萎縮性胃炎とは?症状・原因から胃がんリスク、予防・改善法まで

萎縮性胃炎は、胃の粘膜が長期間の炎症によって薄くなり、正常な胃酸や粘液を分泌する能力が低下した状態を指します。単なる胃もたれや軽い不調と見過ごされがちですが、放置すると様々な問題を引き起こす可能性があるため、その原因や症状、適切な対応を知ることが非常に重要です。この記事では、萎縮性胃炎の基礎知識から、主な原因、具体的な症状、診断方法、そして最新の治療法、さらには日常生活での食事や胃がんとの関連性まで、専門的な視点から分かりやすく解説します。ご自身の胃の健康状態に関心がある方、萎縮性胃炎と診断された方、ご家族に胃の不調を抱える方がいる方にとって、この記事が胃の健康を守るための一歩となることを願っています。

目次

萎縮性胃炎とは?基礎知識

萎縮性胃炎の定義と病態

萎縮性胃炎(いしゅくせいいえん)とは、胃の粘膜が慢性の炎症によって傷つき、本来あるべき粘膜の厚みが失われ、薄くペラペラになってしまう状態を指します。粘膜が薄くなることを「萎縮(いしゅく)」と呼びます。

健康な胃の粘膜は、胃酸を分泌する細胞(壁細胞)や消化酵素を出す細胞、そして胃壁を保護する粘液を分泌する細胞(粘液頸部細胞、主細胞など)など、様々な種類の細胞が整然と並んでいます。これらの細胞が協力して、食べ物の消化を助けたり、胃自体が胃酸で傷つかないように守ったりしています。

しかし、何らかの原因で慢性的な炎症が続くと、これらの機能を持つ細胞が破壊され、その数が減ってしまいます。その結果、粘膜全体が薄くなり、胃酸や粘液の分泌能力が低下します。さらに、粘膜の表面が変化し、本来胃にはないはずの腸の粘膜のような細胞が現れることがあります。これを「腸上皮化生(ちょうじょうひかせい)」と呼びます。萎縮や腸上皮化生は、胃の機能が低下しているサインであり、胃がんのリスクが高まる状態と考えられています。

萎縮性胃炎は、加齢とともに進行することが多いですが、後述する特定の原因によって若い人にも見られます。粘膜の萎縮はゆっくりと進行するため、初期の段階では自覚症状がほとんどないことも少なくありません。

萎縮性胃炎の分類(タイプ)

萎縮性胃炎は、その進行度合いや範囲によって分類されることがあります。内視鏡(胃カメラ)検査で観察した粘膜の状態に基づいて評価されることが一般的です。代表的な分類方法としては、木村・竹本分類や、これらを簡略化したものがあります。

木村・竹本分類では、胃の粘膜の萎縮が、胃の入り口(噴門側)から出口(幽門側)に向かって、どの範囲まで広がっているかによって分類します。

分類 萎縮の範囲 特徴
C型萎縮 胃の出口側(幽門側)の一部に限局した萎縮 比較的に軽度な萎縮で、幽門部から胃体部にかけて進行することが多い。
O型萎縮 胃の全体(噴門側、胃体部、幽門側)に広範囲に及ぶ萎縮 進行した萎縮性胃炎で、胃酸分泌能力が著しく低下していることが多い。胃がんのリスクが高いとされる。
その他 胃底腺領域に限局する萎縮(自己免疫性胃炎などで見られることがある)など 特定の原因や病態によって、上記以外の特徴的な萎縮パターンが見られる場合がある。

C型萎縮は通常、胃の出口側から始まり、時間とともに胃の中央部(胃体部)を経て胃の入り口側へと広がっていきます。この広がり方から、慢性胃炎の進行度合いを示す指標としても用いられます。O型萎縮は、胃全体に萎縮が及んだ状態であり、胃の機能がかなり低下していることを示唆します。

この分類は、医師が内視鏡所見を記録し、病態を把握するためのものであり、患者さんが直接知る必要のある分類ではありませんが、ご自身の胃カメラの写真を見せてもらう際に、医師から「C型の少し進んだ状態ですね」とか、「O型に近い萎縮が見られます」といった説明を受けることがあるかもしれません。

萎縮の分類を知ることで、病態の進行度合いや、将来的な胃がんのリスクなどをより具体的に理解することができます。

萎縮性胃炎の主な原因

萎縮性胃炎の最も主要な原因は、特定の細菌感染と、体の免疫システムによる自己攻撃です。これ以外にも、加齢や他の要因が関与することがあります。

幽門螺旋菌(ピロリ菌)感染が原因

日本を含む東アジア諸国において、萎縮性胃炎の最も圧倒的な原因は、ヘリコバクター・ピロリ(幽門螺旋菌)という細菌の長期にわたる感染です。ピロリ菌は胃の粘膜に住みつき、胃酸から身を守る特殊な酵素(ウレアーゼ)を分泌します。このウレアーゼが尿素を分解してアンモニアを作り出すことで、胃酸を中和し、自身が生息できる環境を作り出します。

ピロリ菌が胃の粘膜に感染し続けると、慢性的な炎症が引き起こされます。この炎症は数年、あるいは数十年にわたって続き、徐々に胃の粘膜細胞を傷つけ、破壊していきます。炎症が長期化すると、胃の粘膜は正常な機能を失い、薄く(萎縮)なり、やがて腸上皮化生を引き起こします。

ピロリ菌に感染した人全てが重度の萎縮性胃炎になるわけではありません。感染期間、菌株の病原性、宿主(感染した人)の遺伝的要因や免疫応答、さらには生活習慣(喫煙など)など、様々な要因が複合的に影響して、炎症の程度や萎縮の進行速度が決まります。しかし、長期間ピロリ菌に感染している人ほど、萎縮性胃炎が進行しやすい傾向があります。

特に、幼少期にピロリ菌に感染すると、感染期間が長くなるため、成人になってから重度の萎縮性胃炎に至るリスクが高まると考えられています。かつては多くの日本人がピロリ菌に感染していましたが、衛生環境の改善により、若年層の感染率は低下しています。

ピロリ菌感染による萎縮性胃炎は、胃がんの発生リスクを著しく高めることがわかっています。そのため、ピロリ菌感染が確認された場合には、多くの場合、除菌治療が推奨されます。除菌に成功すれば、胃の炎症は改善し、萎縮の進行を抑えることができます。ただし、既に進行した萎縮や腸上皮化生は完全には元に戻らないため、除菌後も定期的な内視鏡検査が重要となります。

自己免疫性胃炎が原因

萎縮性胃炎の原因のもう一つとして、自己免疫性胃炎があります。これは、体の免疫システムが誤って自分自身の胃の細胞、特に胃酸を分泌する壁細胞を攻撃してしまうことによって起こる病気です。自己免疫疾患の一つと考えられています。

免疫システムが壁細胞を攻撃し破壊することで、胃酸の分泌が著しく低下します。また、壁細胞はビタミンB12の吸収に必要な「内因子」という物質も分泌しているため、壁細胞が破壊されると内因子の分泌も減少し、ビタミンB12欠乏症を引き起こすことがあります。ビタミンB12欠乏症が進行すると、悪性貧血と呼ばれる特殊な貧血や、神経系の症状(しびれなど)が現れることがあります。

自己免疫性胃炎による萎縮は、主に胃の上部(胃体部や胃底部)に広く見られることが特徴です。ピロリ菌による萎縮性胃炎が胃の出口側から始まることが多いのとは対照的です。

自己免疫性胃炎は、ピロリ菌感染による萎縮性胃炎に比べて頻度は低いですが、こちらも胃がん(特にカルチノイド腫瘍や神経内分泌腫瘍、および通常型の腺がん)のリスクを高める可能性があります。自己免疫性胃炎と診断された場合は、定期的な内視鏡検査に加え、ビタミンB12の補充療法が必要となることが多いです。

その他の萎縮性胃炎の原因(加齢など)

ピロリ菌感染や自己免疫性胃炎が萎縮性胃炎の主要な原因ですが、これら以外にも関連する要因がいくつか考えられています。

  • 加齢: 年齢を重ねるにつれて、胃の粘膜も自然な老化現象として変化し、機能が少しずつ低下する傾向があります。軽度の萎縮は、ピロロ菌感染がなくても加齢とともに見られることがあります。ただし、加齢単独で高度な萎縮性胃炎に進展することは稀で、多くの場合、ピロリ菌感染の既往や他の要因が複合的に影響していると考えられています。
  • 喫煙: 喫煙は胃の血行を悪化させたり、胃の粘膜防御機能を低下させたりすることで、胃炎を悪化させる要因となります。ピロリ菌感染者が喫煙すると、萎縮性胃炎の進行を速める可能性があるとされています。
  • 過度の飲酒: アルコールの過剰摂取も胃の粘膜に負担をかけ、炎症を引き起こす原因となります。慢性的な飲酒習慣は、胃炎や萎縮の進行に関与する可能性があります。
  • 不規則な食事や特定の食品: 非常に刺激の強い食品(極端に辛いもの、熱いものなど)を日常的に摂取したり、不規則な食生活を送ったりすることも、胃の粘膜に負担をかけ、慢性的な炎症の一因となる可能性が指摘されています。ただし、これも単独で重度の萎縮性胃炎に至ることは稀で、他の主要因と複合することが多いと考えられます。
  • 薬剤の影響: 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの特定の薬剤を長期にわたって服用することも、胃の粘膜を傷つけ、胃炎を引き起こすことがありますが、これは通常、急性胃炎や薬剤性胃潰瘍・十二指腸潰瘍の原因となりやすく、直接的に広範囲な萎縮性胃炎の主要因となるケースは限定的です。しかし、既存の胃炎がある場合に症状を悪化させる可能性はあります。

これらのその他の要因は、単独で重篤な萎縮性胃炎を引き起こすというよりは、ピロリ菌感染など、より主要な原因による炎症を助長したり、萎縮の進行を加速させたりする補助的な要因として考えられることが多いです。萎縮性胃炎の予防や進行抑制のためには、これらの要因にも注意を払うことが重要です。

萎縮性胃炎の症状

萎縮性胃炎の症状は、その進行度合いや範囲、そして個々の体質によって大きく異なります。特徴的な症状もあれば、ほとんど自覚症状がないケースも少なくありません。

萎縮性胃炎でよくある症状

萎縮性胃炎によって胃の粘膜が薄くなり、胃酸や粘液の分泌能力が低下すると、胃の消化機能や防御機能が弱まります。これにより、以下のような様々な症状が現れることがあります。

  • 胃もたれ、胃の膨満感: 食べ物が胃の中に長時間留まっているように感じたり、胃が張って重苦しい感じがしたりします。胃酸の分泌が少ないため、食べ物の消化が遅れることが原因の一つと考えられます。
  • 食欲不振: 胃の不快感やもたれ感が続くことで、食欲がわかなくなったり、少量でお腹いっぱいになったりします。
  • げっぷ、胸やけ: 胃の運動能力が低下したり、胃酸の分泌異常が起こったりすることで、げっぷが出やすくなったり、胃の内容物が食道に逆流して胸やけを感じたりすることがあります。ただし、重度の萎縮性胃炎で胃酸がほとんど出ていない場合は、胸やけを感じにくいこともあります。
  • 吐き気、胃のむかつき: 特に食後に吐き気を感じたり、胃がむかむかしたりすることがあります。
  • 少量の食事でお腹いっぱいになる(早期満腹感): 少し食べただけで胃がすぐに満腹になり、それ以上食べられなくなることがあります。これも胃の運動機能の低下や、食物が胃から腸へ排出される速度の遅延に関連している可能性があります。
  • お腹のハリ、ガスが溜まる感じ: 消化不良によって腸内でガスが発生しやすくなったり、胃腸の運動異常によりガスが溜まりやすくなったりすることがあります。
  • 貧血に関連する症状: 自己免疫性胃炎や重度のピロリ菌感染による広範囲な萎縮性胃炎では、ビタミンB12の吸収障害による悪性貧血を引き起こすことがあります。この場合、疲れやすい、息切れ、動悸、手足のしびれ、舌の痛みや赤みといった貧血や神経系の症状が現れることがあります。

これらの症状は、萎縮性胃炎に特有のものではなく、他の胃腸の病気や、ストレス、生活習慣の乱れなどでも起こりうるものです。しかし、これらの症状が慢性的に続く場合や、徐々に悪化するような場合は、一度専門医に相談し、原因を調べてもらうことが重要です。

自覚症状がない萎縮性胃炎の場合

萎縮性胃炎のもう一つの重要な特徴は、進行していても自覚症状がほとんどないケースが非常に多いということです。特に軽度から中等度の萎縮性胃炎では、胃の機能低下が軽微であったり、体が徐々に変化に適応してしまったりするため、これといった不調を感じないまま過ごしている方がたくさんいます。

自覚症状がないにも関わらず、胃の粘膜では慢性的な炎症が続き、萎縮や腸上皮化生といった病変が進行している可能性があります。そして、これらの病変は胃がんのリスクを高めることが知られています。

症状がないからといって安心せず、特に以下のような方は、一度胃の検査を受けることを検討すべきです。

  • 過去にピロリ菌に感染していた、あるいは現在感染している可能性がある方: ピロリ菌に感染していた期間が長いほど、萎縮性胃炎が進行しているリスクが高まります。
  • ご家族にピロリ菌感染者や胃がんになった方がいる方: ピロリ菌感染は家族内でも感染しやすい傾向があり、また胃がんの家族歴もリスク要因となります。
  • 健康診断や人間ドックで「慢性胃炎」や「胃粘膜の萎縮」を指摘された方: 症状がなくても、これらの指摘は胃の粘膜に異常が起きているサインです。
  • 40歳を過ぎた方: 加齢とともに萎縮性胃炎のリスクは高まります。

自覚症状がないからこそ、見逃されやすいのが萎縮性胃炎の怖いところです。しかし、適切な検査によって早期に発見し、原因(特にピロリ菌)に対する治療や定期的な経過観察を行うことで、胃がんの予防や早期発見につなげることができます。症状の有無にかかわらず、リスク因子がある方や気になる方は、積極的に医療機関を受診し、相談してみましょう。

萎縮性胃炎の診断方法

萎縮性胃炎を正確に診断するためには、いくつかの検査を組み合わせるのが一般的です。問診で症状や既往歴、生活習慣などを詳しく聞き取った上で、以下のような検査が行われます。

萎縮性胃炎の胃カメラ検査(内視鏡検査)

萎縮性胃炎の診断において、最も重要で確定的な情報を提供するのが胃カメラ検査(上部消化管内視鏡検査)です。細長いカメラのついたスコープを口または鼻から挿入し、食道、胃、十二指腸の粘膜を直接観察します。

胃カメラ検査では、以下の点を詳細に評価することができます。

  • 粘膜の色調と厚み: 正常な粘膜はピンク色で適度な厚みがありますが、萎縮性胃炎では粘膜が白っぽく薄くなっている様子が観察できます。粘膜の下にある血管が透けて見えることもあります。
  • 萎縮の範囲とパターン: 萎縮が胃のどの部分まで広がっているか(胃の入り口側まで及んでいるかなど)、その分布パターン(C型、O型など)を確認します。
  • 腸上皮化生の有無と程度: 萎縮が進んだ粘膜には、白色や灰白色の斑点状、あるいは絨毛状の隆起として腸上皮化生が見られることがあります。
  • 炎症の程度: 粘膜の発赤、腫れ、びらん(ただれ)といった炎症のサインを確認します。
  • その他の病変の確認: 潰瘍、ポリープ、そして最も重要な胃がんがないかを詳細に観察します。

また、胃カメラ検査では、必要に応じて組織生検(バイオプシー)を行うことができます。これは、観察中に異常が疑われる部分の粘膜を小さな鉗子で採取し、顕微鏡で細胞レベルの詳しい検査(病理組織検査)を行うものです。組織生検によって、炎症の種類、萎縮や腸上皮化生の程度をより正確に診断できるだけでなく、がん細胞の有無を確認することもできます。

胃カメラ検査は、萎縮性胃炎の診断だけでなく、その進行度合いや胃がんのリスクを評価し、適切な治療方針や経過観察計画を立てるために不可欠な検査と言えます。最近では、より苦痛の少ない経鼻内視鏡や鎮静剤を用いた検査も可能です。

萎縮性胃炎の血液検査・尿検査

萎縮性胃炎の診断や病態把握には、血液検査や尿検査も補助的に用いられることがあります。

  • 血液検査:
    * ピロリ菌抗体検査: 血液中にピロリ菌に対する抗体があるかを調べます。陽性であれば、過去または現在のピロリ菌感染を示唆します。簡便な検査ですが、除菌後も抗体が長く残る場合があるため、感染の有無を正確に判断するためには他の検査と組み合わせて判断します。
    * ペプシノゲン検査: ペプシノゲンは、胃の消化酵素であるペプシンの前駆物質です。胃の粘膜の状態によって血液中のペプシノゲン濃度が変動します。特に、ペプシノゲンIとペプシノゲンIIの値を測定し、その比率(I/II比)を調べます。胃の萎縮が進行すると、ペプシノゲンIの値が低下し、ペプシノゲンI/II比も低下する傾向があります。この検査は「胃がんリスク検診(ABC検診)」などに応用されており、胃の萎縮の程度を非侵襲的に推定するスクリーニング検査として有用です。ただし、あくまで間接的な指標であり、確定診断には内視鏡検査が必要です。
    * ビタミンB12濃度: 自己免疫性胃炎など、広範囲な萎縮によって胃酸や内因子の分泌が著しく低下している場合に、ビタミンB12欠乏による悪性貧血がないかを確認するために測定することがあります。
    * その他: 貧血の有無(ヘモグロビン値など)や、炎症の程度を示すCRPなどの項目を調べることもあります。
  • 尿検査:
    * 尿素呼気試験: ピロリ菌感染の有無を調べる非常に正確な検査です。検査薬を服用し、一定時間後に採取した呼気中の二酸化炭素濃度を測定することで、ピロリ菌が作り出すアンモニアを間接的に検出します。通常、除菌後の効果判定にも用いられますが、診断にも有用です。尿検査自体ではありませんが、ピロリ菌検査の方法として重要です。尿を用いたピロリ菌抗体検査も開発されていますが、血液検査や呼気試験に比べて一般的ではありません。

これらの血液検査や尿素呼気試験は、内視鏡検査と組み合わせて行われることで、萎縮性胃炎の原因(特にピロリ菌)や病態をより詳しく把握するために役立ちます。特に、ペプシノゲン検査は内視鏡検査の要否を判断するスクリーニングとして広く活用されています。

萎縮性胃炎診断のフロー

一般的に、萎縮性胃炎の診断は以下のような流れで進められます。

  1. 問診: 患者さんの症状(胃もたれ、胸やけなど)、胃腸の病歴、服用中の薬、生活習慣(喫煙、飲酒)、家族歴(胃がん、ピロリ菌感染者など)について詳しく聞き取ります。
  2. 血液検査(スクリーニング): ピロリ菌抗体検査やペプシノゲン検査などを行います。これらの検査結果から、ピロリ菌感染の可能性や胃粘膜の萎縮の程度を非侵襲的に推定します。特にペプシノゲン検査で異常が認められた場合は、内視鏡検査の必要性が高まります。
  3. 内視鏡検査(胃カメラ): 問診や血液検査の結果を踏まえ、必要と判断された場合に行われます。胃粘膜を直接観察し、萎縮の範囲、程度、腸上皮化生の有無などを詳細に評価します。この検査で萎縮性胃炎が確定診断されることが一般的です。
  4. 組織生検(内視鏡検査と同時に行う場合あり): 内視鏡検査中に異常が疑われる病変(萎縮、腸上皮化生、ポリープなど)から組織を採取し、病理組織検査を行います。これにより、炎症の種類、病変の悪性度(がんの有無など)を細胞レベルで詳しく調べます。
  5. ピロリ菌の精密検査: 血液検査でピロリ菌抗体が陽性であった場合、あるいは内視鏡検査でピロリ菌感染が強く疑われる所見(粘膜の発赤、鳥肌胃炎など)があった場合、ピロリ菌が現在も胃に生息しているかを確認するために、より精度の高い検査(尿素呼気試験、便中抗原検査、迅速ウレアーゼ試験、組織鏡検、培養検査など)を行います。これらの検査の結果、現在感染していると判断されれば、除菌治療の適応となります。

これらの検査結果を総合的に評価し、萎縮性胃炎の診断、原因の特定(ピロリ菌、自己免疫など)、病変の進行度合い、および胃がんのリスクを評価します。この情報に基づいて、今後の治療方針や定期的な経過観察の計画が立てられます。

検査方法 主な目的 特徴
胃カメラ検査 粘膜の直接観察、萎縮・化生の評価、組織生検、がんの発見 確定診断に必須、最も詳細な情報が得られる
血液検査(ピロリ菌抗体) ピロリ菌感染のスクリーニング 簡便だが、過去の感染も検出
血液検査(ペプシノゲン) 胃粘膜の萎縮度合いの間接的評価 非侵襲的スクリーニング、胃がんリスク評価に有用
尿素呼気試験 ピロリ菌の現感染診断、除菌効果判定 精度が高い、簡便
便中抗原検査 ピロリ菌の現感染診断 精度が高い、内視鏡が不要
組織生検 細胞レベルの診断、悪性度評価 確定診断、胃炎の種類特定、がん診断に不可欠(内視鏡検査とセット)

萎縮性胃炎は、症状がなくても進行し、将来の健康に影響を及ぼす可能性があるため、特にピロリ菌感染のリスクがある方や検診で指摘された方は、怖がらずに医療機関を受診し、適切な検査を受けることをお勧めします。

萎縮性胃炎は治る?治療方法について

一度進行した萎縮性胃炎の粘膜が、完全に健康な若い頃の粘膜の状態に戻ることは難しいと考えられています。特に、腸上皮化生が起きた部分は、現在の医療では完全に元の状態に戻すことはできないとされています。しかし、「治る」という定義を「病気の進行を止めたり、改善させたりすること」と捉えるならば、萎縮性胃炎は適切な治療によって改善が期待できる病気です。

萎縮性胃炎の治療の主な目的は、原因を取り除くことと、症状を和らげること、そして将来的な胃がんのリスクを低減させることです。

萎縮性胃炎のピロリ菌除菌療法

ピロリ菌感染が萎縮性胃炎の主な原因である場合、最も重要な治療法はピロリ菌の除菌療法です。ピロリ菌を除菌することで、胃粘膜の慢性的な炎症が鎮静化し、萎縮の進行を食い止める、あるいは改善させることが可能です。

ピロリ菌除菌療法は、通常、数種類の薬を組み合わせて1週間服用することで行われます。一般的な一次除菌療法では、以下の3種類の薬が用いられます。

  • プロトンポンプ阻害薬(PPI)またはカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB): 胃酸の分泌を強力に抑える薬です。胃酸が少ない環境では、抗菌薬の効果が高まります。
  • 2種類の抗菌薬: ピロリ菌に対して効果のある抗菌薬です。日本で一般的に使用されるのは、アモキシシリンとクラリスロマイシンです。

これらの3種類の薬を、医師の指示通りに朝晩の1日2回、7日間連続で服用します。

一次除菌療法でピロリ菌を除菌できなかった場合(約10~20%程度のケース)、二次除菌療法が行われます。二次除菌療法では、通常、PPIまたはP-CABに、アモキシシリンとメトロニダゾールといった異なる種類の抗菌薬を組み合わせて7日間服用します。二次除菌療法での成功率は90%以上と報告されています。

除菌療法終了後、通常1ヶ月以上期間を空けてから、ピロリ菌が本当にいなくなったかを確認する検査(尿素呼気試験や便中抗原検査など)を行います。この検査でピロリ菌が検出されなければ、除菌成功と判断されます。

ピロリ菌除菌に成功すると、胃の炎症は速やかに改善し、萎縮の進行も止まります。軽度な萎縮であれば、ある程度改善が見られることもあります。しかし、既に進行した萎縮や腸上皮化生は完全には消失しないため、除菌成功後も胃がんのリスクはゼロにはなりません。そのため、除菌成功後も定期的な内視鏡検査による経過観察が非常に重要となります。

萎縮性胃炎の薬物療法(B12補給など)

ピロリ菌除菌療法が適応とならない場合(ピロリ菌陰性の場合など)、あるいは除菌後の対症療法として、様々な薬剤が用いられることがあります。これらの薬剤は、萎縮性胃炎そのものを根本的に治すというよりは、症状を和らげたり、合併症を管理したりすることを目的とします。

  • 消化管運動機能改善薬: 胃の動きが悪いために胃もたれや膨満感などの症状が出ている場合に、胃や腸の動きを促進する薬が処方されることがあります。
  • 粘膜保護薬: 荒れた胃粘膜を保護し、修復を助ける薬が用いられることがあります。
  • 漢方薬: 胃の機能改善や症状緩和のために、患者さんの体質や症状に合わせて漢方薬が処方されることもあります。
  • ビタミンB12補充療法: 自己免疫性胃炎や重度の萎縮性胃炎によって胃酸や内因子の分泌が著しく低下し、ビタミンB12の吸収障害が起きている場合、ビタミンB12の注射や内服による補充療法が必要となります。これにより、悪性貧血や神経系の症状の進行を防ぎ、改善を目指します。

これらの薬物療法は、萎縮性胃炎によって引き起こされる不快な症状を和らげ、日常生活の質を改善することを目的として行われます。ただし、これらの薬剤が萎縮そのものや腸上皮化生を改善させる効果は限定的です。

萎縮性胃炎治療の効果と注意点

萎縮性胃炎の治療、特にピロリ菌除菌療法の効果は非常に大きいと言えます。

  • 炎症の改善: 除菌に成功すれば、胃粘膜の慢性炎症は速やかに収まります。
  • 萎縮の進行抑制: 萎縮の進行はほぼ完全に止まります。軽度の萎縮であれば、ある程度の改善も期待できます。
  • 胃がんリスクの低減: ピロリ菌を除菌することで、将来的な胃がんの発生リスクを大幅に低減できることが多くの研究で示されています。特に、萎縮が軽度な段階で除菌するほど、リスク低減効果は高いとされています。
  • 症状の改善: 炎症が改善することで、胃もたれ、胃痛、食欲不振などの症状が改善する人も多くいます。

一方で、治療にはいくつかの注意点があります。

  • 除菌療法の副作用: 除菌療法に用いられる抗菌薬や胃酸分泌抑制薬によって、下痢、軟便、味覚異常、腹痛、発疹などの副作用が出ることがあります。これらの副作用の多くは軽度で、服用終了後に自然に消失しますが、症状が強い場合や気になる場合は医師に相談しましょう。自己判断で服用を中断すると、除菌に失敗したり、薬剤耐性菌が出現したりする可能性があります。
  • 除菌不成功の可能性: 一次除菌で成功しない場合があるため、除菌後の確認検査が必須です。不成功の場合は二次除菌、三次除菌と進める必要があります。
  • 萎縮や化生の完全な消失は難しい: 既に進行してしまった萎縮や腸上皮化生は、除菌後も完全に元の状態に戻ることはありません。
  • 胃がんリスクはゼロにならない: ピロリ菌を除菌しても、萎縮や化生が残っている場合は、非感染者に比べて胃がんのリスクは高いままです。そのため、除菌成功後も定期的な内視鏡検査が非常に重要になります。除菌後の胃がん発生率は年々低下していくという報告もありますが、油断は禁物です。

萎縮性胃炎の予後(治癒の可能性)

萎縮性胃炎は、一度発生すると完全に健康な胃粘膜の状態に戻ることは難しい病気です。特に、腸上皮化生が広範囲に及んでいる場合、その変化が不可逆的であると考えられています。しかし、予後(病気のその後の経過や見通し)は、原因が何か、病変がどの程度進行しているか、そして適切な治療と経過観察が行われるかによって大きく異なります。

ピロリ菌感染による萎縮性胃炎の場合、ピロリ菌を除菌することで、炎症は治まり、萎縮の進行は食い止められます。軽度の萎縮であれば、粘膜の状態が改善する可能性もあります。除菌に成功し、その後も定期的に胃のチェックを受けることで、胃がんの予防や早期発見につながり、良好な予後が期待できます。

しかし、除菌しても既に高度な萎縮や広範囲な腸上皮化生がある場合、胃がんが発生するリスクは残ります。これは、萎縮や化生を起こした粘膜が、がんの発生しやすい「土壌」となっているためです。そのため、除菌成功後も、通常は1~2年に一度など、医師の指示に従って定期的な内視鏡検査を受け続けることが非常に重要です。定期検査によって、もし胃がんが発生した場合でも、早期のうちに発見し、根治性の高い治療を受けることが可能になります。

自己免疫性胃炎の場合、ビタミンB12欠乏に対する補充療法が必要となることが多く、また胃がん(特にカルチノイド腫瘍など)のリスクがあるため、こちらも定期的な内視鏡検査が重要です。自己免疫疾患であるため、胃以外の臓器にも影響が出る可能性があり、全身的な管理が必要となる場合もあります。

要約すると、萎縮性胃炎は「完全に治ってゼロに戻る」という病気ではありませんが、原因に対する治療(特にピロリ菌除菌)と適切な管理(定期的な内視鏡検査)によって、病気の進行を抑え、将来的な健康リスク(特に胃がん)をコントロールすることが十分に可能です。病気と上手に付き合っていく姿勢が大切になります。

萎縮性胃炎と食事・生活習慣

萎縮性胃炎そのものを食事や生活習慣だけで治すことは難しいですが、胃の負担を軽減し、症状を和らげ、病気の進行をできるだけ緩やかにするために、食事や生活習慣の見直しは非常に重要です。

萎縮性胃炎における食事の注意点

萎縮性胃炎がある場合、胃の機能(消化能力、粘液分泌による防御機能など)が低下しているため、健康な胃の人と同じように食事をすると、胃に負担がかかり、不快な症状が現れやすくなります。食事に関しては、以下の点に注意することが推奨されます。

  • 消化の良いものを中心に: 胃酸や消化酵素の分泌が少ないため、消化に時間のかかる脂肪分の多い食事や、繊維質の多い食品を一度にたくさん摂ると、胃もたれや膨満感につながりやすくなります。おかゆ、うどん、煮込み料理など、柔らかく調理され、消化しやすいものを中心に選びましょう。
  • 刺激物を避ける: 熱すぎるもの、冷たすぎるもの、辛すぎるもの、酸味の強いもの(柑橘類、酢など)、香辛料などは、胃粘膜への刺激となり、炎症を悪化させたり、症状を引き起こしたりすることがあります。できるだけ避けるか、控えめにしましょう。
  • 規則正しい時間に: 毎日決まった時間に食事を摂ることで、胃のリズムが整いやすくなります。空腹時間が長すぎると、次の食事で胃に急な負担がかかることがあります。
  • よく噛んでゆっくり食べる: 食べ物を小さくすることで、胃での消化が楽になります。また、ゆっくり食べることで満腹感を感じやすくなり、食べ過ぎを防ぐことにもつながります。
  • 腹八分目を心がける: 一度にたくさん食べすぎると、胃に大きな負担がかかります。少量ずつを数回に分けて食べる「分食」も有効な場合があります。
  • 食後すぐに横にならない: 食後すぐに横になると、胃の内容物が食道に逆流しやすくなり、胸やけなどの症状を引き起こすことがあります。食後数時間は体を起こしておくのが望ましいです。
  • 寝る直前の食事を避ける: 寝ている間は胃の動きが鈍くなるため、寝る直前に食事をすると、翌朝まで胃もたれが続くことがあります。寝る2~3時間前までには食事を済ませるのが理想です。

避けるべき・推奨される萎縮性胃炎の食品

具体的な食品としては、以下のようなものが挙げられます。ただし、個人差が大きいため、ご自身の体調に合わせて調整することが最も重要です。

避けるべき食品(例) 推奨される食品(例)
刺激が強いもの:唐辛子、わさび、カレー粉などの香辛料、酸味の強い食品(レモン、酢など)、熱すぎるもの、冷たすぎるもの 消化の良い炭水化物:おかゆ、うどん(柔らかく煮たもの)、食パン(焼きたてより少し時間が経ったもの)、じゃがいも(柔らかく煮る)
脂肪分が多いもの:揚げ物、脂身の多い肉、加工肉(ソーセージ、ベーコン)、バター、生クリーム、チョコレートなど 消化の良いタンパク質:鶏ささみ、白身魚、豆腐、卵(半熟など柔らかく調理)
繊維質が多いもの:きのこ類、海藻類、こんにゃく、たけのこ、ごぼう、硬い野菜や果物(生のもの) 柔らかい野菜:大根、かぶ、にんじん、かぼちゃ、ほうれんそう(葉先)、トマト(皮と種を取り除く)、キャベツなど(柔らかく煮る)
アルコールカフェインを多く含む飲料(コーヒー、紅茶、エナジードリンクなど) 胃に優しい飲み物:白湯、麦茶、ほうじ茶、薄めの番茶、牛乳、豆乳
炭酸飲料

上記は一般的な目安であり、体調の良い時と悪い時では食べられるものが異なる場合があります。胃の調子が悪いときは、より制限を厳しくするなど、柔軟に対応しましょう。また、特定の食品に対してアレルギーや不耐性がある場合は、それを避けることが重要です。

喫煙や飲酒が萎縮性胃炎に与える影響

喫煙と飲酒は、どちらも胃の健康に悪影響を及ぼすことが知られており、萎縮性胃炎の進行や症状悪化に関与する可能性があります。

  • 喫煙: タバコに含まれるニコチンは、胃の血行を悪くし、胃の粘膜細胞への栄養や酸素の供給を妨げます。また、胃壁を保護する粘液の分泌を減少させたり、胃酸の分泌を促進したりすることもあります。さらに、胃の運動機能を低下させる可能性も指摘されています。これらの作用によって、胃粘膜は傷つきやすくなり、炎症が起きやすくなります。ピロリ菌感染者が喫煙を続けると、萎縮性胃炎の進行を速めたり、ピロリ菌の除菌を難しくしたりする可能性も示唆されています。喫煙は胃がんのリスク因子でもあり、萎縮性胃炎がある場合は、胃がん発生リスクをさらに高める可能性があります。禁煙は、萎縮性胃炎の管理および胃がん予防のために非常に重要です。
  • 飲酒: アルコールは、胃粘膜に直接的な刺激を与え、炎症を引き起こす可能性があります。特に濃度が高いアルコールや、空腹時の飲酒は胃に大きな負担をかけます。適量であれば問題ない場合もありますが、慢性的かつ過度の飲酒は、胃炎を慢性化させ、萎縮性胃炎の進行を助長する可能性があります。また、アルコール摂取は胃酸分泌を促進することもあり、胃酸過多による症状を引き起こすこともあります。萎縮性胃炎がある場合は、できるだけ飲酒を控えるか、量を大幅に減らすことが推奨されます。

喫煙や飲酒は、萎縮性胃炎だけでなく、食道炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、さらには食道がんや胃がんといった他の上部消化管の病気のリスクも高めます。胃の健康を守るためには、これらの習慣を見直すことが大切です。

萎縮性胃炎におけるストレス管理

ストレスは、胃の機能に様々な影響を及ぼすことが知られています。直接的に萎縮性胃炎の原因となるわけではありませんが、胃の不調や症状を悪化させる要因となり得ます。

ストレスがかかると、自律神経のバランスが乱れ、胃酸の分泌が増えたり、胃の運動機能が異常をきたしたりすることがあります。また、胃の血行が悪くなることもあります。これらの変化は、既に萎縮している胃の粘膜にとってはさらなる負担となり、胃もたれ、胃痛、膨満感などの症状を引き起こしたり、悪化させたりする可能性があります。

萎縮性胃炎がある方にとって、ストレスを完全にゼロにすることは難しいとしても、上手に管理することが重要です。以下のような方法がストレス管理に役立つ可能性があります。

  • 十分な睡眠と休息: 体と心を休ませることは、ストレス解消の基本です。
  • 適度な運動: ウォーキングや軽いストレッチなど、無理のない範囲での運動は気分転換になり、ストレス軽減に役立ちます。
  • リラクゼーション: 深呼吸、ヨガ、瞑想、好きな音楽を聴く、趣味に没頭するなど、自分に合ったリラックス方法を見つけましょう。
  • 規則正しい生活リズム: 食事、睡眠、休息、活動の時間を一定にすることで、体の調子が整いやすくなります。
  • ストレスの原因に対処する: 可能であれば、ストレスの原因となっている問題そのものに対処することも重要です。一人で抱え込まず、信頼できる人や専門家に相談することも有効です。

ストレスは目に見えないものですが、胃腸を含む体の機能に大きな影響を与えます。萎縮性胃炎の症状に悩まされている場合は、食事や生活習慣の改善と合わせて、ストレス管理にも積極的に取り組んでみましょう。

萎縮性胃炎と胃がんのリスク

萎縮性胃炎は、単なる慢性の胃の炎症というだけでなく、将来的に胃がんを発生させるリスクを高める重要な前段階と考えられています。これは、胃の粘膜が長期間の炎症によって異常な変化を遂げているためです。

萎縮性胃炎が胃がんの原因となる理由

萎縮性胃炎が胃がんのリスクを高める主な理由は、慢性的な炎症によって胃の粘膜細胞に遺伝子レベルでの変化が蓄積すること、そして粘膜が本来の機能や構造を失うことに関連しています。

特に、ピロリ菌による慢性的な炎症が長期間続くと、胃の粘膜細胞は常にダメージを受け続け、修復と再生を繰り返すことになります。この繰り返しの過程で、細胞の遺伝子にエラー(変異)が蓄積しやすくなります。遺伝子に変異が蓄積すると、細胞の増殖をコントロールする仕組みが狂い、無秩序に増殖する細胞が出現しやすくなります。これががん細胞発生の出発点となります。

また、萎縮が進行すると、胃の粘膜は薄くなり、本来あるべき胃酸を分泌する細胞などが失われます。代わりに、腸の粘膜のような細胞が出現する「腸上皮化生」が起きます。この腸上皮化生を起こした粘膜は、正常な胃粘膜に比べてがんが発生しやすい「異形成」と呼ばれる状態に変化しやすく、さらに進行するとがんに至るという段階的な変化(「異形成-癌シーケンス」)が知られています。腸上皮化生が広範囲に及んでいるほど、胃がんのリスクは高いと考えられています。

自己免疫性胃炎の場合も、慢性的な炎症と胃粘膜の萎縮が起こり、胃がん(特に噴門部以外のがんやカルチノイド腫瘍)のリスクが高まることが報告されています。

つまり、萎縮性胃炎は、胃がんが発生するための「下地」や「土壌」を作り出す状態と言えます。萎縮性胃炎があるからといって必ず胃がんになるわけではありませんが、健康な胃粘膜に比べて、がんが発生する確率が高い状態にあることを理解しておくことが重要です。

胃がん予防のための対策

萎縮性胃炎がある方が胃がんを予防するために、最も効果的かつ推奨される対策は以下の通りです。

  • ピロリ菌の除菌: ピロリ菌に感染している場合は、積極的に除菌治療を行いましょう。ピロリ菌を除菌することで、胃の炎症が鎮静化し、萎縮の進行を止め、将来的な胃がんのリスクを大幅に低減できます。特に、萎縮が軽度な段階で除菌するほど、胃がん予防効果が高いことが示されています。除菌後もリスクはゼロにはなりませんが、非感染者に近いレベルまでリスクが低下するという報告もあります。
  • 定期的な内視鏡検査: ピロリ菌の除菌に成功した方、あるいはピロリ菌がいなくても萎縮や腸上皮化生がある方、自己免疫性胃炎の方など、萎縮性胃炎と診断された方は、胃がんリスクが高い状態にあると考えられます。そのため、症状の有無にかかわらず、医師の指示に従って定期的に内視鏡検査を受けることが非常に重要です。定期検査を受けることで、もし胃がんが発生しても、早期のうちに発見し、内視鏡による切除など体の負担の少ない方法で治療できる可能性が高まります。早期胃がんであれば、高い確率で治癒が期待できます。
  • 禁煙: 喫煙は胃がんの強力なリスク因子です。萎縮性胃炎の進行も助長するため、禁煙は胃がん予防に欠かせない対策です。
  • バランスの取れた食事: 塩分の過剰摂取は胃がんのリスクを高めることが知られています。塩蔵食品や加工食品の摂取を控えめにし、野菜や果物をバランス良く摂るように心がけましょう。
  • 適度な飲酒: 過度の飲酒は胃への負担を増やし、胃がんリスクを高める可能性があります。できるだけ控えるか、適量に留めましょう。

特にピロリ菌除菌と定期的な内視鏡検査は、萎縮性胃炎がある方の胃がん予防における二本柱と言えます。

萎縮性胃炎における定期的な検診の重要性

前述の通り、萎縮性胃炎がある方にとって、定期的な内視鏡検査による胃がん検診は非常に重要です。なぜなら、以下のような理由があるからです。

  • 症状がない場合が多い: 萎縮性胃炎や初期の胃がんは、自覚症状がほとんどないことが少なくありません。症状が出現した時には、病変が進行している可能性があります。
  • 胃がんリスクが高い: 萎縮性胃炎、特に広範囲な萎縮や腸上皮化生がある方は、そうでない方に比べて胃がんの発生リスクが高い状態にあります。
  • 早期発見・早期治療が可能に: 定期的に内視鏡検査を受けることで、胃がんが発生した場合でも、早期の段階で発見できる可能性が高まります。早期胃がんは、内視鏡的な治療(内視鏡的粘膜切除術:EMRや内視鏡的粘膜下層剥離術:ESDなど)で治癒できることが多く、開腹手術に比べて体への負担が非常に少なく済みます。進行したがんになる前に発見することが、予後を大きく左右します。

どのくらいの頻度で定期検査を受けるべきかは、萎縮性胃炎の進行度合い、腸上皮化生の程度、ピロリ菌除菌の有無、年齢、家族歴など、様々な要因を考慮して医師が判断します。一般的には、ピロリ菌除菌成功者や軽度な萎縮性胃炎の方は1~2年に一度、高度な萎縮や広範囲な腸上皮化生がある方、自己免疫性胃炎の方は年に一度の内視鏡検査が推奨されることが多いですが、個々の状況によって異なります。

萎縮性胃炎と診断されたら、「自分は胃がんになりやすい体質になった」と悲観するのではなく、「適切に管理すれば、胃がんになっても早期に発見できる可能性が高い」と前向きに捉え、医師と相談しながら、ご自身に合った定期的な検診の計画を立て、継続していくことが大切です。

萎縮性胃炎に関するよくある質問

萎縮性胃炎に関して、患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

胃はなぜ萎縮性胃炎になるのですか?

胃が萎縮性胃炎になる主な原因は、幽門螺旋菌(ピロリ菌)の長期感染自己免疫性胃炎です。ピロリ菌が胃粘膜に慢性的な炎症を引き起こし、徐々に粘膜を傷つけ、薄くしてしまうことが最も多い原因です。自己免疫性胃炎は、自分の免疫システムが誤って胃の細胞を攻撃することで起こります。加齢も軽度の萎縮に関連することがありますが、多くはピロリ菌感染が背景にあります。これらの原因によって、胃粘膜の正常な細胞が減少し、胃酸や粘液の分泌能力が低下し、最終的に粘膜が薄く硬くなってしまう(萎縮)のです。

胃炎は胃がんになりますか?

すべての胃炎が胃がんになるわけではありません。しかし、慢性的な炎症が続き、胃粘膜の萎縮や腸上皮化生を引き起こした「慢性萎縮性胃炎」は、胃がんの発生リスクを高める重要な病態です。特に、ピロリ菌感染による慢性萎縮性胃炎が最も胃がんとの関連が強いと考えられています。急性胃炎など一時的な胃炎が直接胃がんの原因となることは通常ありません。胃がんのリスクが高いのは、長期間にわたる慢性的な炎症の結果として生じた萎縮性胃炎です。そのため、萎縮性胃炎と診断された場合は、胃がん予防や早期発見のために適切な管理が必要です。

胃が炎症するとどんな症状が出ますか?

胃が炎症すると、様々な症状が現れる可能性があります。炎症の種類(急性か慢性か)、程度、範囲によって症状は異なりますが、一般的には以下のような症状が見られます。

  • 胃痛: みぞおちのあたりに痛みを感じることがあります。痛みの性質や強さは様々です。
  • 胃もたれ、膨満感: 食後に胃が重苦しく感じたり、張った感じがしたりします。
  • 胸やけ: 胃酸が食道に逆流することで、胸のあたりが焼けるように感じます。
  • 吐き気、嘔吐: 胃の不調によって吐き気を感じたり、実際に嘔吐したりすることがあります。
  • 食欲不振: 胃の不快感から食欲がわかなくなります。

ただし、慢性胃炎、特に萎縮性胃炎では、炎症が長く続いているため体が慣れてしまい、ほとんど症状がない場合も少なくありません。症状がないからといって胃に問題がないとは限らないため、注意が必要です。

萎縮性胃炎は本当に治りますか?

一度進行してしまった萎縮性胃炎の粘膜が、完全に健康な元の状態(特に若い頃の粘膜の状態)に戻ることは難しいと考えられています。特に、腸上皮化生が起きた部分は、現在の医療では完全に消失させることは困難です。しかし、「治る」ということを「病気の進行を止め、状態を改善させる」と捉えるならば、適切な治療によって改善は期待できます。

主な原因であるピロリ菌を除菌することで、胃の炎症は治まり、萎縮の進行を食い止めることができます。軽度の萎縮であれば、ある程度の改善が見られることもあります。しかし、既に高度な萎縮や広範囲な腸上皮化生がある場合は、除菌後もこれらの病変は残存し、胃がんのリスクもゼロにはなりません。

したがって、萎縮性胃炎は「完全に治る」というよりは、「進行を抑え、適切な管理と経過観察を行うことで、病気とうまく付き合っていく」という考え方が重要になります。

萎縮性胃炎にはどのような薬がありますか?

萎縮性胃炎に対する薬物療法は、その原因や症状に応じて使い分けられます。

  • ピロリ菌除菌薬: ピロリ菌感染が原因の場合、プロトンポンプ阻害薬(PPI)またはP-CABと、2種類の抗菌薬を組み合わせた除菌療法が中心となります。
  • 胃酸分泌抑制薬: 症状として胸やけなどが強い場合に、胃酸の分泌を抑える薬(H2ブロッカーやPPIなど)が処方されることがあります。ただし、萎縮が進み胃酸分泌能力が低下している場合は、これらの薬は不要なことが多いです。
  • 消化管運動機能改善薬: 胃の動きが悪く、胃もたれや膨満感などの症状がある場合に、胃の運動を促進する薬が用いられます。
  • 粘膜保護薬: 胃粘膜の修復を助けたり、保護したりする薬が処方されることがあります。
  • ビタミンB12製剤: 自己免疫性胃炎など、ビタミンB12の吸収障害による悪性貧血がある場合に、ビタミンB12を補充するための注射薬や内服薬が使用されます。

これらの薬剤は、原因に対する治療(除菌)や、症状の緩和を目的として使用されます。萎縮そのものや腸上皮化生を直接的に改善させる薬は現在のところありません。どの薬が適しているかは、医師が患者さんの状態を診て判断します。

まとめ

萎縮性胃炎は、胃の粘膜が慢性的な炎症によって薄くなり、機能が低下した状態であり、特に幽門螺旋菌(ピロリ菌)の長期感染が主な原因となります。加齢や自己免疫性胃炎なども関与します。胃もたれや食欲不振などの症状が現れることもありますが、自覚症状がないまま進行しているケースも少なくありません。

診断には内視鏡検査(胃カメラ)が最も重要であり、粘膜の萎縮や腸上皮化生の程度、範囲を直接評価します。血液検査によるペプシノゲン検査や、ピロリ菌の検査(尿素呼気試験、便中抗原検査など)も補助的に用いられます。

治療の柱は、原因であるピロリ菌の除菌です。除菌に成功すれば、炎症は改善し、萎縮の進行を食い止めることができます。ただし、一度進行した萎縮や腸上皮化生は完全には元に戻らないことが多いです。症状に対しては、消化管運動機能改善薬や粘膜保護薬などが用いられることがあります。自己免疫性胃炎の場合は、ビタミンB12の補充が必要となることもあります。

萎縮性胃炎は、胃がんのリスクを高める前段階と考えられています。特にピロリ菌感染による萎縮性胃炎では、がんが発生しやすい状態になっています。しかし、ピロリ菌を除菌し、禁煙やバランスの取れた食事などの生活習慣に気を付けることで、胃がんのリスクを低減できます。そして最も重要なのは、萎縮性胃炎と診断されたら、症状の有無にかかわらず、医師の指示に従って定期的に内視鏡検査を受けることです。これにより、万が一胃がんが発生しても、早期に発見し、より負担の少ない治療で治癒できる可能性が高まります。

萎縮性胃炎と診断されても過度に心配する必要はありませんが、ご自身の胃の状態を正しく理解し、適切な治療や定期的な経過観察を継続していくことが、胃の健康を守り、将来の胃がん予防につながる何よりの対策となります。胃の不調が続く方、ピロリ菌感染を指摘されたことがある方、健康診断で胃の異常を指摘された方は、一人で悩まず、消化器内科などの専門医にご相談されることを強くお勧めします。


免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としており、個々の病状の診断や治療を推奨するものではありません。ご自身の健康状態に関してご心配な点がある場合は、必ず医療機関を受診し、医師の判断を仰いでください。記事の内容は、医学の進歩により変更される可能性があります。

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