おたふく風邪は、特に子どもがかかりやすいことで知られる感染症です。正式名称は「流行性耳下腺炎」といい、ウイルスが原因で唾液腺などが腫れる病気です。
多くの場合、数日から1週間程度で回復しますが、まれに重い合併症を引き起こすこともあります。
この病気について、原因、症状、治療法、予防法、そして大人や妊婦がかかった場合のリスクなど、知っておくべき情報を医師監修のもと詳しく解説します。
気になる症状がある場合や、予防について不安がある場合は、必ず医療機関にご相談ください。
おたふく風邪(流行性耳下腺炎)とは
おたふく風邪は、ムンプスウイルスに感染することによって引き起こされるウイルス性感染症です。
医学的には流行性耳下腺炎(りゅうこうせいじかせんえん)と呼ばれます。
病気の名前の由来は、顔が腫れておたふくのような顔つきになることが多いことからきています。
主に耳の下にある耳下腺(じかせん)という唾液を作る組織が腫れるのが特徴ですが、顎の下にある顎下腺(がっかせん)や舌の下にある舌下腺(ぜっかせん)といった他の唾液腺が腫れることもあります。
多くは子どもがかかる病気ですが、大人でも感染する可能性があり、子どもの頃にかからなかった人や、予防接種を受けていない人が感染すると、子どもよりも重症化しやすい傾向があります。
おたふく風邪は、一度かかると多くの場合は終生免疫(しょうせいめんえき)が得られるため、二度かかることはまれだとされています。
しかし、免疫が十分にできなかった場合や、非常にまれなケースでは再感染の可能性もゼロではありません。
この病気は、特効薬がないため、症状を和らげる対症療法(たいしょうりょうほう)が中心となります。
合併症の予防や早期発見が非常に重要となる病気です。
おたふく風邪の原因と感染経路
おたふく風邪の原因となるのは、ムンプスウイルスというRNAウイルスです。
このウイルスは、ヒトからヒトへ感染します。
主な感染経路は以下の通りです。
- 飛沫感染(ひまつかんせん): 感染者が咳やくしゃみをした際に飛び散る、ウイルスを含んだ小さな飛沫を、周りの人が吸い込むことで感染します。
比較的近い距離(通常1~2メートル以内)で感染が起こりやすいとされています。 - 接触感染(せっしょくかんせん): 感染者がウイルスを含んだ飛沫を手で覆ったり、鼻を拭いたりした後、その手で触った物にウイルスが付着します。
他の人がその物に触れ、さらにその手で口や鼻、目に触れることによってウイルスが体内に入り感染します。
ドアノブ、手すり、おもちゃ、食器などを介して感染が広がることがあります。
ムンプスウイルスは、感染者の唾液、鼻水、喉の粘液などに含まれています。
特に、唾液腺の腫れが現れる数日前から腫れが消失するまでの間、感染力が強いと考えられています。
保育園や幼稚園、小学校など、集団生活の場では感染が広がりやすく、流行することがあります。
これは、子どもたちが密接に関わる機会が多いことに加え、感染初期に症状が出ない期間があるため、気づかないうちにウイルスをばらまいてしまう可能性があるからです。
感染を防ぐためには、手洗いや咳エチケットが重要です。
特に、唾液腺の腫れなどの症状がある人との接触を避け、手洗いを徹底することで感染リスクを減らすことができます。
しかし、症状が出る前に感染力があるため、完全に防ぐことは難しい面もあります。
おたふく風邪の潜伏期間と初期症状
おたふく風邪の潜伏期間(せんぷくきかん)とは、ムンプスウイルスに感染してから症状が現れるまでの期間を指します。
おたふく風邪の場合、この潜伏期間が比較的長いのが特徴です。
一般的な潜伏期間は2週間から3週間(14日~21日)です。
短い場合は1週間程度、長い場合は4週間程度になることもあります。
この潜伏期間中は、特に目立った症状はありません。
しかし、潜伏期間の後半、唾液腺が腫れる数日前から、すでにウイルスが体外に排出され始め、感染力を持つと考えられています。
これが、おたふく風邪が集団生活の中で広がりやすい理由の一つです。
症状が現れる際、まず初期症状として、以下のようなものがみられることがあります。
- 軽度の発熱: 高熱ではなく、微熱程度で始まることがあります。発熱しないケースもあります。
- だるさ・倦怠感: 体がだるい、元気がないといった状態です。
- 食欲不振: あまり食欲がない様子が見られることがあります。
- 筋肉痛: 体の節々が痛むことがあります。
- 頭痛: 軽度の場合が多いですが、頭痛を訴えることがあります。
- 耳の下の違和感: 腫れる前に、耳の下あたりがなんとなく痛い、または張っている感じがすると訴える子どももいます。
これらの初期症状は、他の風邪や感染症と区別がつきにくいため、おたふく風邪とすぐに診断することは難しい場合があります。
典型的な唾液腺の腫れが現れて初めて、おたふく風邪が疑われることがほとんどです。
ただし、感染しても症状がほとんど出ない(不顕性感染:ふけんせいかんせん)場合もあります。
特に子どもの場合は、不顕性感染の割合が30~40%程度あるとも言われています。
症状が出ない場合でも、ウイルスは体外に排出され、他の人に感染させる可能性があるため注意が必要です。
おたふく風邪の主な症状
おたふく風邪の最も特徴的な症状は、唾液腺、特に耳下腺の腫れです。
しかし、その他にもいくつかの症状が現れることがあります。
耳下腺の腫れと痛み
おたふく風邪の最も診断の目安となる症状です。
耳の下から顎にかけて、耳下腺が腫れて膨らみます。
触ると硬く、押すと痛みを伴うことが多いです。
腫れは、まず片側から始まることが多いですが、数日以内にもう片側も腫れてくる場合が約70%程度です。
片側だけ腫れたまま回復することも約30%あります。
腫れは通常、2~3日目がピークとなり、その後徐々に引いていきます。
腫れが完全に消失するまでには、1週間から10日程度かかることが多いです。
腫れに伴って、痛みが強く出ることもあります。
特に食事の際、食べ物を噛んだり、唾液を分泌したりする刺激によって痛みが強くなります。
酸っぱいものや固いものは痛みを誘発しやすい傾向があります。
発熱の有無・程度
おたふく風邪では、発熱する人もいれば、しない人もいます。
発熱する場合、37℃台の微熱から39℃以上の高熱まで程度は様々です。
熱は、耳下腺の腫れとほぼ同時に現れるか、腫れよりも少し遅れて出ることが多いです。
熱が続く期間も個人差がありますが、通常は数日程度で下がることがほとんどです。
高熱が続く場合は、合併症などを疑うこともあります。
その他の症状
耳下腺の腫れや発熱以外にも、以下のような症状が見られることがあります。
- 顎下腺や舌下腺の腫れ: 耳下腺だけでなく、顎の下(顎下腺)や舌の下(舌下腺)も腫れることがあります。
これらの唾液腺が腫れると、首のあたりが腫れているように見えたり、口の中が腫れて感じたりします。 - 頭痛: 比較的多くの患者さんで見られます。
強い頭痛は、髄膜炎などの合併症のサインである可能性もあるため注意が必要です。 - 腹痛: まれに腹痛を訴えることがあります。
特に左上腹部の痛みは、膵炎などの合併症の可能性を示唆する場合があるため、見過ごせません。 - 倦怠感・全身のだるさ: ウイルス感染に伴う全身症状として現れます。
- 食欲不振: 痛みやだるさから、食事が摂りにくくなることがあります。
- 関節痛: まれに関節の痛みを訴えることがあります。
これらの症状の現れ方や程度は、年齢や個人の免疫状態によって大きく異なります。
特に大人が感染した場合、子どもよりも症状が強く出たり、合併症を起こしやすかったりする傾向があります。
おたふく風邪の症状写真
(※ここには実際にはおたふく風邪で耳下腺が腫れた状態の画像などが挿入されることが想定されます。)
耳の下が、片側または両側がこのように腫れて痛みを伴うのが特徴です。
おたふく風邪かどうかの診断方法
おたふく風邪の診断は、主に臨床症状(患者さんの訴えや医師の診察で確認できる症状)に基づいて行われます。
典型的な症状が現れている場合は、比較的容易に診断できます。
医師はまず、患者さんや保護者から、以下のようなことを詳しく聞き取ります(問診)。
- いつから症状が出始めたか
- どのような症状があるか(発熱、腫れ、痛みなど)
- 腫れている場所はどこか
- 食事のときに痛みが増すか
- 周りに同じような症状の人がいるか(学校、家庭内など)
- 過去におたふく風邪にかかったことがあるか、予防接種を受けたことがあるか
- 最近の海外渡航歴など
次に、医師は患者さんの顔や首の周りを観察し(視診)、耳の下や顎の下などを触って(触診)、唾液腺の腫れや痛みの程度を確認します。
おたふく風邪による腫れは、触ると弾力があり、押すと痛がるのが特徴的です。
これらの問診と診察の結果、典型的な耳下腺の腫れがみられる場合は、おたふく風邪であると臨床的に診断されることが一般的です。
しかし、症状が非典型的である場合や、診断を確定させたい場合、あるいは合併症が疑われる場合には、検査を行うことがあります。
- 血液検査:
- 抗体検査: ムンプスウイルスに対する抗体(IgM抗体やIgG抗体)の量を調べます。
急性期にはIgM抗体が陽性になることが多く、診断の根拠となります。
また、過去の感染や予防接種による免疫があるか(IgG抗体)を調べることもあります。 - ウイルスの検出: 唾液や尿などからムンプスウイルスの遺伝子(RT-PCR法)やウイルスそのものを分離・検出する方法もありますが、一般的な診療ではあまり行われません。
- 抗体検査: ムンプスウイルスに対する抗体(IgM抗体やIgG抗体)の量を調べます。
- 画像検査: 唾液腺以外の腫れが疑われる場合や、合併症(髄膜炎など)が疑われる場合に、超音波(エコー)検査やCT検査、MRI検査などを行うことがあります。
ただし、これらの検査は結果が出るまでに時間がかかったり、すべての医療機関で実施できるわけではなかったりします。
多くの場合、問診と診察だけで診断がつき、検査なしで治療が開始されます。
おたふく風邪の治療法と自宅でのケア
おたふく風邪を引き起こすムンプスウイルスに対する特効薬は、残念ながら現在のところありません。
そのため、治療の中心は対症療法(たいしょうりょうほう)となります。
これは、病気そのものを治すのではなく、患者さんが感じるつらい症状を和らげるための治療です。
具体的な治療法や自宅でのケアは以下の通りです。
- 安静: 熱があったり、体がだるかったりする間は、無理せず自宅で安静に過ごすことが大切です。
特に、学校や集団活動は休ませ、他の人への感染を防ぐことも重要です。 - 痛みや腫れに対するケア:
- 鎮痛剤(ちんつうざい): 腫れや痛みが強い場合には、医師からアセトアミノフェンなどの解熱鎮痛剤が処方されることがあります。
用量や使用頻度は医師の指示に従ってください。 - 冷却: 腫れて痛む部分を冷やすことで、痛みが和らぐことがあります。
冷湿布や氷を入れたビニール袋などをタオルで包んで優しく当ててみましょう。
ただし、冷やしすぎは禁物です。
- 鎮痛剤(ちんつうざい): 腫れや痛みが強い場合には、医師からアセトアミノフェンなどの解熱鎮痛剤が処方されることがあります。
- 発熱に対するケア:
- 解熱剤(げねつざい): 高熱でつらそうな場合には、医師の判断で解熱剤が処方されることがあります。
解熱剤は熱を下げることで体を楽にするためのもので、病気を早く治すものではありません。
また、インフルエンザの際に使用を避けるべき成分(アスピリンなど)は、おたふく風邪でも使用しない方が安全です(ライ症候群のリスク)。
必ず医師に相談して処方されたものを使用してください。 - 水分補給: 熱がある時は脱水になりやすいため、こまめに水分を摂らせることが重要です。
- 解熱剤(げねつざい): 高熱でつらそうな場合には、医師の判断で解熱剤が処方されることがあります。
- 食事: 腫れや痛みが強いと、口を開けたり噛んだりするのがつらく、食事が摂りにくくなります。
- 柔らかく、刺激の少ない食事: おかゆ、うどん、ゼリー、プリン、ヨーグルトなど、噛まずに飲み込めるものや、口の中で崩しやすいものがおすすめです。
- 酸っぱいものや固いものは避ける: これらは唾液腺を刺激して痛みを強くすることがあります。
- 水分: 水やお茶、薄めたイオン飲料などで、脱水を防ぎましょう。
- 口腔ケア: 口の中を清潔に保つことは、二次的な細菌感染を防ぐ上で大切です。
うがいができる場合は、こまめにうがいをさせましょう。
合併症が疑われる症状(強い頭痛、繰り返す嘔吐、首の硬直、腹痛、耳が聞こえにくいなど)が現れた場合には、速やかに医療機関を再受診する必要があります。
回復の目安は、唾液腺の腫れが完全に引いて、元気になった状態です。
腫れが引くまでの期間には個人差があるため、医師と相談しながら回復を確認しましょう。
大人がおたふく風邪にかかった場合
おたふく風邪は子どもの病気というイメージが強いかもしれませんが、大人が感染する可能性も十分にあります。
子どもの頃におたふく風邪にかからなかった人や、予防接種を受けていない人が、大人になって初めて感染すると、子どもとは異なる特徴やリスクがあります。
大人の症状の特徴と重症化リスク
大人がおたふく風邪にかかった場合、一般的に子どもよりも症状が重くなる傾向があります。
- 症状の強さ: 発熱が高くなったり、唾液腺の腫れや痛みがより強く出たりすることがあります。
全身のだるさや筋肉痛なども強く感じることがあります。 - 回復までの期間: 子どもよりも回復に時間がかかることがあります。
- 合併症のリスク: 最も注意すべき点は、大人、特に思春期以降の男性では合併症を起こすリスクが子どもよりも高いことです。
- 精巣炎(睾丸炎): 思春期以降の男性がおたふく風邪にかかった場合、約20~40%に精巣炎を合併すると言われています。
睾丸が腫れて強い痛みを伴います。
通常は片側のみですが、両側に起こることもあります。
まれに不妊の原因となることがあります。 - 卵巣炎: 思春期以降の女性が感染した場合、まれに卵巣炎を合併することがあります。
下腹部痛などを伴いますが、精巣炎ほど頻繁ではなく、不妊のリスクも低いとされています。 - 髄膜炎: 子どもと同様に大人の場合も髄膜炎を合併する可能性があり、強い頭痛や嘔吐、首の硬直などがみられます。
大人の場合も比較的軽い症状で済むことが多いですが、注意が必要です。 - 膵炎: まれですが、大人の場合も膵炎を合併することがあります。
腹痛、背中の痛み、嘔吐などが主な症状です。
- 精巣炎(睾丸炎): 思春期以降の男性がおたふく風邪にかかった場合、約20~40%に精巣炎を合併すると言われています。
このように、大人がおたふく風邪にかかると、単に症状が重いだけでなく、不妊などの深刻な合併症のリスクが高まります。
そのため、大人がおたふく風邪を疑う症状が出た場合は、速やかに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが重要です。
子どもの頃におたふく風邪にかかったかどうか不明な場合や、予防接種を受けたか覚えていない場合は、抗体検査で免疫があるか確認することも可能です。
免疫がない場合は、予防接種を検討することを強くお勧めします。
妊婦がおたふく風邪にかかった場合
妊婦さんがおたふく風邪にかかった場合、胎児への直接的な影響(先天性奇形など)のリスクは低いと考えられています。
風疹など、妊娠中に感染すると胎児に重い影響を与える可能性のある感染症とは性質が異なります。
しかし、妊娠初期(妊娠12週頃まで)に妊婦さんがおたふく風邪に感染した場合、流産のリスクがわずかに高まる可能性が指摘されています。
これはムンプスウイルスが直接的な原因というよりは、感染に伴う発熱や全身状態の悪化などが影響していると考えられています。
妊娠中期や後期におたふく風邪に感染した場合、流産や死産のリスクは上昇しないと考えられています。
新生児への影響についてもおたふく風邪ウイルスが胎盤を通過して新生児に感染することはまれです。
生まれたばかりの赤ちゃんがおたふく風邪にかかると重症化するリスクがあるため、感染した妊婦さんが分娩を迎える際には、医療機関で適切な対応が行われます。
妊婦さん自身の症状としては、他の大人と同様に、子どもよりも重症化しやすい傾向があります。
発熱や腫れが強く出たり、全身のだるさが続いたりすることがあります。
また、妊娠中は免疫機能が変化するため、感染症にかかりやすくなったり、症状が非典型的になったりすることもあります。
妊娠を希望する女性は、妊娠前におたふく風邪の抗体があるかどうかを確認し、抗体がない場合は予防接種を受けることが強く推奨されます。
予防接種は生ワクチンであるため、接種後約2ヶ月間は避妊する必要があります。
そのため、計画的に予防接種を受けることが大切です。
すでに妊娠している場合は、予防接種を受けることはできません。
感染を避けるために、流行している地域への移動を控える、人混みを避ける、手洗いを徹底するといった感染予防策を講じることが重要です。
もし妊娠中におたふく風邪を疑う症状が出た場合は、必ずかかりつけの産婦人科医に相談し、適切な指示を受けてください。
おたふく風邪の合併症
おたふく風邪は、多くの場合は耳下腺の腫れと発熱で済む比較的軽い病気ですが、まれに様々な合併症を引き起こすことがあります。
これらの合併症は、症状が重かったり、後遺症を残したりする可能性があるため、注意が必要です。
髄膜炎(ずいまくえん)
おたふく風邪の合併症として最も頻度が高いのがムンプスウイルスによる髄膜炎です。
ムンプスウイルスは脳や脊髄を覆う髄膜に感染することがあります。
合併率は報告によって異なりますが、臨床症状が出るものとしては約1~10%程度と言われています。
しかし、検査を行うと、症状が出なくても髄液中にウイルスが検出されるケースを含めると、より高い割合で髄膜への感染が起こっていると考えられています。
主な症状は強い頭痛、繰り返す嘔吐、首の後ろが硬くなって前に曲げにくくなる(項部硬直:こうぶこうちょく)などです。
発熱を伴うこともあります。
通常、おたふく風邪の症状が出始めてから数日~2週間程度で発症することが多いです。
多くの場合は予後良好で、入院して点滴治療などを行いますが、数日から1週間程度で回復し、後遺症を残すことはまれです。
しかし、ごくまれに脳炎に進展したり、重症化したりすることもあるため、上記の症状が見られたら速やかに医療機関を受診する必要があります。
難聴(なんちょう)
おたふく風邪による合併症の中で、特に注意が必要なのが感音難聴(かんおんなんちょう)です。
これはムンプスウイルスが内耳に感染することで起こると考えられています。
頻度はそれほど高くありませんが、一度発症すると回復が難しく、永続的な聴力障害となる可能性があります。
多くの場合、片側の耳だけに起こり、急激に聴力が低下します。
子どもの場合、自分で「聞こえない」と訴えられないことも多いため、保護者が気づきにくい場合があります。
テレビの音を大きくする、呼びかけに気づかない、片方の耳ばかり使うといった様子が見られたら注意が必要です。
早期にステロイド治療などが行われることがありますが、残念ながら有効な治療法は確立されていません。
永続的な難聴は、コミュニケーションや学習能力に影響を与える可能性があるため、非常に深刻な合併症です。
精巣炎(せいそうえん)・卵巣炎(らんそうえん)
思春期以降の男女がおたふく風邪にかかった場合にみられる合併症です。
- 精巣炎: 思春期以降の男性の約20~40%に合併すると言われています。
おたふく風邪の症状が出てから1週間程度で、片側または両側の精巣が腫れて強い痛みを伴います。
発熱することもあります。
多くの場合、数日で痛みは和らぎますが、腫れが完全に引くまでには数週間かかることもあります。
両側の精巣炎になった場合、不妊の原因となるリスクがあります。 - 卵巣炎: 思春期以降の女性にまれにみられる合併症です。
下腹部痛などを伴いますが、精巣炎ほど頻繁ではなく、不妊のリスクも低いとされています。
その他の合併症
上記以外にも、まれではありますが、以下のような合併症を起こす可能性があります。
- 膵炎(すいえん): 腹痛や嘔吐などが主な症状です。
比較的軽い場合が多いですが、入院が必要になることもあります。 - 脳炎(のうえん): 髄膜炎よりも頻度は低いですが、より重篤な合併症です。
意識障害、けいれん、麻痺などの症状が現れることがあります。
後遺症を残したり、命に関わったりすることもあります。 - 腎炎(じんえん): 腎臓の機能障害を引き起こすことがあります。
- 心筋炎(しんきんえん): 心臓の筋肉に炎症が起こることがあります。
- 関節炎(かんせつえん): 関節の痛みや腫れが現れることがあります。
おたふく風邪にかかった際は、これらの合併症のサインに注意し、いつもと違う様子が見られたら、すぐに医療機関を受診することが極めて重要です。
おたふく風邪の感染力とうつる期間
おたふく風邪は、非常に感染力の強い病気です。
特に、集団生活の場ではあっという間に広がることがあります。
ムンプスウイルスは、唾液や鼻水などの分泌物中に含まれており、飛沫感染や接触感染によって人から人へうつります。
感染力が最も強い期間は、唾液腺が腫れ始める数日前から、腫れがピークを迎える時期にかけてです。
症状がない潜伏期間の後半からすでにウイルスを排出しているため、感染を完全に防ぐことが難しい要因となっています。
いつまで人にうつす可能性があるかについては、一般的に唾液腺の腫れが出現した日から腫れが完全に消失するまでと考えられています。
ただし、ウイルス排出の期間は個人差があり、腫れが引いた後も数週間ウイルスが検出されることもあると言われています。
学校や幼稚園、保育園などの集団生活においては、感染拡大を防ぐために出席停止期間が定められています。
これは、最も感染力が強いと考えられる期間に、他の子どもとの接触を避けることを目的としています。
次のセクションで詳しく説明しますが、日本の学校保健安全法では、「耳下腺、顎下腺又は舌下腺の腫脹が消失するまで」を出席停止期間としています。
これは、見た目の腫れがなくなるまでを一つの目安としていることになります。
感染者本人だけでなく、感染者の家族や濃厚接触者も、手洗いやうがいを徹底するなど、感染予防に努めることが大切です。
特に、おたふく風邪にかかったことがない人や予防接種を受けていない人は、感染するリスクが高いと考えられます。
おたふく風邪による出席停止期間と家族の対応
おたふく風邪は、学校や幼稚園、保育園での集団感染を防ぐため、学校保健安全法によって出席停止が義務付けられている感染症の一つです。
出席停止期間の基準は、以下の通りです。
「耳下腺、顎下腺又は舌下腺の腫脹が消失するまで」
つまり、唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺)の腫れが、医師の診察によって完全に消失したと認められるまでは、学校や園に登校・登園してはいけない、と定められています。
腫れが引くまでの期間には個人差がありますが、一般的には症状が出始めてから1週間から10日程度かかることが多いです。
医師の診断書や意見書が必要になる場合が多いので、必ず医療機関で診察を受けて、登校・登園の許可をもらうようにしてください。
家庭内での家族の対応としては、感染拡大を防ぐために以下の点に注意しましょう。
- 感染者の隔離: 可能であれば、感染者と他の家族(特に未感染者や予防接種を受けていない人)との接触を最小限にするように部屋を分ける、食器を分けるなどの対策を検討します。
- 手洗い・うがい: 感染者本人、そして家族全員が、こまめに手洗いとうがいを徹底することが非常に重要です。
特に、感染者の世話をした後や、食事の前には必ず行いましょう。 - 換気: 部屋の空気を入れ替えるために、定期的に窓を開けて換気をしましょう。
- タオルの共有を避ける: 顔を拭くタオルなどを共有しないようにしましょう。
- 未感染の家族: おたふく風邪にかかったことがない、または予防接種を受けていない家族がいる場合は、感染リスクが高いです。
可能であれば、感染者との接触を避けたり、マスクを着用したりすることも有効です。 - 兄弟姉妹: 感染者の兄弟姉妹で、おたふく風邪にかかったことがない、または予防接種を受けていない場合、感染している可能性があります。
症状が出るまでは登校・登園を許可されることが多いですが、潜伏期間があるため、数週間は注意深く様子を観察する必要があります。
自治体や園によっては、独自の基準を設けている場合もあるため、確認しておきましょう。
おたふく風邪にかかったら、まずは安静にして回復を待ち、感染が広がらないように適切な対策を取ることが、本人にとっても周囲にとっても大切です。
おたふく風邪の予防接種(ワクチン)
おたふく風邪は感染力が強く、合併症のリスクもある病気であるため、**予防接種(ワクチン)による予防が最も有効な対策**とされています。
ワクチンの種類と推奨される接種時期
おたふく風邪のワクチンは**生ワクチン**です。
生ワクチンは、病原体を弱毒化して作られており、接種すると体内で病原体が増殖し、軽い自然感染に近い状態を作り出すことで免疫を獲得します。
日本では、おたふく風邪ワクチンは**任意の予防接種**となっています。
つまり、法律で定められた定期接種ではなく、保護者の判断で有料で接種を受けるワクチンです。
しかし、感染力や合併症のリスクを考えると、**接種することが強く推奨されています**。
推奨される標準的な接種時期は以下の通りです。
- **1回目の接種**: **生後12ヶ月(1歳)**になったら、できるだけ早い時期に接種することが推奨されています。
麻しん・風しん混合(MR)ワクチン、水痘ワクチンなど、他の定期接種ワクチンと同時接種することも可能です。 - **2回目の接種**: **小学校入学前(5歳から7歳未満)**に2回目の接種を受けることが推奨されています。
これは、1回の接種では十分に免疫がつかない人がいることや、時間の経過とともに免疫が弱まることを考慮し、より確実に免疫をつけるためのものです。
合計2回の接種で、おたふく風邪の発症を効果的に予防できると考えられています。
任意接種であるため、地域によっては市町村が接種費用の一部を助成している場合があります。
お住まいの自治体の情報を確認してみましょう。
また、大人がおたふく風邪にかかったことがない場合や、子どもの頃に1回しか接種していない場合でも、**抗体検査で免疫がないことを確認**した上で、ワクチン接種を検討することが推奨されます。
特に妊娠を希望する女性や、思春期以降の男性は、合併症のリスクが高いことから、積極的に検討すべきです。
予防接種の効果と副反応
おたふく風邪ワクチンの主な効果は以下の通りです。
- **発症予防**: 2回接種することで、約90%以上の人がおたふく風邪の発症を予防できるとされています。
1回接種でも一定の効果は期待できますが、2回接種の方がより確実な免疫が得られます。 - **重症化予防**: ワクチンを接種していたにも関わらず発症した場合でも、症状が軽く済む、いわゆる「軽症化」の効果が期待できます。
- **合併症予防**: ワクチン接種によって、髄膜炎や難聴、精巣炎などの合併症を予防する効果も期待できます。
特に難聴は後遺症が残るため、ワクチンによる予防の重要性が高まっています。
一方、ワクチン接種後にみられる**副反応(ふくはんのう)**は、通常は軽いものです。
- **主な副反応**: 接種部位の痛み、腫れ、赤み、軽い発熱(接種後1~2週間頃)、耳下腺の軽い腫れ(接種後2~3週間頃)、発疹などです。
これらの症状は一時的で、数日で自然に治まります。 - **まれな副反応**:
- **無菌性髄膜炎**: 非常にまれですが、おたふく風邪ワクチン接種後に無菌性髄膜炎を発症することがあります。
自然感染による髄膜炎よりも頻度は低いとされており、予後も良好なことがほとんどです。 - **難聴**: さらにまれですが、ワクチン接種との関連が疑われる難聴の報告もごくわずかにあります。
しかし、自然感染による難聴と比較すると、そのリスクは圧倒的に低いと考えられています。 - **アナフィラキシー**: 重いアレルギー反応ですが、極めてまれです。
接種後すぐに起こることが多いので、接種後しばらくは医療機関で様子を見るようにします。
- **無菌性髄膜炎**: 非常にまれですが、おたふく風邪ワクチン接種後に無菌性髄膜炎を発症することがあります。
予防接種による副反応のリスクはゼロではありませんが、おたふく風邪に自然感染した場合の、髄膜炎や永続的な難聴、男性の不妊といった**重い合併症を起こすリスクと比較すると、ワクチンのリスクははるかに低い**と言えます。
項目 | 自然感染で発症した場合のリスク(目安) | ワクチン接種によるリスク(目安) |
---|---|---|
発症 | ほぼ100%(未感染・未接種の場合) | 約10%未満(2回接種の場合) |
無菌性髄膜炎 | 約1~10% | 1万~数万人に1人(極めてまれ) |
永続的難聴 | 数千人に1人~数万人に1人 | 100万人以上に1人(極めてまれ) |
思春期以降の精巣炎 | 約20~40% | ほぼゼロ(ワクチンによる予防効果) |
この表からも分かるように、ワクチン接種は自然感染によるリスクを大幅に減らすための、非常に重要な手段です。
まだワクチンを接種していない場合は、かかりつけ医と相談して接種を検討しましょう。
おたふく風邪に関するよくある質問
大人がおたふく風邪にかかるとどうなりますか?
大人がおたふく風邪にかかると、**子どもよりも症状が重くなる傾向**があります。
発熱が高くなったり、唾液腺の腫れや痛みが強く出たりすることが多いです。
また、最も注意すべきは**合併症のリスクが高まる**ことです。
特に思春期以降の男性では精巣炎を合併しやすく、まれに不妊の原因となることがあります。
女性もまれに卵巣炎を起こすことがあります。
その他、髄膜炎や膵炎などの合併症のリスクも子どもより高いと考えられています。
大人がおたふく風邪を疑う症状が出た場合は、必ず医療機関を受診してください。
おたふく風邪は人にうつりますか?感染期間は?
おたふく風邪は**人から人へうつる感染症**です。
感染者の咳やくしゃみによる飛沫感染や、ウイルスが付着した物からの接触感染で広がります。
**感染力がある期間**は、一般的に唾液腺の腫れが現れる**数日前から、腫れが完全に消失するまで**と考えられています。
特に腫れが出始めた頃が最も感染力が強い時期です。
学校や園は、腫れが消失するまで出席停止となります。
おたふく風邪の初期症状を教えてください。
おたふく風邪の典型的な症状である耳下腺の腫れが現れる前に、以下のような**初期症状**がみられることがあります。
**軽度の発熱、だるさ、食欲不振、筋肉痛、頭痛**などです。
これらの症状は他の風邪などと区別がつきにくいため、初期の段階でおたふく風邪と気づくことは難しい場合があります。
耳の下に違和感を感じることもあります。
感染しても症状がほとんど出ない(不顕性感染)人もいます。
おたふく風邪は自然に治りますか?
おたふく風邪には特効薬がないため、基本的に**体の免疫力によって自然に回復する病気**です。
多くの場合、耳下腺の腫れや発熱などの症状は、1週間から10日程度で自然に軽快します。
しかし、**まれに髄膜炎、難聴、精巣炎などの合併症を引き起こす可能性がある**ため、自然に治るのを待つのではなく、必ず医療機関を受診して診断を受け、医師の指示に従って安静に過ごし、対症療法を行うことが重要です。
合併症のサインに気づくためにも、医療機関での診察は欠かせません。
まとめ:気になる症状があれば医療機関へ
おたふく風邪(流行性耳下腺炎)は、ムンプスウイルスの感染によって引き起こされる病気です。
主に耳下腺の腫れと痛みが特徴ですが、発熱やその他の全身症状を伴うこともあります。
感染力が強く、特に集団生活の場で広がりやすい病気です。
多くの子どもは比較的軽症で回復しますが、**大人になってから感染した場合や、まれに子どもでも、髄膜炎、永続的な難聴、男性の不妊につながる可能性のある精巣炎**といった重い合併症を引き起こすリスクがあります。
おたふく風邪に対する特効薬はありませんが、痛みや発熱を和らげる対症療法や、合併症の早期発見と対応が非常に重要です。
最も効果的な予防策は**予防接種(ワクチン)**です。
日本では任意接種ですが、重い合併症を防ぐためにも、1歳と小学校入学前の合計2回の接種が推奨されています。
大人の未感染者や、過去の接種回数が不明な場合も、接種を検討しましょう。
もし、ご自身やご家族に耳の下の腫れや発熱など、おたふく風邪を疑う症状が見られた場合は、自己判断せず、速やかに**医療機関を受診**してください。
適切な診断とアドバイスを受けることが、早期回復と合併症予防のために大切です。
また、診断を受けた場合は、周囲への感染拡大を防ぐために、学校や園の出席停止期間を遵守しましょう。
**【免責事項】**
本記事で提供している情報は、おたふく風邪に関する一般的な知識について解説したものですが、すべての情報が個々の状況に当てはまるわけではありません。
診断や治療については、必ず医療機関で医師の診察を受けてください。
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