態を指すのです。
感染経路とリスク因子
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、以下のいくつかの経路で感染すると考えられています。
- 飛沫感染: 感染者の咳やくしゃみによって菌が空気中に放出され、それを吸い込むことで感染します。一般的な溶連菌感染症(咽頭炎)の主な感染経路ですが、劇症型につながる場合もあります。
- 接触感染: 感染者や保菌者の鼻水、唾液、傷口の滲出液などに含まれる菌に直接触れるか、菌が付着したドアノブ、タオルなどを介して、口や鼻、目の粘膜、あるいは傷口から菌が侵入することで感染します。
- 創傷感染: 皮膚にある小さな切り傷、擦り傷、火傷、虫刺され、水虫、手術痕など、傷口から直接菌が体内に侵入する経路です。これが劇症型感染症の重要な経路の一つと考えられています。傷が小さくても、そこから菌が侵入し、急速に組織を破壊することがあります。
すべてのA群溶血性レンサ球菌感染症が劇症型になるわけではなく、ごく一部のケースで発生します。
劇症型に進行しやすい人には、いくつかのリスク因子があることが知られています。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症のリスク因子
リスク因子 | 詳細 | なぜリスクとなるか |
---|---|---|
高齢者 | 一般的に65歳以上の方。 | 免疫機能が低下しているため、細菌の排除が難しくなる。複数の基礎疾患を持つ場合が多い。 |
免疫抑制状態 | 糖尿病、がん、慢性腎不全、自己免疫疾患、HIV感染症、免疫抑制剤の使用など。 | 免疫系の機能が低下しており、細菌が増殖しやすい状態。 |
外傷・皮膚の損傷 | 切り傷、擦り傷、火傷、手術痕、虫刺され、動物に噛まれた傷、水虫、湿疹、水痘(みずぼうそう)の痕、褥瘡など。 | 皮膚のバリア機能が破綻し、細菌が直接体内に侵入する経路となる。小さな傷でもリスクとなりうる。 |
慢性疾患 | 心疾患、呼吸器疾患、肝硬変など。 | 全身状態が良好でないため、感染への抵抗力が低い。 |
アルコール依存症 | 栄養状態の悪化や免疫機能の低下を招く。 | |
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用 | 特定の状況下(例えば、水痘合併時など)での使用がリスクを高める可能性が示唆されています。 | 炎症反応を抑える作用が、かえって感染の拡大を助長する可能性や、病状の進行を隠してしまう可能性が指摘されています。ただし、全てのNSAIDs使用がリスクとなるわけではありません。 |
これらのリスク因子を持つ人がA群溶血性レンサ球菌に感染した場合、劇症型に進行するリスクが高まるため、特に注意が必要です。
ただし、健康な若い人でも発症するケースもあり、すべての症例に明確なリスク因子が見られるわけではありません。
人食いバクテリアの初期症状と進行
人食いバクテリア(劇症型溶血性レンサ球菌感染症)の恐ろしさは、その初期症状が比較的軽く、他の病気と見分けがつきにくいにも関わらず、病状が極めて急速に進行する点にあります。
初期段階での気づきと、その後の急変への迅速な対応が、予後を大きく左右します。
早期に見られる症状(痛み、腫れ、発熱、かゆみなど)
劇症型溶血性レンサ球菌感染症の最も特徴的な初期症状の一つは、感染した部位(多くは手足などの四肢)における激しい痛みです。
この痛みは、見た目の皮膚症状(赤みや腫れ)から想像されるよりもはるかに強いことが多いのが特徴です。
初期の段階では、単なる筋肉痛や打撲、虫刺され、軽い皮膚炎だと思ってしまうほどの軽微な見た目であるにも関わらず、内部で組織が破壊され始めているために耐え難い痛みを伴います。
初期にみられるその他の症状としては、以下のようなものがあります。
- 感染部位の赤み(発赤)と腫れ(腫脹): 押すと痛みを伴います。範囲はまだ狭いことが多いです。
- 熱感: 触ると熱く感じます。
- かゆみ: 痛みに先行してかゆみを感じることもあります。
- 発熱: 突然の高熱(38℃以上)が出ることが多いです。悪寒を伴うこともあります。
- 全身倦怠感: 体がだるく、力が入らない感じがします。
- 筋肉痛: 全身、特に感染部位周辺の筋肉に痛みを感じます。
- 吐き気、嘔吐、下痢: 消化器症状を伴うこともあります。
これらの初期症状は、風邪やインフルエンザ、他の細菌性感染症と似ているため、この段階で人食いバクテリア感染症であると正確に診断することは非常に困難です。
しかし、特定の部位における「見た目と不釣り合いなほど強い痛み」がある場合は、特に注意が必要です。
症状の急速な進行(何時間後?壊死、ショック)
初期症状が見られた後、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の症状は非常に急速に進行します。
一般的には、数時間から24時間以内に病状が急激に悪化することが多いです。
この急速な進行こそが、この病気の最大の危険性です。
進行に伴って現れる症状は以下の通りです。
- 激痛の増強: 痛みがさらに激しくなり、強い鎮痛剤でも十分に抑えられないことがあります。
- 皮膚症状の悪化:
- 発赤や腫れの範囲がみるみるうちに拡大します。
- 水疱(水ぶくれ)や血疱(血豆)が現れることがあります。
- 皮膚の色が、赤から紫色、さらに暗褐色へと変化し、壊死が始まっていることを示唆します。
- 皮膚の感覚が鈍くなる(知覚鈍麻)こともあります。
- 全身状態の急速な悪化:
- 血圧が急激に低下します(低血圧)。
- 脈拍が速くなります(頻脈)。
- 呼吸が速く浅くなる、または呼吸困難を感じるようになります。
- 意識レベルが低下し、混乱したり、呼びかけに反応しなくなったりします。
- 尿量が減少します。
- これらの症状は、菌が血液中で増殖し、全身に毒素をばらまくことによって引き起こされる敗血症や、それに伴う敗血症性ショックの状態を示しています。
この段階では、臓器機能が急速に低下し始め、多臓器不全に陥る危険性が極めて高まります。
組織の壊死も進行し、広範囲に及ぶことがあります。
何日で死亡する可能性があるか
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、発症からの進行が非常に速いため、治療が遅れると24時間から48時間以内に死に至る可能性があります。
国立感染症研究所のデータによると、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の致死率は約30%と報告されており、これは他の多くの感染症と比較して非常に高い数値です。
死亡の主な原因は、細菌が全身に広がり、強力な毒素によって引き起こされる敗血症性ショックや、それに続く腎臓、肝臓、肺などの多臓器不全です。
早期に症状に気づき、速やかに医療機関を受診して集中治療を受けることができれば救命率は向上しますが、それでも予断を許さない病状となることが多いです。
この病気の危険性を正しく理解し、「もしかしたら?」と思ったときに躊躇なく医療機関を受診することが、命を守る上で最も重要な行動となります。
溶連菌と人食いバクテリアの違い
「溶連菌」と「人食いバクテリア」は、どちらも同じA群溶血性レンサ球菌によって引き起こされる感染症です。
しかし、病態や重症度が大きく異なります。
ここでは、その違いを明確に比較してみましょう。
項目 | 一般的な溶連菌感染症(例: 溶連菌性咽頭炎) | 劇症型溶血性レンサ球菌感染症(人食いバクテリア) |
---|---|---|
原因菌 | A群溶血性レンサ球菌 | A群溶血性レンサ球菌(特に毒素産生能力が高い株) |
主な病態 | 上気道感染症(咽頭炎、扁桃炎)、皮膚感染症(とびひ、丹毒)など。 | 菌が血液、筋肉、筋膜などの深部組織に侵入し、全身に急激な炎症を引き起こす。 |
典型的な症状 | 喉の痛み、発熱、イチゴ舌、発疹(猩紅熱)、とびひ、皮膚の赤み・腫れ。 | 感染部位の激しい痛み、急速に広がる皮膚の赤み・腫れ、水疱、壊死、高熱、血圧低下、意識障害、多臓器不全など。 |
進行速度 | 比較的緩やか(数日かけて症状が進むことが多い)。 | 極めて急速(数時間〜24時間以内に急激に悪化することが多い)。 |
重症度 | 比較的軽症〜中等症が多い。抗生物質で治療可能。 | 非常に重篤。集中治療が必要。致死率が高い。 |
発生頻度 | 子供を中心に比較的よく見られる。 | まれ。 |
「人食い」と呼ばれる理由 | 組織破壊は通常軽度。 | 筋肉や筋膜などの組織を急速に破壊(壊死)させるため。 |
このように、同じA群溶血性レンサ球菌が原因であっても、菌のタイプ(毒素産生能力など)や、菌が体のどこに侵入するか、そして患者さんの免疫状態などによって、全く異なる病態を引き起こします。
一般的な溶連菌感染症は、適切な抗生物質治療によって比較的早く回復することがほとんどです。
しかし、劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、菌が体の奥深くに侵入し、強力な毒素によって全身の臓器に障害を引き起こすため、全く異なる対応が必要となります。
「人食いバクテリア」は、一般的な溶連菌感染症が急激かつ重篤化した、最も深刻な病態の一つと理解しておくことが重要です。
感染しやすい人・リスク因子
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、誰もがかかる可能性のある病気ですが、特定の状況や健康状態にある人は、より感染しやすい、あるいは重症化しやすい傾向があります。
前述のリスク因子について、もう少し詳しく掘り下げてみましょう。
特に注意が必要な人、およびリスクとなる状況
- 高齢者: 加齢に伴い免疫機能が自然と低下するため、細菌に対する抵抗力が弱まります。また、複数の持病を抱えていることも多く、全身状態が良くないため重症化しやすい傾向があります。
- 糖尿病患者: 糖尿病があると、血糖コントロールが悪い状態が続くと免疫細胞の機能が低下し、感染防御能力が落ちます。また、末梢神経障害や血管障害によって、傷口に気づきにくかったり、傷の治りが遅れたりすることもリスクを高めます。
- 免疫抑制状態にある人:
- がんの治療中(化学療法など)で白血球が減少している人。
- 自己免疫疾患(関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなど)で免疫抑制剤を使用している人。
- HIV感染症などで免疫不全がある人。
- 臓器移植後で免疫抑制剤を使用している人。
これらの状態では、細菌が体内で増殖しやすくなります。
- 皮膚のバリア機能が破綻している人、または外傷がある人:
- 小さな切り傷や擦り傷、引っかき傷: 日常生活で起こりうる些細な傷が入口となることがあります。特に、動物に噛まれた傷や、汚れたものでできた傷は注意が必要です。
- 火傷(やけど): 広範囲の火傷は皮膚のバリア機能を大きく損ないます。
- 手術後の創部: 術後の傷口からの感染リスク。
- 虫刺され、水虫(足白癬)、湿疹: かきむしることで皮膚に傷ができ、そこから菌が侵入する可能性があります。水虫で皮膚がただれている状態もリスクです。
- 水痘(みずぼうそう)や帯状疱疹などの水ぶくれを伴う病気: 水ぶくれが破れると皮膚に傷ができ、感染の入口となります。
- 褥瘡(床ずれ): 長時間同じ姿勢でいることによってできる皮膚の傷もリスクとなります。
- 注射痕: 注射針によってできた小さな傷も理論上は感染経路となりえます。
これらの傷口は、細菌が体内に直接侵入するための「ドア」のような役割を果たします。
- 慢性的な病気を持つ人: 心臓病、肺疾患、肝臓病(特に肝硬変)など、全身の機能が低下している人は、感染に対する抵抗力が弱まっている可能性があります。
- アルコール依存症: 栄養状態の悪化や肝機能障害、免疫機能の低下を伴うことが多く、感染リスクを高めます。
- 妊娠中の女性: 妊娠中は免疫状態が変化するため、一部の感染症にかかりやすくなることがあります。
これらのリスク因子に当てはまる人が、特に手足などに原因不明の激しい痛みや、急速に広がる赤み・腫れを感じた場合は、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の可能性を疑い、速やかに医療機関を受診することが極めて重要です。
ただし、繰り返しますが、これらのリスク因子がない健康な人でも発症することはあります。
どんな人でも、異常を感じたら注意が必要です。
診断と治療法
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、その急速な進行から、早期の正確な診断と迅速な治療開始が命を救う鍵となります。
診断プロセス
劇症型溶血性レンサ球菌感染症の診断は、特定の単一の検査だけで確定できるものではなく、臨床症状、身体所見、そしていくつかの検査結果を総合して行われます。
- 臨床症状と身体所見: 医師はまず患者さんの症状(いつから、どのような痛みか、発熱の程度、皮膚の変化など)について詳しく問診を行います。特に、特定の部位の「見た目以上に激しい痛み」や、症状が急速に悪化しているという情報は非常に重要です。感染が疑われる部位の皮膚の状態(赤み、腫れ、熱感、水疱、色や硬さの変化、感覚の異常など)を注意深く観察します。血圧や脈拍、呼吸状態など、全身の状態も評価します。
- 細菌検査:
- 血液培養検査: 血液中に細菌がいるかどうかを調べます。劇症型溶血性レンサ球菌感染症では、多くのケースで血液から原因菌(A群溶血性レンサ球菌)が検出されます。診断を確定し、適切な抗生物質を選択するために最も重要な検査の一つです。
- 創部や病変部の検体培養: 皮膚の病変部や傷口から検体を採取し、細菌を培養して特定します。
- 薬剤感受性検査: 培養された菌が、どの抗生物質に対して効果があるか(感受性があるか)を調べます。
- 血液検査: 全身の炎症の程度(白血球数、CRPなど)、臓器機能(腎機能、肝機能)、血液が固まる能力(凝固系)などを評価するために行われます。これらの数値は、劇症型感染症ではしばしば異常値を示します。
- 画像診断:
- CT(コンピューター断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像): 感染が皮膚の表面だけでなく、皮下組織、筋膜、筋肉といった深部にまで及んでいるかどうか、どの範囲が侵されているかを確認するために行われます。組織の腫れや壊死の兆候をとらえるのに役立ちます。
- 超音波検査: 特定の部位の組織の状態を迅速に評価するために使用されることもあります。
これらの検査結果を、患者さんの症状や身体所見と照らし合わせ、総合的に劇症型溶血性レンサ球菌感染症であると診断します。
診断にはスピードが求められるため、症状から強く疑われる場合は、検査結果を待たずに治療を開始することもあります。
主な治療法(抗生物質、壊死組織切除)
劇症型溶血性レンサ球菌感染症の治療は、時間との勝負であり、強力な治療を集中的に行う必要があります。
治療の柱となるのは、抗菌薬(抗生物質)の投与と外科的処置(壊死組織の切除)です。
- 強力な抗菌薬(抗生物質)の投与:
- 原因菌であるA群溶血性レンサ球菌に有効な抗菌薬を、静脈から大量に投与します。病状の進行が速いため、内服薬では効果が不十分です。
- 第一選択薬としては、ペニシリン系の抗菌薬が使われることが多いです。これは、A群溶血性レンサ球菌の多くがペニシリンに感受性があるためです。
- 毒素の産生を抑える目的や、他の細菌による混合感染の可能性も考慮して、クリンダマイシンなどの別の種類の抗菌薬が併用されることがよくあります。
- 薬剤感受性検査の結果が出るまでは、複数の抗菌薬を組み合わせて使用し、結果が出たら最も効果的な抗菌薬に絞り込む、といった治療が行われます。
- 外科的処置(壊死組織の切除 – デブリードマン):
- 菌によって破壊され、死んでしまった組織(壊死組織)は、それ自体が毒素を産生し続け、菌の温床となります。そのため、壊死した組織を迅速かつ広範囲に切除する手術(デブリードマン)が極めて重要です。
- この手術によって、菌の量を減らし、毒素の産生源を取り除くことができます。
- 感染の広がりが速いため、一回の手術では全ての壊死組織を取りきれないこともあり、状態によっては複数回の手術が必要になることがあります。
- 場合によっては、感染した四肢全体を切断せざるを得ない状況になることもあります。
- 集中治療による全身管理:
- 血圧が低下している場合は、昇圧剤を使用して血圧を維持します。
- 呼吸状態が悪化している場合は、人工呼吸器による管理が必要になります。
- 腎臓の機能が低下している場合は、透析が必要になることもあります。
- 輸液や電解質のバランスを管理します。
- 血液凝固異常があれば、それに対する治療を行います。
- これらの治療は、集中治療室(ICU)で行われることが一般的です。
- 免疫グロブリン療法:
- 毒素を中和する目的で、大量の免疫グロブリン製剤を投与することがあります。全ての症例で効果が証明されているわけではありませんが、重症例に対して検討されることがあります。
これらの治療を迅速かつ集中的に行うことが、患者さんの命を救うために不可欠です。
少しでも治療開始が遅れると、菌と毒素が全身に広がり、回復が非常に困難になるためです。
完治する方法はあるか?
早期に劇症型溶血性レンサ球菌感染症を発見し、上述したような適切な治療(特に強力な抗菌薬と外科的な壊死組織切除)を迅速に開始できれば、救命し、完治させることは可能です。
治療に対する反応が良い場合、数週間から数ヶ月かけて徐々に回復に向かいます。
しかし、この感染症は組織破壊を伴うため、たとえ命が助かったとしても、後遺症が残る可能性があります。
- 組織欠損と瘢痕: 壊死した組織を広範囲に切除した場合、皮膚や筋肉の大きな欠損が生じ、回復後も皮膚移植や形成外科的な手術が必要になることがあります。切除部位には目立つ瘢痕(傷跡)が残ります。
- 機能障害: 筋肉や神経が破壊された場合、切除された場合、その部位の機能が失われたり、障害が残ったりすることがあります。例として、手足の動きが悪くなる、感覚が鈍くなるなどがあります。重症の場合、四肢の切断に至ると、当然ながらその機能は失われます。
- 精神的な影響: この病気は突然発症し、命の危機に瀕し、強い痛みを伴うため、回復後も精神的なトラウマを抱えることがあります。
したがって、「完治」とは、感染症そのものが治り、命の危険がなくなることを意味しますが、病気になる前の状態に完全に回復できるとは限りません。
早期発見・早期治療によって、これらの後遺症を最小限に抑えることが目標となります。
治療後も、必要に応じてリハビリテーションを行い、失われた機能の回復や、残った機能を生かすための訓練が必要となることがあります。
感染予防・対策
劇症型溶血性レンサ球菌感染症はまれな病気ですが、発症した場合の重症度を考えると、日頃からの予防と、疑わしい症状に気づいた際の迅速な対応が非常に重要です。
日常生活での注意点
劇症型溶血性レンサ球菌感染症の予防は、原因菌であるA群溶血性レンサ球菌が体内に侵入する機会を減らすことにあります。
特に、皮膚の傷口からの感染を防ぐことが重要です。
- 手洗い・うがいの徹底:
- 外出から帰った後、食事の前、トイレの後、鼻をかんだり咳やくしゃみを手で押さえたりした後など、こまめに手洗いをしましょう。石鹸をよく泡立て、指の間、爪の間、手首まで丁寧に洗うことが大切です。流水でしっかりと洗い流します。
- うがいも、喉の粘膜に付着した菌を洗い流すのに有効です。
- 傷口の適切なケア:
- 小さな切り傷、擦り傷、引っかき傷、虫刺され、やけどなど、皮膚にできた傷は、どんなに些細なものでも軽視せず、速やかに処置しましょう。
- 傷口を清潔な流水で洗い流し、消毒薬があれば使用し、清潔なガーゼや絆創膏で覆って保護します。
- 特に、糖尿病や免疫抑制状態にある方、高齢者の方は、傷の治りが遅れたり、感染しやすかったりするため、傷口のケアには普段以上に注意を払いましょう。
- 傷口が赤く腫れてきたり、痛みが強くなったり、膿(うみ)が出てきたりした場合は、すぐに医療機関を受診してください。
- 水虫や湿疹なども、かきむしって傷にならないように、適切に治療しましょう。
- 皮膚の健康維持:
- 皮膚を清潔に保ち、乾燥しすぎないように保湿するなどして、皮膚のバリア機能を正常に保つことも重要です。
- 体調管理:
- 十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動を心がけ、体の免疫力を維持しましょう。体調が悪い時は感染症にかかりやすくなります。
- 基礎疾患がある場合は、かかりつけ医の指示に従い、適切に管理することが感染予防にもつながります。
- 二次感染の予防:
- 溶連菌性咽頭炎など、他の感染症にかかった際は、医師の指示通りにしっかりと治療を受けましょう。特に、抗生物質が処方された場合は、症状が良くなっても最後まで飲み切ることが重要です。
これらの予防策は、劇症型溶連菌感染症だけでなく、他の様々な感染症予防にもつながる基本的な対策です。
日頃から習慣づけるようにしましょう。
温泉など感染しやすい場所はある?
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、必ずしも特定の場所で感染しやすいという明確なデータがあるわけではありません。
しかし、菌が皮膚の傷口から侵入することが重要な感染経路の一つであることから、以下のような場所では、傷口がある場合に注意が必要であると考えられます。
- 公衆浴場、温泉、プール: 多くの人が利用する場所であり、菌が存在する可能性があります。傷口がある状態で利用すると、そこから菌が侵入するリスクが考えられます。特に、共同で使うタオルやマットなどにも注意が必要です。
- 海水浴場: 海水中の細菌や、砂浜に存在する細菌による感染リスクが考えられます。傷口がある場合は、海水浴を控えるか、傷口をしっかりと防水性の絆創膏などで保護することが望ましいです。
- 土を扱う場所: 園芸や農業など、土を扱う作業中にできた傷口から菌が侵入する可能性もゼロではありません。作業中は手袋を着用するなどの対策が有効です。
これらの場所を利用する際は、傷口がないことを確認するか、傷口をしっかり保護することが重要です。
また、利用後にはシャワーで体を洗い流し、丁寧に手洗いを行うことを心がけましょう。
これらの場所が直接的な原因であると断定されているわけではありませんが、皮膚に傷がある場合は感染リスクが高まる可能性があるため、一般的な注意として認識しておきましょう。
最新の感染状況(2024年)
日本国内における劇症型溶血性レンサ球菌感染症の報告数は、近年増加傾向にあります。
特に2023年後半から2024年にかけて、例年よりも大幅に報告数が増加していることが報道されており、関心が高まっています。
全国・都道府県別の感染者数
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、感染症法において五類感染症に指定されており、診断した医師は最寄りの保健所に届け出ることが義務付けられています。
国立感染症研究所では、この届け出データをもとに感染者数の集計・公表を行っています。
2024年の状況について(執筆時点での概況)
国立感染症研究所が公表しているデータによると、2024年に入ってからの劇症型溶血性レンサ球菌感染症の報告数は、過去最多を更新するペースで推移しています。
特定の地域だけでなく、全国的に報告数が増加している傾向が見られます。
- 全国の報告数: 毎週の定点あたり報告数や累積報告数が公表されており、その数値は例年と比較して顕著に高い水準を示しています。
- 都道府県別の報告数: 国立感染症研究所のウェブサイトでは、都道府県ごとの報告数も確認することができます。特定の都道府県で突出して多い場合もあれば、広範囲で増加が見られる場合もあります。
最新の正確な感染者数については、国立感染症研究所のウェブサイトや、各自治体の感染症情報ページなどで、常に最新の情報が更新されています。
関心のある方は、これらの公的な情報源をご確認ください。
増加傾向の背景
なぜ劇症型溶血性レンサ球菌感染症の報告数が増加しているのか、その明確な原因はまだ特定されていません。
いくつかの可能性が考えられています。
- 新型コロナウイルス感染症対策の影響: コロナ禍におけるマスク着用や手指衛生の徹底、行動制限などによって、A群溶血性レンサ球菌を含む様々な感染症の流行が抑えられていました。これらの対策が緩和されたことにより、免疫を持たない人が増えたり、菌に接触する機会が増えたりしたことが影響している可能性。
- 原因菌の変化: 毒素産生能力の高い、あるいは感染力の強い特定のA群溶血性レンサ球菌の株が広まっている可能性。
- 診断・報告体制の変化: 疾患に対する認知度が高まり、診断や報告がより正確に行われるようになった可能性。
これらの要因が複合的に影響していると考えられますが、詳細な原因については引き続き調査が進められています。
感染者数が増加している状況を踏まえ、これまで以上に日頃からの感染予防策をしっかりと行うことが重要です。
また、疑わしい症状が見られた際には、速やかに医療機関を受診することの重要性が改めて強調されています。
感染が疑われる場合の対応
「人食いバクテリアかもしれない」と疑われるような症状が現れた場合、最も重要なことは速やかに医療機関を受診することです。
特に、症状が急速に悪化している場合は、緊急性が非常に高いと考えられます。
受診すべき診療科
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、初期症状が多様であり、また進行が非常に速いため、どの診療科を受診すべきか迷うこともあるかもしれません。
- まずかかりつけ医や地域の診療所へ相談: 普段から診てもらっている医師がいる場合は、まずそこに相談するのが良いでしょう。症状を詳しく伝え、指示を仰ぎます。
- 皮膚科: 症状が皮膚の赤みや腫れ、痛みといった皮膚症状が中心である場合は、皮膚科の受診が適切かもしれません。皮膚の専門医であれば、皮膚の病変から感染症を疑うことができます。
- 内科: 発熱や全身倦怠感など、全身症状が強く出ている場合は、内科を受診することも考えられます。
- 感染症内科: 専門的な知識を持つ感染症内科がある病院であれば、そこで診てもらうのが最も適切です。ただし、すべての医療機関にあるわけではありません。
特に注意が必要な場合(救急対応が必要な可能性)
以下のような、症状が急速に悪化している兆候や重篤な全身症状が見られる場合は、迷わず救急病院を受診するか、救急車を呼ぶことを検討してください。
- 痛みが非常に激しい(耐え難い、鎮痛剤が効かない)
- 皮膚の赤みや腫れがみるみるうちに広がっている
- 水疱(水ぶくれ)や紫斑(あざのようなもの)が現れた
- 皮膚の色や感覚がおかしい(冷たい、感覚がない)
- 血圧が下がってきた(顔色が悪い、冷や汗、ふらつき)
- 呼吸が苦しい、速い
- 意識がはっきりしない、呼びかけへの反応が鈍い
- 尿の量が極端に少ない
これらの症状は、病状がすでにかなり進行しているサインである可能性が高いです。
この段階では、迅速な診断と治療が可能な設備を持つ大きな病院、特に救急外来を受診することが不可欠です。
医療機関を受診する際は、以下の情報を医師に正確に伝えるようにしましょう。
- いつから、どのような症状があるか(特に痛みの場所、強さ、皮膚の変化、発熱の経過など)
- 症状がどのように変化しているか(急速に悪化しているかどうか)
- 最近怪我をしたか、虫に刺されたかなど、皮膚に傷はあったか
- 持病(糖尿病、心臓病など)や現在服用している薬
- アレルギーの有無
早期に適切な医療機関を受診し、正確な情報を伝えることが、命を救う最善の道です。
まとめ
劇症型溶血性レンサ球菌感染症、通称「人食いバクテリア」は、A群溶血性レンサ球菌という比較的ありふれた細菌によって引き起こされるにも関わらず、発症すると極めて急速に進行し、命に関わる可能性のある重篤な感染症です。
この病気の最も特徴的な症状は、感染した部位の「見た目と不釣り合いなほど激しい痛み」と、その後の症状の急速な進行です。
初期には、風邪や軽い皮膚炎と間違えやすい症状から始まりますが、数時間のうちに赤みや腫れが広がり、水疱や壊死に至り、全身状態が悪化してショック状態に陥ることもあります。
致死率は約30%と高く、発症から短時間で死に至るケースも報告されています。
リスク因子としては、高齢者、糖尿病や免疫抑制状態などの基礎疾患がある人、皮膚に傷がある人などが挙げられますが、健康な人でも発症することがあります。
診断は、臨床症状、細菌検査、画像診断などを総合して行われ、治療は強力な抗菌薬の静脈内投与と、感染した壊死組織を迅速に切除する外科手術が中心となります。
集中治療室での全身管理も不可欠です。
早期に適切な治療を開始できれば救命は可能ですが、後遺症が残ることもあります。
予防のためには、日頃からの手洗い・うがいの徹底、そして何よりも皮膚にできた傷口の適切なケアが重要です。
小さな傷でも軽視せず、清潔に保ち、保護することを心がけましょう。
温泉やプールなど、傷口がある場合の利用には注意が必要です。
2024年には日本国内での報告数が増加傾向にあり、改めてこの病気への関心と注意が必要です。
もし、特定の部位に「見た目以上に強い痛み」を感じたり、皮膚の赤みや腫れが急速に広がったり、突然の高熱や全身倦怠感を伴うなど、劇症型溶血性レンサ球菌感染症が疑われる症状が現れた場合は、決して様子を見ず、速やかに医療機関を受診してください。
特に、症状が急速に悪化している場合は、救急対応が必要となる可能性が高いです。
早期の決断が、命を救う最も重要な行動です。
この記事は情報提供を目的としており、医療行為に代わるものではありません。
診断や治療については、必ず医療機関で医師の判断を受けてください。