百日咳にかかってしまった経験がある方の中には、「一度かかったらもう大丈夫」「免疫がついたから安心」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、残念ながら百日咳は一度かかっても二度とかからない病気ではありません。
免疫は獲得できますが、その効果は時間とともに弱まってしまい、再感染する可能性があるのです。
特に大人は、子どもの頃に予防接種を受けていても、その効果が薄れることで感染リスクが高まります。
百日咳は大人がかかると典型的な症状が出にくいため、診断が遅れてしまうことも少なくありません。
その結果、知らず知らずのうちに周囲、特に免疫が十分でない乳児に感染させてしまうリスクもあります。
この記事では、百日咳の免疫がなぜ一生続かないのか、症状の経過や特徴、感染力、診断・治療法、そして最も重要な予防法であるワクチンについて詳しく解説します。「しつこい咳が続いている」「周りに百日咳の人がいるかもしれない」といった不安がある方も、ぜひ最後までお読みいただき、百日咳への理解を深めて適切な対応をとるための参考にしてください。
百日咳の免疫は一生続かない
百日咳は、百日咳菌(Bordetella pertussis)という細菌によって引き起こされる感染症です。
一度感染したりワクチンを接種したりすることで、体の中に百日咳菌に対する免疫ができます。
しかし、この免疫は残念ながら一生続くものではありません。
時間の経過とともに免疫力が低下し、再び百日咳にかかる可能性があります。
自然感染による免疫
百日咳菌に自然に感染した場合、体は菌と戦うための抗体を作り、免疫を獲得します。
この自然感染による免疫は、ワクチン接種による免疫よりも一般的に持続期間が長いとされています。
しかし、それでもその免疫が永続的に続くわけではありません。
多くの研究で、自然感染後の免疫は10年から20年程度で徐々に弱まっていくことが示唆されています。
免疫の持続期間には個人差があり、体質や感染時の状況によっても変動する可能性があります。
免疫が十分にある状態であれば、たとえ百日咳菌に接触しても発症しなかったり、ごく軽い症状で済んだりします。
しかし、免疫が低下してくると、再び百日咳菌が体内に入った際に、発症するリスクが高まります。
ワクチン接種による免疫
現在、日本では定期予防接種として百日咳ワクチンが含まれています(DPT三種混合ワクチンやDPT-IPV四種混合ワクチンなど)。
ワクチンを接種することでも、百日咳菌に対する免疫を獲得できます。
ワクチンの目的は、百日咳の発症を予防すること、特に乳児期の重症化や命に関わる合併症を防ぐことです。
しかし、ワクチンで得られる免疫は、自然感染による免疫よりも持続期間が短い傾向があります。
一般的に、ワクチン接種後数年で免疫力が低下し始めるとされており、埼玉県ウェブサイトの情報によると、ワクチンによる免疫効果は5~10年程度持続すると考えられています。
また、厚生労働省の資料では、現行の精製百日せきワクチンの免疫持続期間は4~12年程度とされています。
このため、子どもの頃に定期接種を完了していても、思春期以降になると百日咳に対する免疫が弱まり、感染しやすくなるのです。
再感染の可能性について
前述のように、自然感染でもワクチン接種でも得られた免疫は時間とともに低下します。
この免疫が不十分になった状態で百日咳菌に再び曝露すると、百日咳に再感染する可能性があります。
特に近年、厚生労働省の資料にあるように、日本を含む多くの先進国で、青年・成人層の発症が増加傾向にあります。
埼玉県ウェブサイトでも、ワクチン未接種者や接種後に年数が経過して免疫が減衰した方において、いまだに発症が見られ、日本国内でも報告が続いていることが示されています。
また、発生動向調査によると、百日咳に罹患する主な年代が乳幼児から学齢期に変わってきている状況が示唆されています。
これは、子どもの頃にワクチンを接種した世代が成長し、ワクチンの効果が薄れてきたことが一因と考えられています。
大人が百日咳に再感染した場合、典型的な激しい咳発作ではなく、長引く咳や軽い風邪のような症状で済むことも多く、百日咳だと気づかれないケースが少なくありません。
大人の百日咳は、症状が軽くても感染力を持つため、周りの人に百日咳をうつしてしまう可能性があります。
特に免疫が不十分な乳児にとっては、大人が感染源となるケースが多く、これが乳児の重症化に繋がる大きな問題となっています。
そのため、大人も百日咳に再感染する可能性があることを認識し、適切な予防策をとることが重要です。
百日咳の症状と特徴
百日咳の症状は、年齢や免疫の状態によって異なりますが、典型的な経過は3つの段階に分けられます。
症状の経過(カタル期、痙咳期、回復期)
百日咳の典型的な経過は以下の3つの期間に分けられます。
- カタル期(潜伏期〜約1〜2週間):
感染してから症状が現れるまでの潜伏期間は通常5〜10日(最大3週間)です。症状が出始めると、最初の1〜2週間はカタル期と呼ばれます。この期間の症状は、普通の風邪とよく似ています。くしゃみ、鼻水、軽い咳、微熱といった症状が見られます。咳は次第に頻繁になりますが、この時点ではまだ特徴的な激しい咳発作は見られません。このカタル期が最も感染力が強い時期です。まだ百日咳だと気づきにくいため、周囲の人に感染を広げてしまうリスクが高い期間と言えます。 - 痙咳期(約2〜6週間):
カタル期に続くのが痙咳期で、この期間に百日咳に特徴的な咳発作が現れます。咳は激しくなり、連続して「コンコンコンコン!」と短い咳を繰り返します。息を吸う間もなく咳き込み続け、顔が真っ赤になったり、吐きそうになったりすることもあります。そして、一連の咳発作の後、息を吸い込む際に「ヒュー」という笛の音のような特徴的な吸気音(レプリーゼまたはwhoop)を伴うのが典型的です。このレプリーゼは百日咳の診断において重要な手がかりとなります。咳発作は特に夜間や早朝に起こりやすく、食事中や運動中、興奮した時などにも誘発されやすい傾向があります。発熱は通常見られません。乳児ではこの期間に無呼吸発作を起こすことがあります。この期間が最も苦しい時期であり、数週間にわたって持続します。 - 回復期(数週間〜数ヶ月):
痙咳期を経て、咳発作の頻度や激しさが徐々に減少し始めると回復期に入ります。咳発作はゆっくりと改善していきますが、完全に消失するまでには数週間から数ヶ月かかることも珍しくありません。特に体調が優れない時や、他の呼吸器感染症にかかった時には、再び咳発作がぶり返すこともあります。咳が長期間続くことから「百日咳」という名前がついていますが、実際に100日続くかどうかは人によって異なります。感染力は、抗菌薬による適切な治療を開始してから5日程度でほぼなくなるとされていますが、治療しない場合は痙咳期の間、感染力が持続する可能性があります。
乳児と大人の症状の違い
百日咳の症状は、年齢やワクチンの接種歴によって大きく異なります。
特に注意が必要なのは乳児です。
- 乳児(特に生後6ヶ月未満):
免疫が未熟な乳児、特に生後数ヶ月の赤ちゃんは、百日咳にかかると重症化しやすい最もリスクの高い年齢層です。典型的なレプリーゼを伴う咳発作が見られないことも多く、代わりに咳の後の無呼吸発作が主な症状となることがあります。顔色が悪くなったり(チアノーゼ)、呼吸が止まったりすることもあり、非常に危険です。肺炎や脳症といった命に関わる合併症を起こすリスクも高く、入院治療が必要となるケースがほとんどです。 - 幼児・学童:
予防接種を受けていない場合や、接種していても時間が経って免疫が低下している場合は、典型的なカタル期、痙咳期、回復期の経過をたどることが多いです。特徴的な激しい咳発作やレプリーゼが見られやすい年齢層です。 - 思春期・成人:
子どもの頃にワクチンを接種している場合、免疫が低下していても百日咳菌に対する完全な感受性を取り戻しているわけではないため、典型的な症状が出にくい傾向があります。多くの場合、数週間から数ヶ月続くしつこい咳が唯一の症状であることがあります。レプリーゼや咳の後の嘔吐なども見られることがありますが、子どものように明確でないことが多いです。発熱はほとんどありません。症状が軽いため風邪や気管支炎、マイコプラズマ感染症などと間違われやすく、百日咳と診断されるまでに時間がかかることがよくあります。症状が軽くても感染力はあるため、周囲、特に乳児への感染源となるリスクが問題視されています。
このように、百日咳の症状は「激しい咳」というイメージが強いかもしれませんが、特に乳児や大人の場合は atypical(非典型的)な症状を示すことがあるため、注意が必要です。
どんな咳が出る?特徴的な咳発作
百日咳の最も特徴的な症状は、痙咳(けいがい)と呼ばれる咳発作です。
これは、短い咳が連続して何回も起こり、息を吸う暇もないほど激しく続く発作です。
具体的な咳発作の特徴は以下の通りです。
- 連続性の強い咳: 「コンコンコンコンコンコン…」と、短い咳が立て続けに出ます。一度始まると、なかなか止まらず、息を吸う前に次の咳が出ます。
- 吸気時のレプリーゼ(Whoop): 一連の咳発作が一段落したところで、大きく息を吸い込む際に、狭くなった喉を通る空気によって「ヒューッ」とか「コォーッ」とかいった笛の音のような高い音が出ます。これがレプリーゼ(またはWhooping coughの「Whoop」)と呼ばれる百日咳に非常に特徴的な吸気音です。ただし、全ての患者、特に乳児や成人では、このレプリーゼが明確に出ないこともあります。
- 咳の後の嘔吐: 激しい咳発作の後に、痰や胃の内容物を吐き出してしまうことがあります。特に食後に咳発作が起こると、嘔吐しやすい傾向があります。
- 顔色の変化: 咳き込んでいる最中は、呼吸が十分にできないために顔が真っ赤になったり、ひどい場合には顔色が悪くなったり(チアノーゼ)することもあります。
- 夜間に多い: 咳発作は、昼間よりも夜間や睡眠中に起こりやすい傾向があります。
- 誘発されやすい: ちょっとした刺激(例えば、話す、笑う、泣く、飲食する、冷たい空気を吸うなど)によって咳発作が誘発されることがあります。
このような特徴的な咳発作が見られる場合は、百日咳を強く疑う必要があります。
特に乳児で咳発作が見られる場合は、直ちに医療機関を受診することが重要です。
百日咳の感染力とうつる期間
百日咳は非常に感染力の強い病気です。
感染経路と、いつまで他の人にうつす可能性があるのかを理解することは、感染拡大を防ぐ上で非常に重要です。
感染力が強い時期
百日咳の感染力が最も強いのは、症状が出始めたばかりのカタル期です。
この時期は、まだ風邪のような軽い症状しかなく、百日咳だと気づきにくいため、咳やくしゃみによって百日咳菌を含んだ飛沫が周囲に飛び散り、多くの人に感染させてしまうリスクが高いです。
痙咳期に入り、特徴的な咳発作が出るようになってからも感染力はありますが、カタル期に比べるとやや低下すると考えられています。
適切な抗菌薬による治療を開始した場合、感染力は急速に低下し、通常治療開始から5日程度で感染力はほとんどなくなるとされています。
しかし、抗菌薬による治療を受けなかった場合、感染力は痙咳期の間(数週間〜数ヶ月)持続する可能性があります。
感染経路と予防策
百日咳の主な感染経路は以下の通りです。
- 飛沫感染: 百日咳菌を持った人が咳やくしゃみをした際に飛び散る、菌を含んだ細かい飛沫を、近くにいる人が吸い込むことで感染します。これが最も一般的な感染経路です。
- 接触感染: 百日咳菌が付着した手で、口や鼻、目に触れることで感染することがあります。咳やくしゃみを手で覆ったり、菌が付着した物を触ったりした後に、十分に手洗いをしないと感染を広げる可能性があります。
百日咳の感染を防ぐためには、以下のような予防策が有効です。
- 予防接種(ワクチン): これが最も重要で効果的な予防策です。埼玉県ウェブサイトでも有効な予防法として、5種混合ワクチン(DPT-IPV-Hib)などの定期予防接種が挙げられています。子どもの定期接種を計画通りに受け、大人も免疫が低下している可能性があるため、追加接種(任意接種)を検討することが推奨されます。特に、これから赤ちゃんを迎えるご家族や、乳児と接する機会の多い方は、大人の百日咳ワクチン接種が乳児を百日咳から守るために非常に重要です。
- 咳エチケット: 咳やくしゃみをする際は、口や鼻をティッシュやハンカチ、あるいは上着の袖で覆い、他の人から顔をそらすようにしましょう。使用したティッシュはすぐにゴミ箱に捨てます。
- 手洗い: 外出から帰った後、食事の前、咳やくしゃみをした後など、こまめに石鹸と流水でしっかりと手を洗いましょう。アルコール手指消毒剤も有効です。
- マスクの着用: 咳や鼻水などの症状がある場合は、マスクを着用することで飛沫の飛散を防ぎ、周囲への感染リスクを減らすことができます。感染している可能性がある場合だけでなく、百日咳が流行している時期には、人が多い場所でのマスク着用も有効です。
- 患者との濃厚接触を避ける: 百日咳と診断された人、あるいは百日咳が強く疑われる人との濃厚接触(近距離での会話、同じ空間に長時間いるなど)を可能な限り避けましょう。
これらの予防策を複合的に行うことで、自分自身だけでなく、大切な家族や周囲の人々を百日咳から守ることができます。
百日咳の診断と治療
百日咳が疑われる場合、確定診断のためには医療機関での診察と検査が必要です。
早期に診断し、適切な治療を開始することが、症状の軽減や感染拡大の防止、特に乳児の重症化予防のために非常に重要です。
診断方法
百日咳の診断は、医師による問診、身体診察、そしていくつかの検査を組み合わせて行われます。
- 問診: 症状(特に咳の性質、経過、持続期間)、年齢、ワクチンの接種歴、周囲に百日咳患者がいないかなどを詳しく確認します。特徴的な痙咳やレプリーゼ、咳の後の嘔吐などがある場合は、百日咳が強く疑われます。
- 身体診察: 咳発作の様子を観察したり、聴診などを行ったりします。
- 検査: 百日咳の確定診断のためには、以下のような検査が行われます。
- 細菌学的検査(PCR検査など): 鼻や喉の奥から採取したぬぐい液や分泌物の中に、百日咳菌の遺伝子(DNA)や菌そのものが存在するかを調べます。特に症状が出始めてから比較的早期(カタル期〜痙咳期の初期)に検査を行うと陽性になりやすいです。PCR検査は感度が高く、比較的迅速に結果が出ることが多いです。
- 血清学的検査(抗体検査): 血液中の百日咳菌に対する抗体の量を調べます。百日咳に感染すると、特定の抗体の値が上昇します。この検査は、症状が長期間続いている場合(痙咳期以降)に診断の手がかりとなります。特に大人の百日咳の診断に有用なことが多いですが、ワクチンの影響や再感染の場合には解釈が難しいこともあります。
- 菌培養検査: 鼻や喉から採取した検体を特別な培地で培養し、百日咳菌が増殖するかを調べる検査です。菌を直接検出するため確定診断となりますが、菌の増殖に時間がかかることや、抗菌薬を服用していると陽性になりにくいといった制約があります。
これらの検査結果や症状を総合的に判断して、医師が百日咳の診断を行います。
治療薬(抗菌薬)
百日咳は細菌による感染症であるため、治療には抗菌薬(抗生物質)が用いられます。
百日咳菌に対して有効なのは、主にマクロライド系の抗菌薬(エリスロマイシン、クラリスロマイシン、アジスロマイシンなど)です。
抗菌薬による治療の目的は以下の通りです。
- 体内の百日咳菌を排除する: 早期に抗菌薬を服用することで、体内の百日咳菌を減らし、病気の進行を抑えることができます。
- 症状の軽減: 厚生労働省の資料にも言及されているように、症状が出始めて比較的早い時期(カタル期、あるいは痙咳期のごく初期)に抗菌薬を服用すると、咳の症状を軽くしたり、回復を早めたりする効果が期待できます。ただし、痙咳期に入ってから時間が経ってしまうと、体内の菌は既に少なくなっていても、咳発作は気道の炎症などによって続いていることが多いため、抗菌薬による咳そのものへの効果は限定的になる傾向があります。
- 感染力の低下: 抗菌薬を服用することで、体内の百日咳菌の量が急激に減少し、他の人に感染させるリスクを大きく減らすことができます。通常、抗菌薬の服用開始から5日後には感染力がほぼなくなるとされています。このため、百日咳と診断された場合は、症状の程度に関わらず、感染拡大を防ぐ目的で抗菌薬が処方されることが一般的です。
抗菌薬は医師の指示通りに、定められた期間しっかりと服用することが重要です。
自己判断で服用を中止したり、量を調節したりすると、菌が完全に排除されず症状が再燃したり、菌が薬剤耐性を獲得したりするリスクがあります。
また、咳発作に対しては、必要に応じて鎮咳薬(咳止め)や去痰薬が処方されることもありますが、百日咳の咳発作は一般的な咳止めが効きにくい特徴があります。
乳児の場合は、呼吸状態の観察や吸引、酸素投与など、より注意深い全身管理が必要になります。
薬なしで自然に治る?
百日咳は、抗菌薬による治療を受けなくても、時間をかければ自然に回復に向かう感染症です。
体力のある健康な成人であれば、多くの場合、重症化せずに回復することができます。
しかし、「薬なしで自然に治る」ことを選択することは、いくつかの重要なリスクを伴います。
- 症状の長期化と苦痛: 抗菌薬を服用しない場合、体内の百日咳菌が減るまでに時間がかかり、典型的な咳発作が数週間〜数ヶ月と長く続く可能性が高いです。激しい咳発作は患者にとって非常に苦痛であり、睡眠不足、体力消耗、食欲不振などを引き起こし、日常生活に大きな支障をきたします。
- 感染源となる期間の長期化: 抗菌薬治療を行わない場合、感染力が持続する期間が長くなります。痙咳期の間、ずっと周囲に菌をまき散らす可能性があります。これは、特に家族や職場、学校など、多くの人が集まる場所での感染拡大を招く大きなリスクとなります。
- 合併症のリスク: 特に乳児や高齢者、免疫力が低下している人など、重症化リスクの高い人では、肺炎や脳症などの命に関わる合併症を起こす可能性が高まります。厚生労働省の資料にも、乳児期早期のワクチン接種開始が重症化予防に有効であると示されているように、適切な対応が重要です。また、成人でも、激しい咳による肋骨骨折、尿失禁、ヘルニアの悪化などの合併症を起こすことがあります。
- 診断の遅れ: 薬なしで様子を見ている間に、百日咳だと確定診断されず、適切な感染対策がとられないまま周囲への感染を広げてしまうリスクがあります。
これらの理由から、百日咳が疑われる場合や診断された場合は、自己判断で薬を使わずに様子を見るのではなく、必ず医療機関を受診し、医師の指示に従って適切な治療(主に抗菌薬の服用)を受けることが強く推奨されます。
早期の診断と治療は、本人の回復を早めるだけでなく、大切な家族や周囲の人々、特に乳児を百日咳から守るために非常に重要なのです。
百日咳の予防とワクチン
百日咳を予防する上で、最も効果的で重要な手段は予防接種(ワクチン)です。
ワクチン接種によって、百日咳にかかるリスクを減らし、たとえかかっても重症化を防ぐことができます。
予防接種(ワクチン)の重要性
百日咳ワクチンは、主に以下の理由から非常に重要です。
- 乳児の重症化予防: 乳児、特に生後6ヶ月未満の赤ちゃんは百日咳にかかると重症化しやすく、命に関わる合併症を起こすリスクが高いです。厚生労働省の資料でも、乳児期早期のワクチン接種開始が重症化予防に有効であることが示されています。
- 発症予防: ワクチン接種によって、百日咳菌に対する免疫を獲得し、感染しても発症を防ぐ、あるいは症状を軽くすることができます。
- 集団免疫効果: 埼玉県ウェブサイトによると、百日咳ワクチンを含む予防接種は、日本を含む世界各国で広く実施されており、その普及とともに各国での発症数は大きく減少しました。多くの人がワクチンを接種することで、地域全体での百日咳の流行を防ぐことができます。これは、病気や体質などの理由でワクチンを接種できない人や、まだワクチン接種の時期を迎えていない乳児を百日咳から守る上で非常に重要です。
- 感染源となるリスクの低減: 成人が百日咳に感染し、気づかないまま周囲に感染を広げるケースが増えています。大人がワクチンを接種し、発症リスクを減らすことは、特に乳児への感染を防ぐ「 cocooning(コクーン)戦略」としても重要視されています。
日本では、百日咳ワクチンはジフテリア、破傷風とともに定期予防接種に含まれており、近年ではポリオ不活化ワクチンも加えた四種混合ワクチン(DPT-IPVワクチン)として生後2ヶ月から接種が開始されます。
規定の回数を接種することで、乳幼児期の百日咳を予防しています。
ワクチン接種してもかかることがある?
「ワクチンを打ったのに百日咳にかかった」というケースは実際にあります。
これを「ブレークスルー感染」と呼びます。
ワクチンを接種しても百日咳にかかる可能性がある理由はいくつか考えられます。
- ワクチンの効果は100%ではない: どんなワクチンも、100%病気を防ぐことができるわけではありません。百日咳ワクチンも例外ではなく、接種しても感染・発症する可能性はゼロではありません。
- ワクチンの種類と免疫応答: 過去に使用されていた全菌体ワクチンに比べて、現在主流となっている無細胞ワクチン(特定の百日咳菌の成分だけを含むワクチン)は、副反応が少ない一方で、獲得できる免疫の持続期間がやや短いという特徴が指摘されています。
- 免疫の減衰: ワクチンによって獲得した免疫は、時間とともに徐々に弱まっていきます。特に最後のワクチン接種から時間が経つと、十分な免疫力が維持できなくなり、感染しやすくなります。埼玉県ウェブサイトでも、接種後に年数が経過して免疫が減衰した方において発症が見られることが示されています。これが思春期以降の百日咳増加の一因と考えられています。
- 百日咳菌の変異: 百日咳菌も、時間とともに少しずつ変化(変異)していく可能性があります。ワクチンの対象となっている菌の型と、流行している菌の型に違いが生じると、ワクチンの効果が十分に発揮されないこともあり得ます。
ワクチン接種後に百日咳にかかった場合でも、一般的にワクチンを接種していない場合に比べて、症状が軽く済む傾向があります。
特に重症化を防ぐ効果は高いとされています。
しかし、症状が軽くても他の人に感染させる可能性はあるため、注意が必要です。
ワクチン効果の持続期間
百日咳ワクチンの効果によって得られる免疫の持続期間は限られています。
前述の通り、子どもの頃に定期接種で規定回数(日本では生後3ヶ月から初回3回、1歳半に追加接種1回の計4回が標準的)を完了した場合でも、通常は最後の接種から時間が経過すると免疫力が低下します。
埼玉県ウェブサイトによると、ワクチンによる免疫効果の持続期間はおおむね5~10年とされており、厚生労働省の資料では4~12年とされています。
このため、思春期以降になると百日咳に対する免疫が不十分になり、感染リスクが高まります。
埼玉県ウェブサイトの発生動向調査でも、百日咳に罹患する主な年代が乳幼児から学齢期に変わってきている状況が示唆されており、厚生労働省の資料にあるように、多くの先進国で青年・成人層の発症が増加している背景には、このワクチンの効果減衰が大きく関わっています。
海外では、思春期や成人期に百日咳を含むTdapワクチン(破傷風・ジフテリア・百日咳混合ワクチン)の追加接種を推奨している国が多くあります。
日本でも、大人の百日咳に対する任意接種のワクチンが利用可能です。
特に出産を控えている女性やその家族、医療従事者など、百日咳に感染した場合に周囲に感染を広げるリスクが高い方、あるいは乳児と接する機会が多い方は、大人の百日咳ワクチン接種を検討することが強く推奨されます。
予防接種スケジュールについては、かかりつけ医や地域の保健センターなどに相談し、ご自身の状況に合わせた適切な接種計画を立てることが大切です。
百日咳を放置するリスク
百日咳は、放置すると様々なリスクを伴います。
特に乳児にとっては命に関わる非常に危険な病気となる可能性があります。
大人の場合も、軽症で済むことが多いとはいえ、長期にわたる咳や合併症のリスクがあります。
乳児の重症化と命に関わる合併症
百日咳に感染した乳児を放置することは、最も避けるべき事態です。
免疫が未熟な乳児は、百日咳菌と十分に戦うことができず、症状が急速に進行し、重篤な状態に陥りやすいからです。
乳児が百日咳を放置された場合に起こりうるリスクには、以下のようなものがあります。
- 無呼吸発作: 激しい咳発作の後に、呼吸が一時的に停止することがあります。これが繰り返されると、酸素が十分に体に行き渡らず、脳やその他の臓器に深刻なダメージを与える可能性があります。
- 肺炎: 百日咳菌や二次的に感染した他の細菌によって肺炎を引き起こすことがあります。肺炎は乳児にとって非常に重い病気であり、呼吸不全に陥る危険性があります。
- 脳症: 百日咳による脳症は、稀ですが最も重篤な合併症の一つです。激しい咳発作による低酸素状態や、百日咳菌が作り出す毒素などが原因と考えられています。痙攣や意識障害などを引き起こし、後遺症を残したり、命に関わったりすることがあります。
- 栄養障害・脱水: 咳発作が頻繁に起こることで、哺乳や食事が十分にできなくなり、栄養不足や脱水を起こすことがあります。
これらの重篤な合併症を防ぐためには、乳児が百日咳にかかった、あるいは疑われる場合は、一刻も早く医療機関を受診し、入院による慎重な管理・治療を受けることが不可欠です。
大人の後遺症について
大人が百日咳にかかった場合、乳児のように命に関わるほどの重症になることは稀です。
しかし、放置すると以下のような問題や後遺症に繋がる可能性があります。
- 長期にわたる咳: 抗菌薬による治療を受けない場合、特徴的な咳が数週間から数ヶ月、場合によっては半年以上続くこともあります。これは、体内の菌が排除された後も、気道の炎症が長く続くためです。長期の咳は体力を消耗させ、日常生活や仕事に大きな支障をきたします。
- 咳による合併症: 激しい咳が続くことで、以下のような合併症を起こすことがあります。
- 肋骨骨折: 強い咳の力で肋骨にひびが入ったり、折れたりすることがあります。
- 腹圧の上昇に伴う症状: 咳き込む際に腹圧が上がることで、尿失禁(特に女性)、ヘルニアの悪化、痔の悪化などを引き起こすことがあります。
- 結膜下出血: 咳によって顔の血管に圧力がかかり、目の白目の部分が赤くなることがあります。
- 睡眠障害: 夜間の咳発作によって睡眠が妨げられ、慢性的な睡眠不足に陥ることがあります。
- 感染源となるリスクの継続: 放置すると、長い間感染力を持つ状態が続き、家族、友人、職場の同僚など、周囲の人に百日咳をうつしてしまうリスクが高まります。特に身近に乳児や妊婦がいる場合は、深刻な問題となります。
大人の百日咳は、つらい咳が長く続く病気ですが、適切な治療を受ければ症状の期間を短縮し、合併症や周囲への感染リスクを減らすことができます。
しつこい咳がある場合は、自己判断せず医療機関を受診することが重要です。
百日咳に関するよくある質問(Q&A)
百日咳について、患者さんやご家族からよく聞かれる質問とその回答をまとめました。
百日咳のセルフチェック項目は?
医療機関を受診するか迷う場合に、ご自身やご家族の症状が百日咳かもしれないと判断する上での参考となるチェック項目です。
ただし、これらの項目に当てはまるからといって必ず百日咳というわけではありませんし、当てはまらなくても百日咳の可能性がないわけではありません。
あくまで目安としてください。
- チェック項目:
- 咳が出始めてから1週間以上経っているか?
- 咳が次第にひどくなっているか?
- 「コンコンコンコン!」と立て続けに咳が出ることがあるか?
- 咳発作の後に「ヒュー」という吸気音が出ることがあるか?(特に子ども)
- 咳発作の後に吐いてしまうことがあるか?
- 熱はない、あるいは微熱程度か?
- 夜間や早朝に咳発作が起こりやすいか?
- 家族や職場で同じような咳をしている人がいるか?
- 最近、百日咳患者との接触があったか?
- 子どもの頃に百日咳のワクチン接種を完了していない、あるいは最後に接種してから10年以上経っているか?(特に大人)
- 生後6ヶ月未満の乳児で、咳とともに呼吸が止まることがあるか?(これは非常に危険な兆候です)
これらの項目のうち複数に当てはまる場合や、特に特徴的な咳発作が見られる場合は、百日咳の可能性も考えて医療機関を受診することをお勧めします。
いつ医療機関を受診すべき?
百日咳が疑われる場合や、しつこい咳が続く場合は、早めに医療機関を受診することが推奨されます。
特に以下のような場合は、速やかに受診しましょう。
- 特徴的な咳(痙咳、レプリーゼ、咳後の嘔吐)が見られる場合: これらの症状は百日咳を強く示唆するため、すぐに医療機関を受診して検査・診断を受けることが重要です。
- 咳が出始めてから1週間以上経っても改善しない場合: 特に風邪の症状が落ち着いた後も咳だけが残ったり、むしろひどくなったりする場合は、百日咳や他の病気の可能性を考慮して受診しましょう。
- 周囲に百日咳患者がいる、あるいは百日咳が流行している地域にいる場合: 接触歴がある場合や、流行状況を踏まえると、百日咳の可能性が高まるため、早めに相談しましょう。
- 乳児の咳: 生後6ヶ月未満の乳児の咳は特に注意が必要です。軽い咳でも、無呼吸発作やチアノーゼなどを伴う場合は、直ちに救急医療機関を受診してください。乳児の百日咳は急激に悪化することがあります。
- 症状が重い場合: 咳がひどくて眠れない、食事ができない、息苦しい、体力が著しく消耗しているなど、症状が日常生活に支障をきたしている場合は受診が必要です。
- 妊婦や高齢者、免疫不全のある方: これらのリスクの高い方が百日咳にかかると重症化するリスクが高いため、早期の診断・治療が重要です。
一般的には、発熱を伴わないしつこい咳が2週間以上続く場合は、百日咳や他の非定型的な感染症(マイコプラズマなど)の可能性を考えて医療機関を受診することを検討しましょう。
受診する際は、事前に医療機関に電話で症状を伝え、百日咳の可能性を伝えることで、他の患者さんへの感染対策などに配慮してもらえる場合があります。
繰り返す咳、百日咳の可能性も。医療機関へご相談ください
百日咳は、一度かかっても免疫が一生続くわけではなく、再感染する可能性がある病気です。
特に大人は、子どもの頃のワクチンの効果が薄れることで感染リスクが高まり、典型的な症状が出にくいため、診断が遅れがちです。
しつこい咳が数週間以上続く場合、それは単なる風邪や気管支炎ではなく、百日咳の可能性も十分に考えられます。
特に、周りに百日咳患者がいる場合や、生まれたばかりの赤ちゃんなど、免疫が不十分な人と接する機会が多い場合は、百日咳を疑って医療機関を受診することが非常に重要です。
早期に診断し、適切な抗菌薬治療を開始することで、ご自身のつらい咳の期間を短縮できるだけでなく、最も重症化リスクが高い乳児への感染を防ぐことができます。
百日咳の予防にはワクチン接種が最も有効であり、子どもの定期接種だけでなく、大人の追加接種も検討することで、自分自身と大切な人々を守ることにつながります。
もし、ご自身やご家族に気になる咳の症状がある場合は、「たかが咳」と自己判断せず、かかりつけ医や地域の医療機関に早めに相談することをお勧めします。
医師に症状や経過を詳しく伝え、百日咳の可能性についても相談してみましょう。
適切な診断とアドバイスを受けることが、健康を守る第一歩となります。
免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、医学的な診断や治療の代替となるものではありません。
特定の症状がある場合や、ご自身の健康状態について不安がある場合は、必ず医療機関を受診し、医師の診察や指示を受けてください。
治療法の選択や薬剤の服用については、医師の判断に従ってください。
本記事の情報に基づいて行ったいかなる行為についても、筆者および公開者は責任を負いかねます。